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八裂き蝋人形

时间: 2023-09-13    进入日语论坛
核心提示:八裂やつざき蝋ろう人形守青年はそれからどうしたか。痛手を負った三笠老探偵は、果して無事に火中を脱することが出来たか。彼を
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八裂やつざろう人形


守青年はそれからどうしたか。痛手を負った三笠老探偵は、果して無事に火中を脱することが出来たか。彼を傷つけた張子の岩の中の人物はも何者であったのか。いや、それよりも気がかりなのは珠子さんの身の上だ。可哀相な彼女は、又しても、妖虫の毒手に落ちて、どこへ連れ去られ、どんな恐ろしい目に遭っていることであろう。だが、それらの疑問は暫くソッとして置いて、お話の舞台を一転して、全く別の方面から、それらの疑問を解きほぐして行くのが便宜のように思われる。
さて、前章の出来事のあった翌日の午後、東京市内のあちこちに、じつに変てこな事件が続発した。
第一の事件は、午後三時頃、大川の浜町河岸はまちょうがしに近いある倉庫の岸にもやっていた伝馬船てんまぶねの船頭の女房が、舟のともから紐つきバケツをおろして、河水をんでいると、そのバケツの中へ、肘の所から切断された、白っぽい人間の腕が入って来たのだ。
「ワア、大変だア」
という頓狂声に、亭主の船頭が近づいて見ると、バケツの中に浮いているのは、確かに人間の、しかも水々みずみずしい女の腕に相違ない。
「飛んだものを掬い上げちまったなア。だが捨てる訳にも行くめエ、そこへソッとして置きな。今に水上署のランチが通るだろうから」
女房は云われるままに、バケツを船の上に置いて、「オオ、気味が悪い」と遠くへ逃げてしまう。亭主の方も、存外臆病者と見えて、近寄って調べて見ようともしない。
そうしている所へ、折よく、川上から水上署の旗を立てた小型ランチがやって来た。それが近づくのを待って、船頭が声をかけると、「人間の腕」という言葉に、ランチの人々は気色けしきばんで、船を近寄せ、ドカドカと伝馬船に乗移って来た。
船頭と違って、水上署の人達は、土左衛門なんかに驚きはしない。二人のお巡りさんが、先を争う様にして、バケツに近づき、その指のついた白っぽいものを、最初はそれでも、少々無気味そうに、靴の先でチョイチョイつついていたが、二人が目を見合せて、「こりゃ変だぞ、」という表情になったかと思うと、その一人が馬鹿に勇敢に、いきなりバケツの中へ手を突込むと、その生腕を、ヒョイと掴み上げた。
掴み上げて二三度、目の前でクルクルと廻していたが、やがて我慢が出来ないというように、突拍子とっぴょうしもない笑声が爆発した。
「オイオイ、お前、これを何だと思っているんだ。こんなもので青くなってどうするんだ。よく見ろ。蝋細工じゃないか。人形の腕だよ馬鹿馬鹿しい」
如何にもそれは人騒がせな人形の腕に過ぎなかった。だが、流石の水上署員も、一目見た時には、本物の若い女の片腕だと思い込んでしまった程、実によく出来た蝋細工であった。色と云い、形と云い、切口のグジャグジャになった所と云い、触って見てコツコツ音がするまでは、誰の目にも本物の生腕としか見えなかった。
それと殆ど時を同じうして、陸上では、木挽町の裏通りに、似た様な騒ぎが起っていた。
ある料理店の勝手口に、黒く塗った大型の塵芥箱ごみばこが据えてある。一人の老ルンペンが、犬の様にその箱の中へ首を突込んで、屑問屋くずどんやへ持込めそうな代物をあさっていたが、ジメジメしたごもくの中から、ニョッキリと現われたのが、やっぱり蝋細工の一本の腕であった。
ルンペンは、船頭の場合とは違って、目に見るよりも先に、指で触ったものだから、その手触りで、蝋細工だということがすぐ分った。
「だが、なんてマアよく出来た蝋細工だろう」
彼はそれを掴み出して、左見右見とみこうみして感にたえているうちに、見れば見る程、今死骸の二の腕から切離されたとしか思えない余りの生々しさに、段々不気味になって、ポイと道端へ放り出してしまった。
すると、なぜそんな突拍子もない事が起ったのか、通り魔の様に異様な出来事であったが、その辺を嗅ぎ廻っていた一匹の野良犬が、いきなり蝋細工の女の生腕をくわえると、往来の真中を真一文字に走り出したのだ。
道行く人々も、怪奇小説の銅版挿絵さしえにでもある様な、この異様な光景に、思わずハッと立止って、野犬の姿を見送らないではいられなかった。
