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罠と罠

时间: 2023-09-13    进入日语论坛
核心提示:罠と罠青眼鏡の現われた竹藪の根元に、芝居の小道具みたいな張りぼての青い岩が据えてあったが、彼はその岩に片足をかけ、身じろ
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罠と罠


青眼鏡の現われた竹藪の根元に、芝居の小道具みたいな張りぼての青い岩が据えてあったが、彼はその岩に片足をかけ、身じろぎもせず、長い間、丁度餌食を狙う蛇の身のこなしで、こちらの隅の珠子を、じっと見つめていたが、ややあって、例の異様に嗄れた陰惨な声が、地の底からのように聞えて来た。青眼鏡は物を云う時、殆ど唇を動かさぬものだから、声のみなもとがハッキリせず、殊に斯様かような薄暗がりでは、ゾッとする程物凄く聞えるのだ。
「オオ、珠子さん、よく来て下すったね。俺はさっきから、しびれを切らして待ち兼ねていたんだぜ」
言葉が途切れたかと思うと、古沼の底のような沈黙の中に、キリキリと歯ぎしりの音が聞えて来た。確かに青眼鏡の口からだ。これが癖なのであろうか、それから後にも、彼は物を云いながら、ふと言葉を切っては、歯ぎしりを噛むのであったが、そのかすかなきしりの音が、この怪物を一入ひとしおいやらしく不気味に感じさせないではおかなかった。
「今もそこの男が云った通りだ。俺は今度はこの幽霊屋敷を舞台に極めたんだよ。珠子さん聞いているかね。この磔刑人形だ。これを十字架からおろしてね、その代りにお前さんを縛りつけてね、生身のお前さんに磔刑人形の代役を引受けて貰おうって訳なんだ。エ、なんとすばらしい思いつきじゃねえか。明日になれば何百人という見物がおしかけて来るんだ。そしてね、生身の身体とは知らねえで、本物の血のりだとは知らねえで、何とまあ美しい人形だろう。何とまあむごたらしい殺され方なんだろうと、口をあんぐり開いて、感にたえて眺めて下さろうというものだ。千両役者だぜ。ヤンヤの御喝采だぜ。エ、珠子さん、嬉しいだろうね。ゾクゾクと嬉しいだろうね。ハハハ……」
青眼鏡は我とわが言葉に感動して、さもおかしそうに、いんにこもった笑声を立てたが、ふと気がつくと、聞手の珠子は、もうさっきから、彼の云い草なぞ聞いてはいなかった。彼女はこらこらえた最後の気力を失って、その場にぐったりとくずおれて、可哀相に気絶してしまったのだ。
「ちっと薬が利きすぎたね」
偽探偵が、くずおれた珠子を顎でしゃくって、首領の青眼鏡に笑って見せた。
「却って世話を焼かせなくってよかろうぜ。柱に括りつけてしまってから、目を醒まさせる方がいい」
青眼鏡は云いながら、張子はりこの岩のうしろへ手を突込んで、スルスルと一丈程もある黒い棒のようなものを引っぱり出し、それを立ててトントンと地面を突いた。見上げる棒のてっぺんには、キラキラと銀色のものが光っている。やりだ。おもちゃではない本物の槍だ。これで珠子の胸をえぐろうというのだろう。
青眼鏡はその槍を使って、十字架上の磔刑人形の手足を縛った繩を、プツリプツリと切り離した。人形はガサガサと大きな音を立てて、竹藪の底へ落ち込んでしまった。あとには、頑丈な十字の柱が、珠子の身体を待ち兼ね顔に、白々と立っている。
「サア、手伝ってくんな。この柱を倒して、娘を括りつけてから、元の通りに立てるんだ」
青眼鏡の命令だ。
合点がってんだ……オイ、お前何をボンヤリしているんだ。早くこっちへ来て手伝わないか。馬鹿だな。ここへ来てまで顔を隠している奴があるものか」
偽探偵は手下の小男を呶鳴りつけた。自動車の運転手を勤めていたこの少し薄のろらしい男は、さい前から、この場の有様を、芝居でも見物するように、暗い隅っこに身をよけて、ボンヤリと立ちつくしていたのだ。
