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悪魔の紋章_妖虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:悪魔の紋章派出所に居合わせた二人の警官が、相川青年の案内で、現場げんじょうに駈けつけたのは、それから十五分程後のちであっ
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悪魔の紋章


派出所に居合わせた二人の警官が、相川青年の案内で、現場げんじょうに駈けつけたのは、それから十五分程のちであった。
彼等は塀の中の広い叢を突切って、いきなり問題の部屋へと突進した。惨劇はその部屋で行われていたのだから、これは実に無理もない行動であったが、若し屋内に踏み込む前に、外の叢を一応調べて見る余裕があったなら、彼等は、その叢の闇の中に、異様な人影がうごめいていたのを発見したに相違ない。そして又、如何に大胆不敵の兇賊でも、あの様な恐ろしい諧謔かいぎゃくろうするいとまがなかったことであろう。
それはかく、一青年と二警官とは、さいぜんの雨戸の外に立って、内部の様子を窺ったが、もうその時には、隙漏すきもる明りも見えず、人の気配さえしなかった。
「逃げてしまったかな」
「ウン、そうかも知れん。戸を破ってんで見よう」
一人の警官がいきなり肩をぶッつけると、大きな音がして、一枚の雨戸が倒れた。三人はその隙間から、警官が用意して来た懐中電燈の光をたよりに、部屋の中へと上り込んで行った。
「妙だね、なんにも居ないじゃないか」
「別に血のあともないし」
警官達はそんなことを呟きながらも、流石さすが職掌柄しょくしょうがら、部屋から部屋へと、注意深く歩き廻って、押入は勿論、台所の上げ板の下まで覗き込んだが、不思議なことに、猫の子一匹発見することは出来なかった。
「オイ、君、どうも妙だね。人殺しがあるというから飛んで来たんだが、これじゃそんな形跡は少しもないじゃないか。君の頭がどうかしていたんじゃないのかい。ここは有名な化物屋敷だからね」
「大方夢でも見たんだろう」
警官達は腹立たしげに、相川青年を責めた。
「イヤ、決して夢やなんかじゃありません。確かに人殺しです。それも並々の犯罪事件ではなさそうなんです。この床の間に木箱があって、その中から妙な歌が聞えて……」
「どうも君の話は変梃へんてこだぜ。箱なんて何もないじゃないか。それに箱の中で歌を歌ったなんて、人殺しの最中にそんな馬鹿馬鹿しい真似をする奴があるもんか」
「常識では判断出来ないかも知れません。併しこれには何か訳があるのです。常識的でない丈けに、恐ろしく……ア、併し、あれは一体なんでしょう」
相川青年は弁じながら、ふと床の間の壁を見ると、そこに妙なものがあった。一人の警官の手にする懐中電燈が、丁度床の間の壁の真中を丸く照らし出していたが、その円光の中に、何かしら恐ろしい物の形が浮出しているのだ。
「ホウ、何かいてあるね」
警官もそれに気づいて、懐中電燈を近づけて調べて見ると、茶色の壁からにじみ出した様に、赤黒い色彩で、足の多い一箇の怪物が、そこに粘着へばりついていた。雨漏りと見違う程不明瞭な、併し不明瞭な丈け、ゾッとする様な何かの形であった。
「分りました。蠍です。赤い蠍です。ホラ、春川月子が誘拐された日に、ベッドの上に置いてあったアレと、同じ毒虫の姿です」
相川青年がとうとう、その怪しい絵模様の意味を発見した。
なる程、そう云えば、蠍の形に違いない。八本の足と、二本の鋏と、鋭い尻尾とが、ちゃんと描いてある。
一人の警官が、何を思ったのか、その絵に近づいて、指で壁をでていたが、突然頓狂とんきょうな声を立てた。
「ヤ、血だ! この蠍は人間の血で描いてあるんだ」
アア、血で描かれた「赤い蠍」。何とふさわしい犯罪者の紋章ではないか、それにしても、奴等の不敵さはどうだ。これ見よがしに、床の間の正面に、署名を残して行ったのだ。
「何か布類にでも血を含ませて描いたのだろうが、これ丈け大きな絵を描くには、大変な分量だぜ」
警官が驚いて云った。
「ウン、恐らく殺人は行われてしまったんだね」
この異様な血痕を見せつけられては、もう相川青年を疑う訳には行かなくなった。
「それから、縁側をよく調べてごらんなされば、いくら拭き取ったにしても、血の跡が残っているに違いありませんよ」
相川は気負ってつけ加えた。
調べて見ると、これもまた、彼の言葉が間違っていないことが分った。
「だが、死体をどう始末したんだろう。これ程証拠を残して置いて、死体丈け隠して見たところで仕方がないからね」
「ウン、もう一度探して見よう」
そして、又綿密に屋内の捜索が行われたが、結局、柱や畳の上に沢山の小さな血の斑点が発見されたのと、犯人が勝手口から出入ではいりしたらしいことが分った外には、何の得る所もなかった。
勝手口の外には、少しばかりの空地を隔てて、煉瓦塀をくり抜いた小さな裏木戸があり、朽ちた木製の扉が、形ばかり残っていた。そこを出ると、こんもりとした林があって、その林の向うは、省線を見下す断崖になっているらしかった。したがって裏木戸からの細道は、直線ではなく、煉瓦塀に沿って、横の方へ這っているのだ。
二警官がその辺を調べていた時、本署から司法主任と二人の刑事探偵とが駈けつけて来た。派出所を出る時、電話で急を告げて置いたからだ。
