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怪しの物

时间: 2023-09-13    进入日语论坛
核心提示:怪しの物だが、その翌朝よくあさ、朝の物音と太陽の光とが、彼女の意識を呼び戻した。ふと目を覚ますと、品子は別段の異状もなく
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怪しの物


だが、その翌朝よくあさ、朝の物音と太陽の光とが、彼女の意識を呼び戻した。ふと目を覚ますと、品子は別段の異状もなく、昨夜のままベッドの中に横わっていた。不気味な怪物の蠢いていた同じ窓から、昨夜とはうって変って、晴れやかな朝の太陽が覗いていた。
彼女は、ベッドを降りて、ソッと窓を開いて見たが、外には何時いつに変らぬ庭園の常緑木ときわぎが、青々と茂っているばかり、何の異常も認められなかった。
やっぱり、あれは夢の続きだったのに違いない。でなくては、あんな大きな蠍なぞが、現実に棲息せいそくする筈はないのだから。
「マア、よかった」
太陽の光が、悪夢の魑魅魍魎をすっかり払い落してくれた感じで、彼女はすがすがしい気持になれた。ひどく疲れて、頭がフラフラしていたけれど、気を引立てて身じまいをして、いつもの通り朝の食堂へ出て行った。
「マア、品さん、どうなすったの、あなたの顔色は? どっか身体の具合が悪いのじゃありませんか」
母夫人が、驚いて訊ねた程、彼女は蒼ざめていた。
「イイエ、別に。きっと、ゆうべよく眠らなかったせいよ」
品子は何気なく答えた。昨夜の怪物の事など、明るい太陽の下では、馬鹿馬鹿しくて話し出せなかった。話せばきっと笑われるに極まっていた。
「品子はあの虫のことを気に病んでいるんだよ。だが、心配しなくてもいい。お前のことは警視庁の捜査係長が、すっかり引受けて、警戒していてくれるんだから。家には腕っぷしの強い書生共がゴロゴロしているんだし、門長屋にはお巡りさんががんばっている。外出さえしない様にしていれば、ちっとも恐れることはないんだよ」
父桜井氏が、政治家らしく磊落らいらくに笑いながら、娘を力づけた。
品子はそれを聞くと、益々昨夜の事が話し出せなくなってしまった。
警視庁の蓑浦みのうら捜査係長が父と親しい間柄で、例の蠍の死骸の出来事を通知すると、早速さっそく出向いて呉れて、色々取調べもし、警戒の手配も講じてくれたのは事実であった。普通の犯罪なれば、これで十分安心出来たに違いない。だが、魔法使いの様な妖虫殺人鬼が、こんなことに恐れを為して、手をつかねているであろうか。
その午後、相川守青年が訪ねて来た。そして、彼もまた品子の蒼ざめた顔色に驚かされ、何かあったのではないかとくどく訊ねた。悪魔の犠牲となった珠子の兄だけに、妖虫の恐ろしさを知り尽している彼だけに、その質問は急所に触れていた。
品子はとうとう、それを打明けないではいられなかった。
「多分、あたし夢を見たんですわ。でも、あんまり馬鹿馬鹿しい事ですもの」
そう照れ隠しの前置きをして、彼女は前章の出来事を詳しく物語った。
「夢ですよ。君がその事ばかり気にしているものだから」
守青年は品子の父と同じ様な意見を述べたが、それは相手を安心させる口先ばかりであって、内心ではある恐ろしい疑いをいだいていた。けたはずれの悪魔を、常規じょうきで律することは出来ない。それが信じ難い出来事であればある程、却って用心しなければならないのだ。
彼は帰りがけに、品子に気づかれぬ様に注意しながら、ソッと庭に降りて、彼女の寝室の窓の下へ行って見た。
「探偵さん」の彼は、そこの地面に何かの痕跡を予想していたのだが、行って見ると、果して果して、そこには余りに明白な悪魔の足跡そくせきが残っていた。
丁度問題の窓の下の辺りに、棒の先でつけた様な穴が二つ、一尺五寸程の間隔を置いて、ハッキリと地面に残っていた。
梯子はしごを立てかけた跡だ。
蠍が梯子を使用したのだろうか。あの巨大な妖虫は、まるで人間の様に、梯子を登って寝室の窓を覗いたのであろうか。
守青年はいつか、その庭園の一隅いちぐうの物置小屋の中に、梯子が入れてあるのを見たことがあった。ふと「あの梯子かも知れない」と気づいたので、その物置に入って調べて見ると、あんじょう、梯子の脚に、まだ生々しい土が附着していた。