「そんなにポンポン云わなくっても、今手伝うよ。だが親方、仲間はこれっ切りなのかい」
小男が隅の方から、ノロノロと訊ねた。
「極っているじゃねえか。俺達三人りよ。のっぽは入口の見張番をしているんだから、残る所は三人じゃねえか。三人では不足だとでもいうのかい。何をつまらねえことを聞いているんだ」
偽の三笠探偵が叱りつけた。
「本当かい。おらあ又、もっとほかの仲間が、その辺の藪の中に隠れているんだと思った」
それを聞くと青眼鏡が陰気に笑った。
「ハハハ……、変な野郎だな。俺達の人数がそんなに気になるのかい。どうしてもお前の手を借りなけゃ、外には手伝いなんかいやしねえよ。よく見るがいい、娘の外には、三人りじゃねえか。この張子の岩とでも四人限りだ。ハハハ……」
青眼鏡は変な洒落しゃれを云いながら、その小道具の青い岩をポンポンと叩いて見せた。
「大丈夫かい。たった三人ぽっちで、若しお巡りでも踏込んだらどうするつもりだい」
小男はまだ執念深く訊ねている。
「チェッ、なんてのろまな野郎だ。だから入口に見張番がつけてあるじゃないか。よし又万一のことがあったところで、この暗闇の藪知らずだ。逃げるに事は欠きやしねえ」
偽探偵が癇癪かんしゃくを起した。
「だがね、用心には用心をするがいいぜ。どんなところに手抜てぬかりがあるまいものでもねえ。早い話がこの俺がだよ。鳥打や背広だけお前達の仲間で、中身は存外ぞんがい敵かも知れないからね」
「オヤ、こいつおつにからんだことをぬかしやがるな」
偽探偵は、白髪の鬘に、白髪のつけ髯を振り立てて、肩を怒らせながら、小男の方へ詰め寄って行った。
「イヤ、ちょっと待ちな」
青眼鏡はなぜかそれを制して、キッとなった。
「ヤイ、そこの小っぽけな奴、帽子と襟巻を取って顔を見せろ。貴様は一体何者だ」
「ハハハ……、やっと気がついたと見えるね。エ、赤蠍の大将。じゃ手を挙げて貰おうか。二人とも手を挙げるんだ。手を挙げろッ。身動きでもするとぶっぱなすぞ」
いつの間にか、小男の右手に黒いピストルが握られ、その筒口が今にも火を吐きそうに気味悪く、青眼鏡と偽探偵の間を、素早く行ったり来たりしていた。
不意を打たれた両人は、小男の烈しい気勢に押されて、思わず両手を挙げてしまった。
「ハハハ……、神妙に手を挙げなすったね。ところで、俺を誰だと思うね。分るかね。そこな三笠龍介さん。どうだね。この声に聞き覚えはないかね」
小男の声音は突如として全く違った調子を帯びて来た。
「アッ、貴様、あの老いぼれ探偵だな」
「イヤ感心感心、わしの声を覚えていたと見える。如何にもわしはその老いぼれ探偵だよ。ホーラ見るがいい。どうだい。本物の方が、そこな偽物よりも、ちっとばかしいい男だろうが」
小男は背広の襟をくつろげ、鳥打帽子とスカーフをかなぐり捨てた。その下から現われたのは、読者も大方推察されていた通り、名探偵三笠龍介氏の白髪頭と白髯しらひげとであった。
実に異様な光景であった。そこには、おぼろげな電燈の光の中に、白髪はくはつ白髯はくぜん、ロイド眼鏡、寸分違わぬ二人の三笠龍介が、一間とは隔たぬ距離で向き合っていた。縞柄こそ違え色合は殆ど同じ背広服、偽探偵も、頑丈作りの壮年ではあったけれど、背は並より小さい方だから、二人がヒョイと入れ替って位置を換えたら、もうどちらがどちらだか、見分けがつかぬ程であった。
流石の悪漢青眼鏡も、この不思議千万な光景には、あっけにとられて、咄嗟に採るべき手段も思い浮ばぬ様子である。
「わしはお前さんの為に地下室へとじこめられた。全く抜け出す術はない様に見えた。だが、その不可能な所を抜け出して見せるのが、三笠龍介のいえの芸でね」
三笠老探偵は、抜目なくピストルの狙いをあちこちと動かしながら、うわべは呑気らしく話し始めた。
