魔法の杖
時間を比べると、偽物の三笠龍介が相川邸を訪れた少し前、穴蔵にとじこめられた、三笠探偵と相川守の間には、脱出の工作が進行していた。
「ですが、そんな小っぽけな道具で、どうしてこの地下室が抜け出せるのですか」
暗闇の中から、守青年の声がいぶかしげに訊ねた。
豆の様な、併し非常に光力の強い懐中電燈が、探偵の七つ道具の容器を照らしていた。その円光の中に三笠氏の皺くちゃな指が問題の銀色に光る円筒形の金属をおもちゃにしていた。
「種を明かせばナアンダという様なものさ。しかし、これがあるばかりに、全く不可能に見える穴蔵の脱出が、可能になるんじゃから、不思議じゃて」
老探偵は舞台の手品師の様に
「若しや、それはダイナマイトじゃないのですか」
「アハハハ――、爆薬なんか使ったら、わし達が
「ですが、あの高い天井の留金をどうして廻すのです。その銀色の道具を投げつけるのですか」
「わしは石投げの名人じゃない。よし命中しても、そんなことで留金は廻らんて」
「じゃ、どうするのです」
守は、この一刻を争う場合、老探偵の余りの落ちつき振りに、もうイライラしていた。
「それはね、手品師の方で魔法のステッキと云われている、ごくありふれた道具なのだよ。これをごらん、僅か二寸程の筒が、引っぱれば引っぱる丈け、どこまでも伸びて来るのだ。一尺、二尺、三尺とね」
あっけにとられた守の前に、見る見る、闇にも光る一丈程の銀色の
だが、金属が
「君は、写真器の三脚に、これと似た仕掛けのものがあるのを見たことがあるじゃろう。もっと手近な例では、旅行用の伸び縮みする金属のコップだ。登山家などが使っているあれだよ。この魔法の杖はあの仕掛けを極度に利用して、良質の鋼鉄を使い、微妙な細工を施したものに過ぎないのだ。ハハハ……、どうじゃね。何でもない思いつきが、ひどく調法するではないか。わしはこの様な魔法の道具を色々と工夫して用意しているのだよ。七つ道具さえあれば、三笠龍介の字引きに『不可能』という字はない訳じゃて、ハハハ……」
守が命ぜられるままに、懐中電燈を持って、天井の陥穽の蓋を照らしていると、老探偵は、支那の
それから、竿の先に絹糸の繩梯子の鈎を引かけると、又もや無類の器用さで、その鈎を天井の陥穽の縁へシッカリ喰い込ませた。
「サア、愈々穴蔵におさらばだ。わしが先に昇って様子を見るから、君はあとから来給え」
繩梯子と云っても、三笠氏のは普通の梯子型ではなくて、一尺置き程に、金属の
上から合図があったので、守も真似をして、やっとの思いでよじ昇ったが、見ると、探偵は書斎のドアを烈しく叩いている。曲者が外から鍵をかけて立去ったのだ。
暫く叩き続けていると、三笠氏の助手の拳闘選手みたいな男が、ドアを開いてくれたが、老主人を一目見て、頓狂な声を立てた。
「ヤ、ヤ、先生ですか。さっきお出かけになった先生が、どうしてこんな所に、それに、ドアには一体誰が鍵をかけたのでしょう。……先生ですか、本当に先生ですか」
彼は狐にでもつままれた様な顔をして、
「馬鹿め」老探偵はいきなり呶鳴りつけた。「貴様の目はどこに着いているのだ。わしの顔を忘れたのか。さっき出て行った奴が本当のわしで、このわしが偽物だとでも云うのか」
「オヤッ、すると、さっきの奴は、先生の変装をしていたのですか。畜生め、それで読めた。あいついやに不機嫌で、僕の方を見ない様にばかりしていたが、変装を見破られるのが怖かったのだな」
「今更何をグズグズ云っているのだ。それにしても、お前はこの方を案内したって云うじゃないか。お客さんを置いてけぼりにして、主人が外出すると思うのか」
きめつけられた助手先生は、頭を
「イヤ、
「済んだことはいい。わし達はすぐ出かけるから、今度は十分注意して留守番するんだぞ。いいか」
老探偵は、まるで子供を叱る様に云いつけて置いて、守青年を促して外へ出た。
「これから、あいつを追っかけて、間に合うでしょうか」
守が不安らしく訊ねると、探偵はやっぱり落ちつき払って答えた。
「それは臨機応変じゃ。無論手遅れということはない。まだまだ最後の
この年になってもまだ