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魑魅魍魉_妖虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:魑魅魍魎ちみもうりょう偽物の三笠龍介は、珠子の手を引いて、懐中電燈で足元を照らしながら、竹藪の中をガサガサと進んで行った
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魑魅魍魎ちみもうりょう


偽物の三笠龍介は、珠子の手を引いて、懐中電燈で足元を照らしながら、竹藪の中をガサガサと進んで行った。そのあとからは、小男の同類が、逃がしはせじとついて来る。
両側を見通しも利かぬ深い竹藪に限られた細道が、曲りくねって、果しもなく続いている。曲り曲って、遂には地の底へでも迷い込んで行くかの様に。
「お嬢さん、ホラ、ここに面白いものがいる。よくごらんなさい」
懐中電燈が、ヒョイと右側の竹藪の中にさし向けられた。
アア、やっぱり悪夢にうなされているんだ。
だが、夢にもせよ、まだうら若い少女は、それを一目見て、ハッと立ちすくまないではいられなかった。
そこは竹藪が一間程の間途切とぎれて、その向う側に、枕木の見える汽車の線路が長々と横わっているのが眺められた。三河島と云えば、大宮おおみや方面への鉄道の沿線に当るのだから、突然レールに出くわしても、別に不思議はないのだが、珠子には、なぜかその鉄道線路さえ、現実のものではなくて、悪夢の中の光景の様に感じられた。
無論、彼女を恐れおののかせたのは、鉄道線路そのものではなく、その線路の上に飛び散っている数個の白い物体であった。
電燈の丸い光が移動するにつれて、人間の手が、人間の足が、人間のももが、その切口をドス黒い血潮に染めて、次々と彼女の脅えた眼に。
それから人間の胴体丈けが、大きな風呂敷包ふろしきづつみのようにグッタリと横わって、その下腹部からは、何というむごたらしさ、小腸が、数百匹の蛇と、もつれ出していた。胸部には、二つのふっくらとした乳房が見える。女だ。この無残な轢死者れきししゃはまだ若い女なのだ。
最後に、丸い光の中に入って来たのは、髪振り乱した娘の首、青ざめた唇の隅から、紅絲べにいとのような血を吐いて、一本の枕木の上に、チョコンと、獄門ごくもんの形でのっかって、半白の目でじっとこちらを見つめている。
珠子は猿轡の奥で異様な唸り声を立てて、いきなり元来た方へ逃げ帰ろうともがいたが、悪魔は咄嗟に彼女を抱きすくめて、その顔を轢死人の方へねじ向けた。
「お嬢さん、サア、よくごらん。そんなに目をつむってしまっちゃ駄目だ。折角せっかく面白いものを見せて上げようと云うのじゃないか。目々めんめいて、ホラ、よくごらん。可哀相にあの娘さんも、丁度お嬢さんと同じ位の年恰好としかっこうだね。オヤ、そう云えば、この死人しびとの顔はお嬢さんにそっくりじゃありませんか。エ、そうは思いませんかい」
珠子はしにもの狂いに目をつむっているつもりでも、恐ろしければ恐ろしい丈け、怖いもの見たさの薄目がひとりでに開いて来る。すると目の前の丸い光の中に、草のように青い顔が今にもニッコリ笑いそうに、宙に浮いて見えるのだ。
ヒョイと目と目がぶッつかる。生きた珠子の目と、死んだ首ばかりの娘の目とが、何か話し合ってでもいるように、お互にいつまでも視線をそらさないで、睨み合っている。珠子は目をそらそうにもそらせない程の、烈しい恐怖に捉われてしまったのだ。
それにしても、どうしてこの轢死体はそのままになっているのだろう。夜更けの出来事であった為に、誰も警察へ知らせる者がなかったのだろうか。この悪人達が最初の発見者であって、珠子を怖がらせる為に、態と元のままにして置いたのかしら。
何故だろう。何故こんなものを無理に見せようとするのだろう。ただ怖がらせる為か。それならいいけれど、若しかしたら、アア若しかしたら、この奥底の知れない悪党どもは、珠子も今にこの通りの目にわせてやるぞと、その予告をしているのではないだろうか。
「お嬢さん、轢死人というものはね、汽車が通り過ぎてしまったあとで、離ればなれになった胴体や手足にね、ちょっとの間生気が残っているものと見えて、この線路の上を、その胴体や手足が、まるであやつり人形みたいに、ピョコピョコと踊り狂うって云いますぜ。苦しまぎれにですよ。バラバラになってしまっても、まだ苦しさだけは残っているんですね。エ、お嬢さん、恐ろしいじゃありませんか」
なんという残酷な悪魔であろう。暗闇の中で、ボソボソと、一体いつまでいやがらせを云い続けるのだ。うら若い少女の神経が、この上の責苦に耐え得るであろうか。
「ワハハハ……」
突如として、珠子をギョクンと飛び上らせるような笑い声が、闇に谺して爆発した。
「面白くもねえ。子供だましのお芝居は、いい加減によすがいいや。お嬢さん、何もそんなに怖がることあねえ。みんな生き人形のこしらえもんだよ。八幡の藪知らずといってね、こりゃお化の見世物なんだよ」