御用聞きの小僧さん達は、見送ったばかりでは済まさぬ。何かその辺に落ちていた棒切れを拾って、わめきながら追っかける。
「ヤア、人間の腕だ。人間の腕を銜えてやがる」
そんな叫び声が口々に繰返されるものだから、両側の商家から、主人も、おかみさんも、小僧さんも、飛出して来て見送る。中には追手に加わって走り出すのもいる。
大げさに云うと、町中の人が、一隊をなして、まるで暴動ででもある様に、黒く折重なって走り出した。てんでに手や棒切れを振りながら、訳の分らぬ事をわめきながら。そして、その先頭に立って、彼等の一隊の司令官の様に、とりすまして、スタコラ走っているのは一匹の野良犬。その口には、今切離したばかりの様に生々しい人間の腕。実に何とも形容の出来ない変てこな光景であった。
この騒ぎがお巡りさんの耳に入らぬ訳はない。やがて、制服いかめしいお巡りさんの野犬追跡の一場面があって、結局問題の蝋人形の腕は、附近の交番の土間の片隅に落ちつくことになった。
あとで分ったのだが、大川で水上署員が目撃したのは女の右腕、木挽町で犬がくわえたのは同じ様な女の左腕であった。
それから少したって、今度は銀座裏のとある横町に、いつとはなく黒山の人だかりが出来ていた。狭い町を通行止めにして、ギッシリ詰った群集が、一様に仰向けになって、ドンヨリと曇った空を見上げていた。
「一体なんですい。飛行機ですかい」
新しく加わった一人が前の男に訊ねている。
「イヤ、そうじゃねえんで。飛行機なんかで、今時こんな人だかりが出来るもんですか。ごらんなさい。ホラ、もっと下だ。あの煙突のてっぺんだ」
云われて見ると、そこには、旭湯あさひゆと書いた銭湯の煙突がそびえているのだが、なる程、そのてっぺんに、何だか変なものが引っかかっている。
「しばらく見つめていないと分らない。じっと見ててごらんなさい」
白いものが二本、斜に煙突の口から、空に向って突出つきだしている、オヤ、変だぞ。あの先で折曲っている恰好は、確かに、確かに、
「ワア、足だ。人間の足だ。しかも裸体はだかの真白な足が二本、……」
その人は思わず大きな声を立てないではいられなかった。
「どうしたんでしょう。まさかああして煙突掃除をしている訳でもありますまい。煙突掃除屋の足にしちゃ、あんまり綺麗きれいすぎらあ」
「そうですよ。それに、さっきから見ているのに、ちっとも動かないのが変ですよ。あんなことをして、煙突の中へ首を突込んでいちゃ、下では火を焚いているんだから、さぞ熱いでしょうにね」
「イヤ、熱かあないんですよ。あれは死骸ですよ。ああして自殺をしたんですよ」
別の一人が口をはさむ。何てまあ変てこな会話であろう。
「自殺ですって。フフ、奇抜な自殺もあったもんだなあ。併し、なぜ裸体はだかでいるんでしょう。いやにムチムチした綺麗な足じゃありませんか。あれは女ですぜ、しかもきっと若い女ですぜ」
「イヤ、自殺じゃありませんよ」群集の真中から一人の青年が反駁はんばくした。「これはきっと他殺ですよ。あの女は、あすこで殺されたんですよ。僕は最初から見ていたんですが、誰もまだ気が附かない時分に、あの煙突の鉄梯子を、猿の様に駈け降りて行った奴がある。黒い服を着た男でした。今考えるとあいつが下手人ですよ。煙突の上で殺人罪が行われたんです」
「ハハハ……、そんな馬鹿な話ってあるもんじゃねえ。態々煙突の上まで昇って、人殺しをする奴もねえもんだ」
誰かが笑い出す。
「ア、誰か梯子を昇って行く。お巡りさんだ。お巡りさんだ。今に正体が分りますよ。あれがどこの娘だか」
如何いかにもその時、報告に接して駈けつけた一人の警官が、靴を脱いで、慣れぬ煙突昇りをやっていた。彼も亦、何かしら突飛な犯罪事件に相違ないと考えたからだ。
警官がやっと頂上に昇りつくと、びっくりする程美しい女の足が、大空を背景にして、実に不作法な恰好で、すぐ目の前にニュッと突出していた。
その裸体はだかの足をかすめて、薄い煙がモヤモヤと立昇っていた。ムッと鼻をつく火気が感じられた。
「俺一人じゃとてもおろせないぞ。町内の仕事師でも頼まなくっちゃあ。だが、兎も角様子を見て見よう。まだ助かるかも知れない」
彼は用心深く、熱い煙突の縁につかまって、煙をよけながら、ソッと中を覗いて見た。
そこには、二本の脚に続いて、娘の胴体が、多分真裸体まっぱだかの胴体が、ある筈であった。ところが、実に不思議なことには、いくら見直しても、煙突の内部は、真黒なすすばかりで、あるべき筈の娘の胴体は、何かの幻術でかき消しでもした様に、全く見えないのであった。
胴体は勿論、顔も、手も、なんにもなくて、ただ太腿からの両脚だけが、煙突の縁を支えにして、ななめに突込んであるばかりであった。
