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赤い蠍_妖虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:赤い蠍さそり(アア、あれは春川月子はるかわつきこだ。やつれてはいるけれど、スクリーンで顔馴染かおなじみの春川に違いない。
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赤いさそり


(アア、あれは春川月子はるかわつきこだ。やつれてはいるけれど、スクリーンで顔馴染かおなじみの春川に違いない。春川がこんな所に押込められているんだな)
春川月子というのは、東京近郊にスタディオを持つ、M映画会社の大幹部女優で、この春、ある大新聞がミス・ニッポンの投票募集をした時、第一席に当選した程の美人でもあり、人気者でもあった。
その映画女王が、今から五日以前、突然行方不明となった。彼女は毎朝十時頃に起床する慣らわしであったが、その日は十一時を過ぎても、寝室のドアが閉まったまま、ヒッソリとしていたので、お弟子兼小間使こまづかいの少女が、不審を起して、寝室へ入って見ると、ベッドはもぬけのからであった。
ベッドの毛布は、ちゃんとすその方にたたまれ、真白なシーツが露出していたが、その真中に一点赤いものが見えた。おびえた少女は、一刹那それを血痕と思い誤ったが、気をおちつけてよく見ると、血ではなかったけれど、少女にとっては血よりももっと恐ろしい、ゾッとする様な一物が、そこにじっとしていた。
毒々しく真赤な色の大蜘蛛だ。イヤイヤ、こんな巨大な紅蜘蛛なんてあるものでない。少女は知らなかったけれど、それは、内地では見ることの出来ない、蠍という毒虫の死骸であった。あとで調べて見ると、何の意味か、その蠍のひからびた死骸には、一面に真紅の油絵具が塗りつけてあった。赤い蠍! それは一体何を象徴していたのであるか。
春川月子失踪しっそう事件は、たちまち家族近親、撮影所、警察、新聞記者と拡がって行った。それが新聞紙を通じて、世間一般に知れ渡ったことは云うまでもない。相川青年もその新聞記事の熱心な読者の一人であったのだ。
この事件には、不思議なことに「赤い蠍」という奇怪至極な遺留品を除いては、手掛りというものが全くなかった。自発的な家出であるか、何者かに誘拐された犯罪事件であるかさえハッキリしなかった。
恋愛問題からの家出ではないか、スター争奪戦の目標となってどこかに隠されているのではないか、それとも、撮影所の御念の入った宣伝策ではないのか、などと色々な臆測が行われたが、結局いずれの説にも、これという論拠も確証もなかった。そうして有耶無耶うやむやの内に五日間が過去すぎさったのである。
猟奇者相川守は、今、その全都猟奇心の焦点となっている映画女王春川月子を発見したのだ。しかも、どんな春川ファンも未だ見たことのない、彼女の全裸の姿を、どんなシナリオもまだ考え出したことのない、陰惨奇怪な場面を、彼は今見届けたのだ。
この時ただちに、最寄もよりの派出所なり自働電話なりへ駈けつけるのが当然であった。併し、彼は再び機会を失してしまった。雨戸の隙間からの、この世のものとも見えぬ、恐ろしい覗機関のぞきからくりが、彼の目を膠着にかわづけにして離さなかったのだ。彼は殆ど夢と現実との見境がつかなくなってしまっていたのだ。
それから十分程の間、相川青年が何を見たかを、管々くだくだしく写し出すことは差控さしひかえるが、そのかん、例の床の間に安置された妙な木箱の中からと覚しき、嗄声の安来節は、これより下手には歌えないと思われる程まずい節廻しで、切れては続き、切れては続きしていたということ丈けをしるして置く。
そして最後に、彼の目の前には、殆ど四五寸の近さで、異様に大きな鼠色ねずみいろの肉塊の山が立ちふさがっていた。それは春川月子の左の肩であった。彼女は今、雨戸のすぐ前の縁側に、左の肩を上にして、妙な恰好でうずくまっているのに違いなかった。その肩の一部分丈けが、丁度蝋燭の蔭なので、鼠色の山の様に、大写しになって見えているのだ。
鼠色の肉塊の表面には、一面に鳥肌が立って、そのザラザラした感じが、望遠鏡で見た月世界の景色を聯想れんそうさせた。又、そこに生えている薄黒い産毛うぶげも、一本一本かぞえることが出来る程、ハッキリと眺められた。肉塊は早い息遣いと共に、まるで地震の様にゆれていた。
もう誰も喋るものはなかった。薄気味の悪い歌も聞えなかった。鳥打帽に青眼鏡の悪人は、雨戸の蔭の月子のすぐうしろに立ちはだかっている気配だが、彼はそこで何をしているのだろう。何か恐ろしい事が起るのだ。その前の一瞬の静けさなのだ。
(今にも! 今にも!)
相川青年の心臓は早鐘の様であった。冷い油汗が腋下わきのしたをツルツルと流れ落ちるのが分った。
肉塊の小山がグラグラと揺れた。し殺した様なうめき声が、物凄く響いた。そして、鼠色の小山の表面を、ドス黒い液体が、産毛の林を倒しながら、ウネウネと、二本の枝河になって流れ落ちるのが、マザマザ眺められた。
肉塊は二本の赤い河を描いたまま、徐々に傾き始めた。そして、難破船が見る見る水面下に没して行く感じで、春川月子の肩先は、雨戸の隙間から消え去った。そのあとへ、やっぱり映画の大写しみたいに、ギラギラ光る金属の巨大な板が、ニュッと現われた。その金属の表面には、赤黒い液体が、恐ろしい叢雲そううんの様に漂っていた。それは、悪人が手にする兇器の短刀であったのだ。
アア、可哀相な春川月子。一世の人気を負った銀幕スクリーンの女王が、このみじめな有様は何事であろう。彼女は今殺されようとしているのだ。何者とも知れぬ凶悪無残の人物の為に、一寸だめし五分だめしにされているのだ。
相川青年は、思わず雨戸の隙間から顔をそらして、あたりを見廻した。暗闇の底から冷い風が彼の熱した頬を吹き過ぎて行った。夢ではないのだ。ここに、殺人事件が起りつつあるのだ。彼はやっと現実に帰ることが出来た。そして、今更の様に、この事を警察へ知らせなければならないと気がついた。
彼は相手に悟られぬ様、静かに雨戸の側から離れて、闇のくさむらを、塀外へいそとへと急いだ。
派出所は確か桜木町まで出なければならなかった筈だ。四五町はあるだろう。その間に可哀相な女優は殺されてしまうかも知れない。と云って、相川青年は、単身屋内に飛び込んで行く勇気はなかった。ただもう派出所へ急ぐ外に手はないのだ。彼は墓地の中を気違いの様に走った。
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