鉄人Q
江戸川乱歩
ふしぎな老人
北見菊雄君は、小学校の四年生でした。おうちは東京の豊島区にあるのですが、近くに小さい公園があり、北見君は、友だちといっしょに、その公園で、よく野球などして遊ぶのでした。
公園には、毎日のように、みょうなおじいさんが、来ていました。しらが頭にベレー帽をかぶり、大きなめがねをかけ、白い口ひげと、あごひげをはやし、灰色の洋服を着て、ベンチに腰かけているのです。
北見君たちは、いつのまにか、そのおじいさんとなかよしになりました。おじいさんは、少年たちにおもしろい話を聞かせてくれるのです。
なんでもよく知っていました。学校の先生よりも、ものしりのように見えました。
「わしはね、科学者だよ。そして、発明家だよ。いま、すばらしいものを発明しているんだ。きみたちは、びっくりするよ。いや、どんなおとなでも、あっとおどろくような発明だよ。できたら、きみたちにも、見せてあげようね。」
おじいさんは、しわだらけの顔で、ニヤニヤ笑いながら、そんなことをいいました。
「それ、どんな発明なの? 何かを作っているの?」
少年たちが、たずねますと、おじいさんは、もったいぶったようすで、
「それは、まだいえない。わしの秘密だからね。むろん、何かを作っているんだよ。すばらしいものだ。世界じゅうの人が、あっとおどろくようなものだ。」
おじいさんは少年たちに会うといつでも、そのことを話しました。しかし、何を作っているのか、少しもうちあけてくれないので、少年たちは、つまらなくなって、もう、おじいさんが、そのことをいいだしても、耳をかたむけようとはしなくなりました。
その中で、北見菊雄君だけは、いつまでも、おじいさんの発明のことをわすれないで、どうかして、その発明したものを見たいと思っていました。
ある日のこと、友だちが、みんな帰ってしまって、北見君は、ひとりぼっちになったので、おうちへ帰ろうと、公園の出口の方へ歩いていきますと、そこのベンチに、あのおじいさんが、腰をかけていて、にこにこと、笑いかけました。
「おじいさん、あの発明、まだできないの?」
北見君が、そばによって聞きますと、おじいさんは、いつもより、いっそうやさしい、えがおになって、
「うん、やっとできたよ。すばらしい発明をなしとげたよ。きみは北見君といったね。きみが、いちばん熱心に、わしの話を聞いてくれたね。それにめんじて、いちばん先に、わしの発明を、きみに見せてあげようか。」
それを聞くと、北見君は、すっかりうれしくなってしまいました。
「うん、見せて! それは、どこにあるの?」
「わしのうちにあるんだよ。」
「おじいさんのうち、どこなの?」
「ここから五百メートルぐらいの、近いところだ。北見君、わしといっしょにくるかね。」
「うん、そんなに近くなら、行ってもいいや。ほんとうに見せてくれる?」
「見せるとも。さあ、おいで。」
そして、ふたりは公園を出て、大通りから、さびしいやしき町の方へ、歩いていきました。
いくつも町かどを曲がって、五百メートルほど歩くと、おじいさんは、
「ここだよ。」
といって、立ちどまりました。
いっぽうには、大きなやしきのコンクリートべいがつづき、いっぽうには草ぼうぼうの原っぱがあって、この原っぱの中に、古い西洋館がたっていました。
「あれが、わしのうちだよ。」
おじいさんは、北見君の手をひいて、道もない草の中を、その家の方へ、歩いていきました。
ポケットから、かぎを出して、入口のドアを開き、西洋館の中へはいりましたが、窓が小さいうえに、むかしふうのよろい戸が、しめきってあるので、うちの中はまっくらでした。
おじいさんは、北見君の手をひっぱって、ぐんぐん、廊下へあがって、暗いうちの中へ、はいっていきます。
廊下をひとまがりして、とあるドアを開くと、何かごたごたとならんでいる、ひろい部屋にはいりました。
