映画館の怪
それから二十日ほどたった、ある晩のことです。小学校六年生の浅野行夫君は、おかあさんに連れられて、丸の内の日東映画館へいきました。それは東京でも、いちばんりっぱな映画館でしたが、いま評判のディズニーの漫画映画をやっているので、広い客席が満員です。行夫君はおかあさんとならんで、一階の指定席に腰かけていました。
映画は半分ほどすすんで、お姫さまの乗っている帆船が、海賊船に攻められ、二つの船がくっついて、海賊どもが、こちらの船へ乗りうつってくるところがうつっていました。カラー映画です。そこでパッと画面がかわって、海賊の首領のひげむじゃの顔の大写しになりました。
ところが、そのときです。海賊の顔が、またパッと消えて、そのあとへなんともいえない、へんてこな顔がスクリーンいっぱいに大写しになったではありませんか。
いままで聞こえていた音楽がにわかにとまって、映画館ぜんたいが、シーンと静まりかえっています。そのなかで、スクリーンいっぱいのへんてこな顔が、ニヤニヤと笑っているのです。
「あっ、鉄人Qだっ。鉄人Qの顔だ。」
ほうぼうで、そんなささやき声がおこりました。
いかにも、それは新聞にのったスケッチの鉄人Qの顔とそっくりでした。場内はにわかにざわめいてきました。席から立って、逃げだそうとする人もありました。
しかし、そのとき、画面がパッと消えて、スクリーンは、まっくらになりました。映写技師が気づいて、機械をとめたのです。そして、まもなく、またふつうの画面がうつりはじめました。
お姫さまは海賊船の首領の部屋につれこまれ、長いすの上に、ぐったりと、倒れました。ひげむじゃの首領がその前にたって、おそろしいことばを、ならべているところです。
するとまた、画面がパッとかわりました。そして、さっきのおそろしい鉄人Qの顔。
まっ白な、のっぺらぼうの顔、血ばしった大きな目、まっかなくちびる。その口が大きく開いて、笑いだすのです。
「ワハハハハ……。」
場内いっぱいに、おそろしい笑い声が、ひびきわたりました。
もうがまんができません。見物人たちは、みんな立ちあがって、先をあらそって、外に出ようとしました。それを追っかけるように、あのおそろしい笑い声が、いつまでもつづいています。大写しの顔が、みんなを、ひとのみにするような大きな口をあけています。
たいへんなこんざつです。せまい通路を、みんなが、いちどきに出ようとするので、うしろから押されて、ころぶもの、子どものなきごえ、女の人のひめい、じつに、おそろしいさわぎになりました。
行夫君とおかあさんとは、やっと、せまい通路から、ひろいホールへ出ることができましたが、そこも人でいっぱいです。みんな出口へ、出口へといそぐのです。
行夫君は、ふと気がつくと、両方から手を引かれていました。いっぽうは、いうまでもなくおかあさんです。ところが、もういっぽうは、男の人でした。
ふっと、おとうさんじゃないかとおもいました。しかしおとうさんが、こんな映画館へきているはずはありません。それじゃ、行夫君の知っているどこかのおじさんかなと思いましたが、どうも、そうではなさそうです。
つめたい手でした。なんだか人間の手ではなくて、鉄の指でつかまれているような感じです。
行夫君はギョッとしました。もしやとおもって、その人の顔を見あげました。
あっ、やっぱりそうです。行夫君のいっぽうの手をにぎっていたのは、あのおそろしい鉄人Qだったではありませんか。行夫君は、
「おかあさん……。」
と、叫んで、その鉄の手を、ふりきろうとしました。
「あらっ。」
おかあさんも鉄人Qの姿に気がつきました。そして行夫君を鉄人Qの手から、もぎとろうとしました。そのとき、鉄人Qのあいている方の手がさっと動いて、おかあさんをつきとばしました。そのひょうしに、おかあさんと行夫君の手が、離れてしまったのです。
しかし、はやく外へ出ようと、夢中になっているあたりの人たちは、なにも気がつきません。
おかあさんは、そのまま人の流れの中にまきこまれて、姿が見えなくなってしまいました。
鉄人Qは、ソフトをまぶかにかぶり、ちゃんとした背広に、オーバーをかさねているので、あわてて外へ出ようとしている人たちは、だれもそれと気がつかないのです。行夫君が助けをもとめて叫ぼうとすると、大きな鉄の手がぐっと口をふさいでしまうので、どうすることもできません。
行夫君は、鉄人Qに手をひかれたまま、映画館の外に出ました。そこにたくさんの自動車がとまっています。鉄人Qはその中の黒い大きな自動車のそばによるとドアを開いて、行夫君を中におしこみ、じぶんも乗りこみました。すると、人相の悪い運転手が、うしろをふりむいてニヤリとわらいました。
「うまくいきましたか。」
「うん、これが浅野行夫という子どもだ。浅野家のたからものを、ちょうだいする人質だよ。こんどこそは、まちがいなく、手にいれてみせるぞ。」
車は動きだしました。そしてどこともしれず、走っていくのです。
「ウフフフフ……、鉄人Qの大写しはききめがあったぞ。」
怪人は、おかしくてたまらないというように笑うのでした。
「おれの顔を、カラーで大写しにして、笑い声までふきこんで、そのフィルムを、そっと、あのディズニー映画のフィルムの中へ、つないでおいたんだ。それを知らないもんだから、映写技師は、まるでおばけでもあらわれたようにおどろいていたよ。ウフフフ……、おれはこうして、大ぜいのやつを、ゾッとさせたり、びっくりさせたりするのが、たまらなく好きなのでね。」
鉄人Qはそんなひとりごとをいって、いつまでも、きみ悪く、笑いつづけるのでした。