魑魅魍魎
偽物の三笠龍介は、珠子の手を引いて、懐中電燈で足元を照らしながら、竹藪の中をガサガサと進んで行った。そのあとからは、小男の同類が、逃がしはせじとついて来る。
両側を見通しも利かぬ深い竹藪に限られた細道が、曲りくねって、果しもなく続いている。曲り曲って、遂には地の底へでも迷い込んで行くかの様に。
「お嬢さん、ホラ、ここに面白いものがいる。よくごらんなさい」
懐中電燈が、ヒョイと右側の竹藪の中にさし向けられた。
アア、やっぱり悪夢にうなされているんだ。
だが、夢にもせよ、まだうら若い少女は、それを一目見て、ハッと立ちすくまないではいられなかった。
そこは竹藪が一間程の間
無論、彼女を恐れ
電燈の丸い光が移動するにつれて、人間の手が、人間の足が、人間の
それから人間の胴体丈けが、大きな
最後に、丸い光の中に入って来たのは、髪振り乱した娘の首、青ざめた唇の隅から、
珠子は猿轡の奥で異様な唸り声を立てて、いきなり元来た方へ逃げ帰ろうともがいたが、悪魔は咄嗟に彼女を抱きすくめて、その顔を轢死人の方へねじ向けた。
「お嬢さん、サア、よくごらん。そんなに目をつむってしまっちゃ駄目だ。
珠子は
ヒョイと目と目がぶッつかる。生きた珠子の目と、死んだ首ばかりの娘の目とが、何か話し合ってでもいるように、お互にいつまでも視線をそらさないで、睨み合っている。珠子は目をそらそうにもそらせない程の、烈しい恐怖に捉われてしまったのだ。
それにしても、どうしてこの轢死体はそのままになっているのだろう。夜更けの出来事であった為に、誰も警察へ知らせる者がなかったのだろうか。この悪人達が最初の発見者であって、珠子を怖がらせる為に、態と元のままにして置いたのかしら。
何故だろう。何故こんなものを無理に見せようとするのだろう。ただ怖がらせる為か。それならいいけれど、若しかしたら、アア若しかしたら、この奥底の知れない悪党どもは、珠子も今にこの通りの目に
「お嬢さん、轢死人というものはね、汽車が通り過ぎてしまったあとで、離ればなれになった胴体や手足にね、ちょっとの間生気が残っているものと見えて、この線路の上を、その胴体や手足が、まるで
なんという残酷な悪魔であろう。暗闇の中で、ボソボソと、一体いつまでいやがらせを云い続けるのだ。うら若い少女の神経が、この上の責苦に耐え得るであろうか。
「ワハハハ……」
突如として、珠子をギョクンと飛び上らせるような笑い声が、闇に谺して爆発した。
「面白くもねえ。子供だましのお芝居は、いい加減によすがいいや。お嬢さん、何もそんなに怖がることあねえ。みんな生き人形の
運転助手を勤めた小男が、さもおかしそうに種明しをしてしまった。
アア、そうだったのか。これは見世物小屋の中だったのか。竹藪の迷路を作って、その所々へ不気味な生人形を据え、お客さんを怖がらせて渡世をする、あの古めかしい興行物だったのか。
現代娘の珠子は、話には聞かぬでもなかったけれど、こんな一世紀も昔の見世物を一度も見た事がなかった。それが都会の場末や田舎には、今も余命を保っていようなどとは思いも及ばなかった。
何かしら本当らしくないとは感じていた。だから、悪夢にうなされているのだと極めていたのだが、では、悪夢でもなかったのか。
「間抜けめ、余計なお喋りをするんじゃねえ。折角お嬢さんが面白がっていなさる所じゃねえか。とんちき、これから無駄口を叩くと承知しねえぞ」
小男は偽探偵の
「サア、お嬢さん、こちらへいらっしゃい。この先にまだまだ面白いものがあるんですよ」
グイグイと
轢死人は生人形と分った。これから先の面白いものというのも、どうせ似たような拵えものに
それから竹藪の迷路の中心に達するまで、人形は怖くないと云うものの、ガサガサと藪をゆすって飛び出すからくり仕掛けのお化人形、幽霊人形に、珠子は
ある箇所では、足下にポッカリ口を開いた古井戸があって、その底に
それらの妖怪共を、一々記していては際限がない。兎も角も、ありとあらゆる魑魅魍魎の中を潜って、珠子
そこは、四方を竹藪で囲まれた、十坪程の円形の空地であったが、悪党共が
「お嬢さん、どうですい。面白かったでしょう。この野郎があんな無駄口を叩いて種明しをしなけりゃ、もっともっと面白かったでしょうがね。まことに気の利かねえ奴で、申訳がありませんよ。ところで、とうとう目当ての場所へ来ましたぜ。ねえお嬢さん、お前さんの最期の場所へ来たんですぜ。しっかり目をあいてごらんなさい。アレだ。アレがつまりお前さんの運命なんだ」
悪魔の
「分ったかね。やがて二三十分もすれば、お前さんが、この人形とそっくりの、むごたらしい有様になるんだぜ。ハハハ……、怖いかね」
アア、何という悪魔。これが
すると、偽探偵のその言葉が合図ででもあったように、突如、十字架の