カチッと、スイッチの音がして、電灯がつきましたが、大きな笠のある電気スタンドで、その下だけが明るくなり、部屋ぜんたいは、ぼんやりとしか見えません。
でもそのぼんやりした光で、およそのようすはわかるのです。おじいさんは、自分で科学者だといっていましたが、いかにも、この部屋は、科学者の部屋でした。
大きな電気のスイッチ板があり、曲がりくねったガラスのくだが、もつれあって、部屋の中をはいまわり、大きな机の上には、いろいろなガラスびんがならび、えたいのしれぬ機械があちこちに、すえつけてありました。
北見君は、あっけにとられて、このふしぎな部屋の中を見まわしていましたが、ふと、向こうのすみに異様な人間が立っているのに気づき、ギョッとしておじいさんの腕に、すがりつきました。
「あれ、あそこにいるの、だれですか?」
北見君が、おびえて、たずねますと、おじいさんは、
「ウフフフ……。」
と笑って、
「あれが、わしの発明した鉄人だよ。」
と、きみの悪い声で、答えました。
「てつじん……て、なんですか。」
「ロボットともいうよ。鉄でこしらえた人間だよ。」
北見君は、ロボットなら知っていました。でも、これは電気博物館で見たロボットとはちがっているのです。あのロボットの顔は、四角な鉄の箱のようなものでしたが、ここに立っているのは、人間とそっくりの白い顔をして、目も、鼻も、口もちゃんとあるのです。その目が、こちらをじっと見つめているのです。
「ウフフフ……。ロボットといってもふつうのロボットじゃないよ。ふつうのロボットなら、ちっともめずらしくない。どこにでもあるんだからね。こいつは、人間とそっくりのロボットなんだよ。自分で、かってに動きまわることもできるし、話をすることもできる。人間とちっともちがわないのだよ。だから、わしはロボットと呼ばないで、鉄人といっているのだ。」
北見君は、それを聞くと、なんだか、きみが悪くなってきました。
「機械で動くのですか?」
「うん、機械だ。しかし、いままでのロボットの機械とは、まるでちがっているのだよ。そこが、わしの発明なのだ。もう、何から何まで、生きた人間と、そっくりなんだからね。あいつには名前もある。キューというのだ。ハハハハハ……。みょうな顔をしているね。キューがわからないかね。英語のQだよ。わしがそういう名をつけてやったのだよ。いいかね。いま、呼んでみるから、見ておいで……。キューよ、ここへ来なさい。」
おじいさんが、そういったかと思うと、ギリギリギリギリ……と、歯車のまわるような音がして、鉄の人間が、こちらへ、近づいてくるではありませんか。
人間のとおりに、足を動かして、歩いてくるのです。そして、おじいさんの前までくると、ぴたりと立ちどまって、ギリギリギリと、上半身を曲げて、ていねいに、おじぎをしました。
「ほら、ごらん。からだは鉄でできているが、このとおり、洋服を着せて、靴をはかせてあるから、人間とそっくりだ。この顔も、鉄にえのぐがぬってあるんだよ。」
おじいさんは、そういって、鉄人の顔を、爪の先で、コツコツと、たたいてみせました。
かたい音がします。
それにしても、なんて、うまくいろどったものでしょう。いくらか黄色みのある顔色といい、耳も、目も、鼻も、口も、まるで生きているようです。
「目をまばたくことも、口をあくこともできるんだよ。Qよ、まばたきをして見せなさい。」
すると、鉄人の目が、パチパチと、まばたきをしました。
「なにか、ものをいってみなさい。おまえはなんという名だね。」
すると、鉄人の赤いくちびるが、パクパクと動いて、
「わたしは、キュー、です。」
と、へんな声で、答えたではありませんか。なんだか、電話の声のような感じです。この鉄の人形のおなかの中で、テープレコーダーが、まわってでもいるのでしょうか。
北見君は、こわくなって、からだが、ブルブルふるえてきました。