「抜け出すと云うと、わしはすぐ様相川家へ駈けつけたが、その時には、もうお前さんがわしに化込んで、相川さんを説きつけ、珠子さんをどっかへ連れ出そうとしている所じゃった。無論お前さんを警察へ引渡すのも心のままであったが、わしはそれをしなかった。なぜか。わしはお前さんの外に、本当の張本人がいると考えたからじゃ。つまり、そこな青眼鏡の大将にお目にかかりたかったからじゃ。
その為には、わしは随分と犠牲を払っとる。若しわしが赤蠍の張本ちょうほんを捕え、その殲滅せんめつを目的とするのでなかったら、可哀相な珠子さんに、これ程怖い思いもさせず、相川さんが麻酔薬で眠らされる様なことも起らなかったであろう。随分の犠牲じゃ。そこな青眼鏡の大将、わしはそれ程お前さんに会いたかったのじゃよ。まるで恋人の様にお前さんをこがれていたのじゃよ。
オオ、そうそう、犠牲と云えばまだある。わしは虎の子の百円札を二枚も奮発したのだ。わしは珠子さんがどこへ連れられて行くか、あとをつけて見ようと思った。そうすれば自然赤蠍の首領にも会えるのだからね。それには丁度よいことがあった。オイ、そこな偽物のお爺さん、手下の奴らにはもっと気を配らんといかんね。飼犬に手をかまれるということもある。あの自動車の運転台にいた、お前さんの二人の部下は、実になっちゃいないぜ。百円札一枚ずつで、わしに買収されて、行先は教えてくれるし、服装まで取替えてくれたではないか。つまりわしはお前さんの部下になりすまして、運転台にのっかっていたという訳なんだよ。
それにしても、自動車の中でも、ここへ来てからも、幾度わしはこの目論見を放棄しようと思ったか知れん。珠子さんがあんまり可哀相だったからじゃ。だがいくら可哀相でも、この機会に張本を捕えて置かにゃ逃げられてしまう。手下ばかり捕えたのじゃなんにもならん。わしは歯を食いしばって我慢をした。それでもあんまり見兼ねたものだから、自動車の中で咳払いをしたり、轢死人形の種明かしをしたりして、珠子さんの苦痛をいくらかでもやわらげてやったのじゃ。……まあざっとこういう訳だよ。そして、わしはとうとう目的を達したのさ。恋こがれる青眼鏡の大将をとって押えることが出来たという訳さ。ハハハ……」
偽探偵はこの長話の間、絶えず「畜生め、畜生め」とつぶやきながら、口惜くやしさに地だんだを踏まぬばかりであったが、青眼鏡の方はと見ると、流石に猛虫蠍を以て自任する怪物、発砲をさける為めに手こそ挙げていたけれど、老探偵の手柄話など、どこを風が吹くかと、色をも変えず聞流していた。
「お爺さん、御託ごたくはそれでおしまいかね」
彼はやっぱり地の底からの様な声で、憎まれ口を叩くのだ。
「ウン、おしまいだよ。わしの御託が終ると、さてお前さんに繩をかける順番だね」
「繩を? ヘエ、その老いぼれ一人でかね。お爺さん、こっちあ大の男が二人だぜ。繩なんかかけているひまに、こっちはそのピストルを叩き落して、あべこべに、お爺さんを縛っちまうぜ。年寄りの冷水はしにした方がよくはないかね。向う見ずなお爺さんだ」
「ワハハハ……、そいつはちっと自惚うぬぼれが強過ぎる。向う見ずか見ずでないか、よくあたりを見廻してから物を云って貰いたいね。わしがさい前から、長話を続けていたのは、なぜだと思うね。自慢がしたい年ではない。本当の目的はもっと外にあったのさ。わしはお前達を話で釣って、待っていたのだよ。ホラ、うしろをごらん。そこへ来た人達を待っていたのだよ」
これには流石の青眼鏡もギョッとして、云われた通りうしろを振向かないではいられなかった。偽探偵も同様、二人は首を揃えて背後の竹藪を振返った。
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