品子は決して夢を見たのではなかった。彼女を襲った怪物は実在のものであった。それは悪魔の殺人遊戯の前奏曲であったかも知れない。犠牲者を思う存分怖がらせ、脅えさせて楽しもうとする、殺人鬼の途方もない稚気ちきであったかも知れない。
守青年は、悪魔のからくりが分った様に思った。お化けの正体を見た様に思った。
大胆不敵の賊は、このすばらしい遊戯を、たった一夜で中止する筈はない。怪物は今夜も亦、品子の寝室に這い上って、彼女の恐怖を楽しむつもりかも知れない。
絶好の機会だ。図に乗りすぎた悪魔を捕える絶好の機会だ。この機会を逃がしてなるものか。
だが、この事を家人に告げてはいけない。警察にも知らせない方がいい。下手に騒ぎ立てて、機敏な賊に悟られては、もうおしまいだ。怪物は再び姿を現わさないであろう。
味方は三笠探偵一人で沢山だ。早くこの発見を老探偵に知らせなければならない。そして、今夜こそ、恨み重なる赤蠍を手捕りにしなければならない。
彼は桜井家を辞すると、その足で三笠探偵が入院している麹町外科医院を訪れた。
だが、探偵は不在であった。表向きは重態でベッドに呻吟しんぎんしている様に見せかけ、病室の窓のカーテンをとざし、ドアには鍵を掛け、病院の召使さえも近寄らせない用心深さで、この秘密は院長自身の外は誰も知らなかったけれど、その実病室はもぬけのからであった。老探偵は、敵を油断させて置いて、その虚に乗じて、妖虫事件の探偵に従事しているのに違いなかった。
守青年はガッカリした。三笠探偵の助力もなく、独りぼっちで怪物と戦うのは、何となく不安であった、けれど、今更ら警察の加勢を頼む気にはなれなかった。騒ぎ立ててぶちこわしになることもおそれたし、それに、彼にはこのすばらしい発見を独占したいという素人探偵気質かたぎがあった。独力で、恨み重なる悪魔の正体をあばいてやりいという、稚気の様なものがあった。
その夜更け、守青年は真黒な背広に身を包み、父の書斎からソッと持出したピストルをポケットに忍ばせ、桜井家へ出かけて行った。
誰にも知らせず裏庭へ忍び込まねばならない。それには塀を乗り越す外に手段はなかった。彼はまるで泥棒の様に、裏の板塀をよじ登って、庭内の樹立こだちの闇に身を潜めた。
樹立を通して、洋館の二階の品子の寝室が眺められた。問題の窓には今夜は用心深くカーテンが引いてあったが、室内の電燈にそのカーテンが赤黄色く透いて見えた。
召使達ももう就寝したのであろう、邸内はしんと静まり返っていた。空には一面の星明り、少しも風のない、異様に物静かな夜であった。
闇の中にじっとしゃがんでいると、靴の底から寒さが這い上って来る。寒さの為にか、恐ろしさにか、身体がガクガクと震えて来るのを、彼は歯を噛みしめて、じっとこらえながら、実に長い長い時間を、一つの黒い石ころの様に、身動きもしないで待構えていた。
やがて、彼が庭内に忍び込んでから二時間程もたった時分、彼の予想は恐ろしくも適中して、さい前彼が乗越した板塀の上の星空に、何ともえたいの知れぬ物の姿が、ニュッと現われた。
星の光と、闇に慣れた視力で、その物の姿を、やや明瞭に見て取ることが出来たが、如何にもそれは、驚くべく巨大な一匹の蠍に相違なかった。
そいつは、実に不器用な恰好で塀を乗り越すと、転がる様に地上に飛び降りて、そこの闇にじっと横わったまま、邸内の気配を窺うのか、暫くは身動きもしなかった。
守は今、その全身をおぼろに眺めることが出来たが、毒蜘蛛を千倍に拡大した様な、醜怪兇悪な妖虫の姿に、思わずゾッと総毛立たないではいられなかった。
無論こんな怪物が東京の真中に棲息している筈はない。子供だましの作り物に極まっている。だが、それとは承知しながらも、闇の中に蠢く、余りに突飛な物の形に、脅えないではいられなかった。
それに、妖虫の姿は仮令いぐるみであっても、その中に隠れている人間こそは、蠍にもまして恐ろしい悪魔なのだ。
見つめていると、巨大な虫は、ソロソロと地上を這い始めていた。ニョッキリとそびえた二本のはさみは、案の定庭の隅の物置小屋に向っている。彼は先ずそこの梯子を取り出す積りであろう。
