おばけウジャウジャ
ふたりが、とじこめられたのは、じつにとほうもない、ギョッとするような部屋でした。部屋ぜんたいが、銀色にかがやいていて、見通しがきかないほど、おそろしく広いのです。そして、その中に一つ目小僧のばけものが、何千人というほど、ウジャウジャ、うごめいているではありませんか。
小林君もポケット小僧も、クラクラッと目まいがして、おもわず、そこにうずくまってしまい、じっと目をふさいでしまいました。
なるほど、このうちはおばけやしきです。うちの中に、家ぜんたいよりも、ずっとひろい部屋があるのです。そして、そこに一つ目小僧のおばけが、数えきれないほど、むらがっているのです。
そんなばかなことがあるはずはありません。きっと、魔法使いの妖術にかかったのです。ありもしないものが、目に見えたのでしょう。
ふたりは、しばらく、目をとじていたあとで、こわごわ、そっと目をひらいてみました。
「あっ、いけない。やっぱりおんなじだ。」
何千人の一つ目小僧が、こっちを見つめているのです。
そして、ふしぎなことには、その一つ目小僧どもは、みんなしゃがんでいるではありませんか。
小林君は勇気を出して、ポケット小僧の手をひっぱって、いっしょに立ちあがりました。
すると、あっ、何千人という一つ目小僧がみんないっしょに、パッと立ちあがったではありませんか。そして、じっと、こちらをにらみつけています。こちらへ、近よってくるようすはありません。
小林君とポケット小僧は、一歩、まえに歩いてみました。すると、何千人もの一つ目小僧が、サッと、こちらへ一歩、ふみだしてくるのです。
よく見ると、うしろ向きになっているやつが、たくさんいて、そいつらは、むこうへ一歩、遠ざかるのでした。
そして、また、じっとしています。何千人というおばけが、マスゲームでもやっているように、みんなおそろいで動くのです。
そのとき、ポケット小僧が、小林君の手をひっぱって、ささやき声で、
「うしろを見てみな。」
といいました。
小林君が、ヒョイと、うしろをふりむきますと、あっ、うしろにも何千人の一つ目小僧が、ウジャウジャ、かたまっているではありませんか。
ふたりは、ドアからこの部屋へ、はいったばかりです。ドアとふたりのあいだは、一メートルぐらいしか、ないはずです。ところが、いま見ると、そこが見通しもきかぬ、広い部屋にかわって、おばけが、はるかかなたまで、むらがっているではありませんか。
さすがの小林少年も、あまりのおそろしさに、からだが、ふるえてきました。
そのとき、また、ポケット小僧が、小林君の手をひっぱって、足の方を見よという合図をしました。
小林君は、床を見おろしました。
すると、フワーッと、からだが宙に浮いたような、たかいたかいがけの上から、とびおりたような、なんともいえない、みょうな気持になって、心臓がのどのへんまでおしあがってくるように感じました。
ごらんなさい。足の下には、床板がなくて、そこしれぬ深さの中に、やっぱり何千人という一つ目小僧どもが、まっすぐに立ったり、さかだちをしたりして、ウジャウジャと、むらがっているではありませんか。
クラクラッと、目まいがしました。そして、ふっと上を向いたのです。てんじょうは、どうなっているのだろうと、思ったからです。
ああ、思ったとおりです。そこも、無限の空にまで、つづいて、やはり何千人という一つ目小僧が、顔を下に向けて、さかだちしたり、まっすぐに立ったりして、見通しのきかぬ上の方まで、むらがっているではありませんか。
小林君とポケット小僧は、またうずくまってしまいました。
ひどく息苦しいので、顔に手をやってみると、大きな仮面をかぶっていることが、わかりました。
「あ、ぼくたちは、さっき、一つ目小僧の仮面をかぶって、おばけになったんだ。それをすっかり、わすれていた。」
小林君は、スッポリと、一つ目小僧の仮面を、ぬきとりました。ポケット小僧も、仮面をぬぎました。
すると、おお、ごらんなさい。無限のかなたまで、むらがっている一つ目小僧どもが、パッと人間の子どもにかわってしまったではありませんか。
みんな、同じような、顔をしています。
背の高いのと、背の低いのと、ひとりおきにならんで、それが何千人とかたまって、じっとこちらを、にらんでいるではありませんか。
あっ、なんだか見たような顔です。大きいやつも、小さいやつも、よく知っている顔です。
「なあんだ、そうだったのか。」
小林君が、安心したように、つぶやきました。
「アハハハ……、なあんだ、そうだったのか。アハハハ……。」
ポケット小僧も、同じことをいって笑いだしました。
「アハハハハ……。」
小林少年も、笑いだしました。
おばけの正体が、わかったからです。魔法のたねが、わかったからです。
すると、ふたりをとりまいている何千という少年が、同じように、大きな口をあけて、
「アハハハハ……。」
と笑いだしたではありませんか。目のとどくかぎり、はるかの、はるかの向こうまで、二色の同じ顔が、同じように口をあけて、笑っているのです。
「なあんだ。これはかがみの部屋なんだよ。」
小林君は、そういって、前に進んで、手をのばし、ツルツルした大きなかがみにさわってみました。
「四方にも、上にも、下にも、大きなかがみが、はりつめてあるんだよ。こんなに広く見えるけれど、ほんとうは、三メートル四方ぐらいの、小さな部屋なんだ。四方にかがみがはってあるので、ぼくたちの姿が、かがみからかがみへと、なんども反射して、こんなに大ぜいに見えるんだよ。ほらね、ぼくが、こうして、一つ目小僧の仮面をぬぐと、みんな、ぼくの顔になってしまうだろう。ね、わかったかい。」
「なあんだ、かがみかあ……。」
ポケット小僧も、はりこの一つ目の仮面をかぶったり、ぬいだりして、ためしてみました。すると、ウジャウジャいるやつらが、みんな、そのとおりに動くのです。何千人ともしれないおばけどもが、一つ目小僧になったり、ポケット小僧になったりするのです。
もう、わけがわかったので、こわくもなんともありません。ふたりは、どうすれば、このかがみの部屋から出られるだろうと、相談しはじめました。
すると、そのときです。
「ワハハハハ……、どうだ、おばけやしきは、おもしろいだろう。」
と、大きな声が、ひびきわたりました。
あっ、ごらんなさい。へんな顔が現われました。鉄人Qです。あのろう細工のような、ぶきみな顔です。
その顔が、あちらにも、こちらにも、何百となく、宙に浮いて、笑っているのです。
「おい、きみたちは、ふたりの少年を、たすけだして、一つ目小僧にばけて、このうちの中を探ろうとしたんだろう。おれにはなにもかも、わかっているぞ。きみたちは、小林とポケット小僧だ。ワハハハハ……、ちょうどいい。おれは、あのふたりの少年よりも、きみたちこそ、うらみがあるんだからな。よしっ、きみたちに、このおばけやしきが、どんなにおそろしいところだか、よく見せてやろう。ワハハハハ……、用心するがいいぜ。」
そういったかとおもうと、何百となく、宙に浮いていた鉄人Qの顔が、一度にパッと、消えてしまいました。
かがみの上の方が、まるい戸のようになっていて、それを開いて、まるいあなから、鉄人Qが、顔だけ出していたのです。その顔が、四方のかがみに反射しあって、あんなに、たくさんに見えたのです。
それはわかっていても、やっぱりきみが悪くてしようがありません。まだまだ、おそろしいものを見せられそうだからです。
そのときです。立っている足の下が、なんにもなくなってしまいました。
ふたりは、
「あっ。」
と叫んだまま、おそろしいいきおいで、下へおちていきました。