司法主任は二警官の報告を聞取ると、流石に事件の重大性を理解したらしく、非常線の手配、警視庁への報告など、一人の刑事に云い含めて、手早く取運んだのち、更に現場の捜索を続けることにした。
屋内はもう十分じゅうぶん調べられた。余す所は煉瓦塀の内側の荒れ果てた空地だ。空地は家屋の正面と南側とを囲んで、百坪程もあったが、その大部分が、膝までもある雑草に埋まっていた。
詳しくは夜の明けるのを待って調べる外ないのだけれど、さいわい、本署からは暗中の捜索を予想して、光度の強い手提てさげ電燈を用意して来たので、それと三箇の懐中電燈によって、兎も角も一応、叢の中を歩き廻って見ることになった。
一同二組に分れて、叢の両方の端から始めたのだが、相川青年は司法主任の組に加わり、強力な手提電燈を振りかざす刑事のうしろから、まるで彼自身、日頃あこがれの探偵にでもなった気持で、猟奇心に燃えながら、ついて行った。
夜露の降りた叢の踏心地ふみごこちは、決して気味のよいものではなかった。電燈の光はほんの一局部しか照らさない。その影がチロチロと動いて行く下に、今にも血みどろの死骸が現われはしないかと思うと、何でもない木切れなどを踏みつけても、ゾッと身がすくむのであった。
「ひどい荒れかたですね。東京の真中に、こんな化物屋敷があるなんて、嘘みたいですね」
「不思議に買手がつかないらしいんだね。何でも自殺者があって、そいつの怨霊おんりょうが現われるって云うんだが。こんな物をこのままにして置いちゃ、ろくなことは起りゃしない。犯罪には持って来いの場所だからね」
司法主任と刑事とが、不気味さをまぎらす様に、そんな会話を取交とりかわしていた。
暫くすると、庭の奥の方から、黒い人影が矢の様に走って来た。ギョッとして一同が立ちすくんでいると、黒影こくえいが息をはずませて報告した。
「死体らしいものが見つかりました」
それは化物でも、犯罪者でもなく、警官の一人であった。
「見つかった? どこだ?」
「向うの台所のそばの井戸の中です。懐中電燈で覗いて見ると、水面に白いものが浮いていたのです。黒い髪の毛がハッキリ見える位ですから、人間の死体に違いありません。ちょっと来て見て下さい」
警官はそれ丈け云うと、急ぎ足に元来た方へ引返して行った。
「アア、井戸があったのか。じゃ、そこへ行って見る事にしよう」
そして、三人の一組が、警官のあとを追って走り出そうとした時、チラチラ揺れる電燈の光が、つい目の先の叢の中に、実に異様なものを映し出した。
「ちょっと待って下さい。アレ、アレをごらんなさい」
相川青年がいち早く気づいて叫んだ。
電燈のななめの光を受けた、陰影の多い雑草の中に、未だかつて見たことも聞いたこともない様な、えたいの知れぬ生白い植物が、ニョッキリと生えていた。
「何だ、こりゃ」
司法主任がたまげた様な声を出した。
「いやだなあ。しましょうよ。こんなもの、どうだっていいじゃありませんか。早くあっちへ行きましょう」
刑事はおびえているのだ。そのえたいの知れぬお化け植物を見るに耐えなかったのだ。
「マア待ち給え。どうも変だぜ、こいつは」
司法主任は、迷信家ではなかった。彼は毒蛇どくじゃにでも近づく様に、用心しながら、その生白いものの側にしゃがんで、五本の白くて太い葉を、イヤ、指を見つめた。化物屋敷にふさわしくも、滑稽千万なことには、そこに雑草に混って、人間の腕が生えていたのだ。
「どうやら死骸は二人らしいぜ。向うの井戸に一人と、ここに一人と。……オイオイ君、どこへ行くんだ」
刑事はソッとこの場を逃げ出そうとしていたが、見とがめられて、仕方なく立止った。
「もう沢山です。僕等はみんな気でも狂ったんじゃありませんか。変ですぜ。草の中へ、まるできのこみたいに、人間の手や足が生えているなんて、これや化物の仕業ですぜ。いやだ、いやだ、僕はもう見たくもありませんや」
刑事の云う通り、そこには、合計四本の、手と足との植物が生えていたに違いないのだ。
実にそれは、何か吐き気を催す様な、あるいは、いきなり笑い出しい様な、余りにも度はずれな、珍妙で、おかしくて、しかも、ゾーッと腹の底から震えが来るていの、戦慄すべき諧謔であった。地獄の底のユーモアであった。
(アア、俺はやっぱり夢を見ているんだ。悪夢にうなされ続けているんだ。早く早く。誰かが叩き起してくれればいい)
相川青年は歯ぎしりを噛む様にして、手を握ったり開いたりしていた。
「イヤ、そうじゃなかった。被害者はやっぱり一人りだ。ここにあるのは、死体の一部分に過ぎない。悪党め、何て真似をしやがるんだ」
司法主任はそれを確めて、憤激の叫声さけびごえを揚げた。胴体は井戸に、手足は叢に。アア何という着想であろう。人ではない鬼だ。イヤ、鬼よりも気味悪い悪魔の国の赤蠍だ。
さて読者諸君、この恐ろしい着想は、化物屋敷という舞台から思いついた、悪魔の諧謔に過ぎなかったのであろうか。イヤイヤ、決してそうではなかったのだ。悪魔のカラクリには、凡て二重底、三重底の秘密があった。一見子供らしい悪戯あくぎの裏に、もう一つの意味が、見かけとは似ても似つかぬ、深讐綿々しんしゅうめんめんたる妖鬼の呪が隠されていたのだ。
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