守は少なからず躊躇を感じた、いっそ手捕りにすることはあきらめて、こいつのあとを、気長に追跡してやろうかとも考えた。だが、敵は縫いぐるみに包まれた不自由な身体だ。力では引けを取らない自信がある。それに、万一の場合には大声にわめきさえすれば、邸内の書生などが助けに来てくれるであろう。この絶好の機会を、見す見す退がすのは如何にも残念だ。
「エエ、やっつけろ!」
彼は咄嗟に決心すると、スックと立上り、黒い風の様に駈け出して、物をも云わず怪物目がけて飛びかかった。
幸、相手は腹這はらばいになっている。彼はその上に馬乗りになって、グイグイとおさえつけさえすればよかったのだ。
彼の計画は見事に成功した。巨大な蠍は、彼の下敷になって、奇妙なうめき声を発しながら、もがいた。もがきにもがいて、怪物はやっと身体の向きを仰向あおむきに変え、例の螯を振って抵抗した。
だが、守は怪物を圧えつけたまま、ふと妙な不安に襲われないではいられなかった。何となく変な具合であった。
こいつは一体何者だろう。なんて力のない奴だ。それに骨格と云い、身体の恰好と云い、まるで子供みたいにちっぽけな奴じゃないか。こいつは首領の青眼鏡ではないのだ。だが、賊の仲間にこんな子供がいたのかしら。
蠍の縫いぐるみの中で蠢いている奴は、疑いもなく子供であった。彼はみじめな泣声になって、さも苦しそうにうめいていた。
何といういやな声だ。オヤッ、この声はどっかで一度聞いたことがあるぞ。…………アア、そうだ。谷中の化物屋敷で、映画女優が惨殺された時、箱の中で歌を歌った奴の声だ。異様にしわがれた浪花節語りの様なあの声だ。
守はそこまで考えると、思わずゾッとして、圧えていた手を離してしまった。何ともえたいの知れぬ、水母くらげの様に無力な怪物が、彼を怖がらせたのだ。
ふと、昨夜の三笠探偵の言葉が思い出された。谷中の殺人事件では、小さな木箱の中に潜んでいた奴、三河島の八幡の藪知らずでは、張りぼての岩に潜んでいて、老探偵をきずつけた奴、そして、今は又、蠍の縫いぐるみの中に隠れて、品子さんを脅かそうとしている奴、こいつこそ、妖虫殺人事件の底に潜む不気味な秘密ではないか。若しかしたら、今まで首領とばかり信じていた青眼鏡は首領でなくて、このちっぽけな奴が、恐るべき殺人団の張本人なのではあるまいか。
気がつくと、手を離していた間に、怪物は力を恢復かいふくして、やっぱり不気味な泣声を立てながら、手足をもがいて、一生懸命に起き上ろうとしていた。
「畜生! 逃がすものか」
守は俄かに燃え立つ憎悪を、もう無我夢中になって、怪物の喉のあたりを締めつけた。拇指おやゆびに力を入れて、グイグイと締めつけるにつれて、嗄れた泣声が、苦し相に衰えて行った。
怪物は、守の手の下で、窒息しそうになっているのだ。もう一分間、この圧迫を続けたら、彼は死んでしまったかも知れない。
だが、丁度その時、どこからともなく庭の樹立をくぐって、ものの様な黒い人影が、守青年の背後にソッと忍び寄って来た。
その黒い影の手には、白布はくふを丸めた様なものが握られていた。それが矢の様な素早さで、青年の顔の前に飛びついて行った。
守は突如として、異様な臭気を発する柔い物体が、口と鼻を覆うのを感じた。振り払おうとすればする程、その物体は、益々固く密着して来た。
叫ぶこともどうすることも出来なかった。グラグラと眩暈めまいを感じたかと思うと、目の前の暗闇が、忽ち灰色にぼやけて行って、何もかも分らなくなってしまった。彼は麻酔剤の為に意識を失ったのだ。
守は薄れて行く意識の中で、幽に彼の身体が宙に持上げられるのを感じた。持ち上げられたまま、フワフワと漂って行く様に感じた。
事実、意識を失った彼の身体は、黒い人影によって、どこかへ運ばれて行ったのだ、この人影が何者であったかは、読者の容易に推察される所であろう。
守青年は功を急いだばっかりに、遂に悪魔の手中に陥ってしまった。彼はどの様な場所で再び目醒めることであろう。そして、どの様な恐ろしい光景を目撃しなければならなかったことであろう。
いつも何かに包み隠されている、ちっぽけな、不気味な怪物とは、抑々そもそも何者であったか。そいつは果して殺人団の真の首領であったのか。若しそうだとすれば、この力のない子供みたい奴が、残虐きわまりなき数々の殺人を思い立った動機は、一体何にあったのであろう。
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