燃える迷路
アッと思う間に、短劒が一閃して、老探偵の腰のあたりを、したたかに撃った。三笠龍介氏は痛手に耐え兼ね、賊に擬していたピストルを取落し、うめき声を立てて、その場に倒れる。
二人の賊は、得たりとばかり、警官の手を振りもぎって、いきなり、たった一つの電燈を叩き割ってしまった。広い竹藪の迷路は、
守青年と四人の警官とは、懐中電燈の光をたよりに、竹藪の中を走り廻って賊を追ったが、昼間さえ人を迷わす八幡の藪知らずだ。それを、この闇の中、慌てる程方角を失って、捕えて見れば味方同志の
それに、一番いけなかったのは、三笠探偵がなぜ倒れたのか、その原因を誰も知らないことであった。突然うめき声を聞いた。探偵の倒れる姿を見た。かと思うと、もう電燈が叩き割られて、忽ち真の闇であった。何を考える
誰しも賊に援兵が現われたものと思った。相手はどうせ飛道具を揃えているに違いない。味方は守青年のピストルがただ一挺だ。何よりも生命の危険が警官達を
併し、それだけならば、まだよかった。やがてもう一つ、非常な妨害が起ったのだ。
重なり合った闇の竹藪を通して、まるで怪談の
火の玉程の赤いものが、ユラユラと限りもなく、闇の中を拡がって行く。そして、パチパチと竹のはぜる音。火だ。迷路の藪が燃えているのだ。
逃げ出した殺人鬼共が、手早くも竹藪に火をつけて、この見世物小屋を焼き払おうと企てたのだ。罪跡をくらます為か、逃亡を容易にする為か、迷路の中の探偵や警官達を苦しめる為か。無論そういう事も含まれていたであろうが、彼等の真の目的はもっと別の所にあった。あくまで執念深い妖虫は、餌食の珠子を、彼女の無残な殺害を、このまま思い切ることが出来なかったのだ。火事の騒ぎに
枯れ切った竹藪は、パチパチと威勢のいい爆竹の音を立てて、忽ち燃え拡がって行った。闇は見る見る追いのけられて、不気味な
もう賊の逮捕などに未練を残している場合でない。先ず我身の安全を計らねばならぬ。追い縋る焔と駈けっこで迷路を抜け出さねばならぬ。
「三笠さんを、頼みましたよ」
守青年は警官達に大声にわめいて置いて、自分は、失神からさめたばかりで、まだグッタリしている妹の珠子を抱き起すと、いきなり肩に担いで走り出した。
火のない方へ、火のない方へと、竹藪の幾曲りを、もどかしく、走り続けた。行手に敵が待伏せしていようなどとは、思い
ハッとすると、何かしら柔かい物が彼の足を
痛さに暫くは身動きも出来ないでいると、背中に負ぶさっていた珠子の身体が、スーッと宙に浮いて、その代りに、チクチクと肌を刺す竹藪の一
咄嗟に珠子を奪われたことを気附いたが、もがけばもがく程、覆いかぶさった竹藪がこんがらがって、加勢を求めようにも、その辺に味方の影もなく、
やっとの思いで、彼が竹藪の下から這い出した時には、珠子は勿論、賊の姿も見えず、味方もどこへ行ったのか、三笠探偵の安否さえ分らぬままに、目を圧して迫って来るのは、ただ