怪エレベーター
大蛇のまっかな口が、ふたりの目の前にせまった、ちょうどそのときです。
森の向こうの方で、パーンという、おそろしい音がしました。ピストルの音です。
鉄人Qも、小林君も、三千代ちゃんも、おどろいて、その方を見ました。
立ちならぶ木の幹を、ぬうようにして、大ぜいの人びとが、かけつけてきたのです。
案内役は、赤い女の子の服を着て、一つ目小僧の仮面を、こわきにかかえたポケット小僧です。それにつづいて、制服や背広のおまわりさんが六人、みんなピストルをにぎっています。そのうちのだれかが、さっき、空砲をうって、鉄人Qをびっくりさせたのです。
「鉄人Q、もう逃がさないぞっ。ぼくは警視庁の中村だっ。」
先にたった背広の人が、どなりつけました。鬼警部と呼ばれている中村捜査係長です。明智探偵の親友で、いつも明智といっしょに大捕物をする人です。
「ワハハハ……、中村警部、とうとうやってきたな。だが、おれはつかまらないぞ。おれには、いつでも、おくの手があるんだ。さあ、つかまえてみろっ……。」
にくにくしくいいはなって、鉄人Qは、反対の方角へ、サッと走りだしました。その早いこと。ロボットのくせに、おそろしく、足の早いやつです。
おまわりさんたちは、いまにも大蛇に食われそうになっていた、小林君と三千代ちゃんをたすけて、いっしょに、鉄人Qを追っかけました。機械じかけの大蛇は、自分で方向をきめることができませんから、小林君たちを、追っかける力はありません。
鉄人Qは、大きな木の幹をあちこちとくぐりぬけて、一方のはじに立っている、黒ビロードの幕のあいだから、コンクリートの廊下に出ました。
そこに小さなエレベーターがとまっています。
鉄人Qは、いきなりその中にとびこむと、ガチャンと、鉄ごうしのドアをしめてしまいました。
おまわりさんたちは、すぐにそのあとへかけつけましたが、もうまにあいません。鉄人Qの乗ったエレベーターは、ゆっくり上にあがっていきます。
エレベーターを、とりまくようにして、らせん階段がついていました。
「よし、この階段をのぼるんだ。地下室の上は一階と二階しかないんだ。きっと、つかまえられるぞ。」
中村警部は、そう叫んで、先にたって、らせん階段をかけのぼりました。おまわりさんや小林君たちも、そのあとにつづきます。
地下室を合わせて三階しかない建物に、エレベーターがあるのは、おかしいようですが、地下室の森は、ひじょうにてんじょうが高いので、エレベーターが必要なのかもしれません。それとも、もっと別のわけがあったのでしょうか。そうです。別のわけがあったのです。それが、どんなわけだったかは、じきにわかるときがくるでしょう。
中村警部をはじめ、六人のおまわりさんと小林君が、らせん階段を二段ずつ、ひととびにかけあがっていきます。ポケット小僧は、三千代ちゃんとふたりで、あとに残り、おもてにいる少年探偵団員のところへいそぐのでした。
エレベーターは、なぜかゆっくりゆっくりのぼっていきますので、階段をかけあがっても、競走できるようにみえました。
おまわりさんたちは、一階にたどりつき、エレベーターの入口の鉄ごうしの前に立ちどまりました。しかし、そのとき、エレベーターは二階の方へ、のぼりかけていて、中から鉄人Qの笑い声がひびいてきました。
「ワハハハハ……、この競走はおもしろいね。おれはエレベーター、きみたちはらせん階段。どうも、おれの方が、早そうだぜ。ワハハハ……、ここまでおいで、ここまでおいで……。」
だんだんその声が、小さくなって、上のほうへ、消えていきました。
「よし、もうあと一階だ。こんどこそ、つかまえてやるぞっ。みんな、いそぐんだ。」
中村警部は、そうどなって、また階段をかけのぼりました。
おまわりさんたちは、汗びっしょりです。ハアハアいいながら、三階のエレベーターの入口に、たどりつきました。
ふしぎなことに、こんどは、おまわりさんたちのほうが、早かったのです。エレベーターは、ゆっくりゆっくり、あがってくるので、まだ、鉄ごうしの入口の向こうがわに、頭を半分だしたばかりです。
「さあ、とうとうつかまえたぞ。この三階がいきどまりだから、これ以上、逃げるところはない。諸君、ゆだんをするんじゃないぞっ。」
中村警部がそういって、みんなをはげましました。
入口の戸も、エレベーターの戸も、鉄ごうしですから、中にいる鉄人Qの姿がよく見えます。
「ワハハハ……、中村君。とうとう、行きどまりまできたねえ。だが、おれには、行きどまりはないんだよ。ほら、さっき、おくの手があるといっただろう。わかったかい。ワハハハ……。」
そして鉄人Qのエレベーターは、おまわりさんたちの目の前をスーッと、上の方へのぼっていき、Qの笑い声がかすかになり、空のほうへ、消えていってしまいました。
「あっ、いけないっ。エレベーターが、空へのぼっていく……。」
鉄ごうしにとりついて、上の方をすかして見た中村警部が、びっくりして叫びました。
上をながめると、エレベーターの四角なあなから、空の星が、きれいに見えているではありませんか。
ああ、なんということでしょう。鉄人Qのエレベーターは、西洋館の屋根をつきぬいて、空へ飛び去ってしまったのです。
思いもよらない、ふしぎなしかけでした。鉄人Qはロボットですが、そのうしろには、ロボットを作った、きみの悪い老人がいます。あの老人こそ魔法使いです。なにを考えだすのか、知れたものではありません。
おばけやしきのエレベーターのみちは、屋根をつきぬけていたのです。そして、エレベーターの箱の上に、大きな軽気球がくくりつけてあったのです。
エレベーターの箱は、屋根を離れると、その気球の力で、フワフワと、やみ夜の空を飛んでいきました。
気球の下にかるい金属で作った、ふたのようなものがついていて、そこから長い針金が、エレベーターの箱の中まで、引きこんでありました。
その針金をひっぱれば、金属のふたが開いて、気球のガスが出るようになっているのです。
気球はよわい風に吹かれて、ゆっくりと北のほうへ飛んでいきます。
おばけやしきから一キロほど、飛んだとき、下に、ひろい原っぱのあるところへきました。
鉄人Qはそれを見ると、箱の中の針金を、グッとひっぱって、いつまでもひきつづけました。
すると、気球のガスが出ていって、気球はだんだんしぼみ、浮いている力がなくなって、その原っぱへ着陸したのです。
鉄人Qは、ポケットから、なにか書いた紙をとりだして、エレベーターの箱の中におくと、そのまま、外に出て、くらやみの中を、どことも知れず、走り去ってしまいました。
中村警部の知らせで、警視庁のヘリコプターが、まいあがり、気球のゆくえをさがしあてて、その原っぱへおりたのは、それから三十分もたったころでした。
もう、鉄人Qは、遠くへ逃げのびていますから、とてもつかまえることはできません。
ヘリコプターの、小型サーチライトで、原っぱをてらしてみますと、半分しぼんで、グニャッと大きな気球が、地面とすれすれに、フワフワと、ただよっていて、そのそばに、黒いエレベーターの箱が、まっすぐに立っていました。
この箱は、鉄ではなくて、もっとかるい金属で、できているのにちがいありません。
ヘリコプターの艇長の警官は、その箱の中へはいってしらべました。すると、箱の床に、一まいの紙が落ちているのを見つけました。
その紙には、こんなことが書いてあったのです。
ああ、怪人は、こんどは、いったい、どんなことを、たくらんでいるのでしょう。