運転助手を勤めた小男が、さもおかしそうに種明しをしてしまった。
アア、そうだったのか。これは見世物小屋の中だったのか。竹藪の迷路を作って、その所々へ不気味な生人形を据え、お客さんを怖がらせて渡世をする、あの古めかしい興行物だったのか。
現代娘の珠子は、話には聞かぬでもなかったけれど、こんな一世紀も昔の見世物を一度も見た事がなかった。それが都会の場末や田舎には、今も余命を保っていようなどとは思いも及ばなかった。
何かしら本当らしくないとは感じていた。だから、悪夢にうなされているのだと極めていたのだが、では、悪夢でもなかったのか。
「間抜けめ、余計なお喋りをするんじゃねえ。折角お嬢さんが面白がっていなさる所じゃねえか。とんちき、これから無駄口を叩くと承知しねえぞ」
小男は偽探偵の一喝いっかつに遭って、一縮みに黙り込んでしまった。
「サア、お嬢さん、こちらへいらっしゃい。この先にまだまだ面白いものがあるんですよ」
グイグイと邪慳じゃけんに手を引かれるままに、珠子はよろけながら、なおも竹藪の細道を辿たどって行ったが、そう聞いて見ると、如何にも見世物小屋の中に相違ないことには、暗闇ながら、戸外のような風のそよぎもなく、空には星も見えないのだ。さい前までは、それ故にこそ、一層夢の中の景色らしくも感じられたのだが。
轢死人は生人形と分った。これから先の面白いものというのも、どうせ似たような拵えものにきまっている。だが、それだからと云って、珠子の恐怖は増しこそすれ、決して薄らぎはしなかった。人形はもう怖くはないけれど、人間が恐ろしいのだ。彼女の右手をネットリと握りしめている怪物の、計り知られぬ心が恐ろしいのだ。
それから竹藪の迷路の中心に達するまで、人形は怖くないと云うものの、ガサガサと藪をゆすって飛び出すからくり仕掛けのお化人形、幽霊人形に、珠子は幾度いくたび胆を冷したことであろう。本来ならば、足元の見える程度に、薄暗い電燈がついているのだが、悪党達は態とそれを点火せず、ただチロチロ揺れる懐中電燈の光丈けをたよりに、竹藪のアーチをくぐって行くのだから、その不気味さは一入ひとしおであった。
ある箇所では、足下にポッカリ口を開いた古井戸があって、その底に溺死人できしにんのドロドロにくずれた顔が浮いているかと思うと、ある箇所では、頭の上から、サッと風を切って、振り乱した白髪しらが藍色あいいろの顔、まん丸に飛び出した片眼、耳まで裂けた血みどろの口で、痩せさらぼうた老婆の幽霊が襲いかかる。又ある箇所には、真赤な腰巻一枚の裸体の女人形が、藪の中から美しい顔でニタニタと笑いかけているのだ。
それらの妖怪共を、一々記していては際限がない。兎も角も、ありとあらゆる魑魅魍魎の中を潜って、珠子は場内中央の広場に達した。
そこは、四方を竹藪で囲まれた、十坪程の円形の空地であったが、悪党共があらかじめ用意をして置いたものか、ここ丈けは、片隅の柱の上に、小さな電燈が一つともって、空地全体が霧の中の景色のように、陰惨にぼかされていた。
「お嬢さん、どうですい。面白かったでしょう。この野郎があんな無駄口を叩いて種明しをしなけりゃ、もっともっと面白かったでしょうがね。まことに気の利かねえ奴で、申訳がありませんよ。ところで、とうとう目当ての場所へ来ましたぜ。ねえお嬢さん、お前さんの最期の場所へ来たんですぜ。しっかり目をあいてごらんなさい。アレだ。アレがつまりお前さんの運命なんだ」
悪魔のゆびさす所、おぼろに霞む竹藪の中に、ニョッキリそびえた、異様な人影があった。又してもお化人形かと見れば、そうではなくて、殆ど全裸体の若い娘が、頑丈な十字架に、手を拡げ、股を拡げて括りつけられ、両の乳房のあたりに、二つの黒い穴があいて、そこから流れ落ちた血潮が、下半身をあけに染め、苦悶の形相ぎょうそう物凄く、歯を喰いしばって息絶えている。磔刑はりつけ人形なのだ。
「分ったかね。やがて二三十分もすれば、お前さんが、この人形とそっくりの、むごたらしい有様になるんだぜ。ハハハ……、怖いかね」
アア、何という悪魔。これが彼奴等あいつらの本音であったのだ。長い道中を、散々怖がらせ、いじめ抜いて置いて、最後には、今の世に聞いたこともない磔刑の目論見もくろみとは。
すると、偽探偵のその言葉が合図ででもあったように、突如、十字架のそばの竹藪がザワザワと鳴って、そこから一人の男が姿を現わした。まぶかく冠った鳥打帽子、大きな青眼鏡、濃い口髭、黒の背広姿……彼奴だ。赤い蠍だ。嘗て谷中の空屋で春川月子を惨殺した青眼鏡。近くは相川家の湯殿の窓に現われて、珠子を気絶させた青眼鏡。珠子は思い違いをしていたのだ。彼女を誘拐した偽探偵は悪魔の首領ではなく、しんに恐るべき妖虫赤蠍の怪物は、もうちゃんと先廻りをして、さい前からこの藪蔭に、彼の美しい餌食を、今や遅しと待ち構えていたのである。
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