ちょん切られた二本の、ムチムチとよく太った女の脚、――煙の立昇っている煙突のてっぺん、――見る限り何もない白い空。
日常生活から余りにかけ離れた、この一種異様の光景に、若い警官は眩暈めまいを感じて、フラフラと足場を失いそうになった。だが、このまま手足を離してしまっても、彼の身体は普通の落体らくたいの早い落ち方をしないで、フワリフワリと、丁度夢の中での様に、空中を漂って行くのかも知れない。ふと、そんな変てこな事さえ考えられた。
地上の群集は、中には双眼鏡などを持出して、熱心にこの有様を眺めていた。あの勇敢なお巡りさんは、今にも裸体の娘の死骸を肩に担いで、鉄梯子を降りて来るに違いないと、激情的な光景をまざまざと眼底に描きながら。
併し、群集の期待は、実に突拍子もないやり方で裏切られてしまった。
見ていると、お巡りさんは、一本の脚に手をかけたかと思うと、それを、スポンと抜取ってしまった。そして、何だかゲラゲラ笑っている様子で、その脚をヒョイと空中に投出したのだ。次には、残りの一本の脚も、同じ様にして、空中へ。
白い二本の太腿が、相前後して、異様なりものとなって、スーッと屋根の向うへ消えて行った。群集の間から、まるで花火をでも褒める様な「ワーッ」という歓声が揚がった。
読者がとっくに想像された通り、その二本の脚が、やっぱり蝋細工であった。流石に今度は笑って済ます訳には行かなかった。警察はこのご念の入った悪戯者いたずらものをきびしく捜索することになった。
群集の中の一青年の主張する所によると、昼日中ひるひなか人形の脚を持って、煙突を昇った奴があると云うのだ。煙突の昇り口には、別に番人がついている訳ではないから、そういうことも全く不可能ではないが、何者の仕業にもせよ、余りに大胆不敵、殆ど信じ難いことである。
それよりも、見物の中のある老人が、分別らしく主張した次の説の方が、何となく本当らしく思われる。
「あの足は、今朝っから煙突の上に生えていたんですよ。それを誰も気づかなんだ。イヤ気づいても、人間の足とまで見定めるものがなかったのでしょう。こんな騒ぎになったのは、つい先頃、誰かが足だ足だと叫び出してからですよ」
つまり、それは昨夜の内に、何者かが煙突の上へ運んで置いたというのである。
だが運んだ時が夜であれ昼であれ、この出来事の不思議さには、少しも変りがなかった。一体全体何を目的に、こんな途方もないいたずらが行われたのであろう。ただ人騒がせの悪戯あくぎにしては、余りにご念が入り過ぎているではないか。
それは兎も角、椿事はこれで終ったのではない。「煙突に生えた足」にも劣らぬ奇怪事が、殆ど時を同じうして、やはり銀座通りの、新橋しんばしに近いとある横町に起っていた。
一人の工夫が、下水の故障を調べる為に、そこの道路の真中に開いているマン・ホールの鉄の蓋を取りのけて、四ん這いになって、暗い地下道を覗いていたかと思うと、ぜか真青になって、ヨロヨロと立上り、近くにいた同僚の工夫をさし招いた。
「オイ、ちょっと見てくんな。俺の目がどうかしているのかも知れない。変なものがいるんだ、こん中に」
「なにがよ」
「なにがって、マア覗いて見な。とてもシャンだからよ」
「シャンだって? おめえ夢でも見ているんじゃないか。下水だぜ、ここは」
あとから来た工夫は、こいつ気でも違ったのかと、変な顔をして、そのマン・ホールを覗いて見た。
小さい穴から射し入る空の光が、底を流れる黒い水を、薄ぼんやりと照らしている。その水の上に、覗いている工夫自身の顔が写っているのかと疑われる、一つの顔が、美しい女の顔が、流れもせずに浮んでいた。
四ん這いになってマン・ホールを覗き込んでいる男の顔と、黒い水に浮ぶ夢の様な女の顔とが、上下うえしたでじっと目を見合せていた。
白昼の銀座近くの人通りだ。覗き込む工夫の眼の隅には、忙しそうに歩いて行く人影がチラチラと映っている。地上の世界は、何の変りもなく、昨日も今日も同じ様に運転しているのだ。その慌しい現実世界から、ヒョイとこうべをめぐらして、この暗い地底の流れを覗いて見ると、そこには、地上とは全く縁のない、青白く美しい別世界が開けていた。
その薄汚い闇の中からじっと見上げている女の顔の、この世のものとも見えぬ美しさ。もう一人の工夫がシャンだと云ったのは嘘ではなかった。夢にもせよ、幻にもせよ、よくもまあ、これ程美しい女がと、彼は首をマン・ホールに突込んだまま、飽かず眺めるのであった。
だが、ふと夢見心地から醒めて見ると、いたずらに地底の美女を観賞している場合でないことが分った。これはただ事ではない。まさか生きた女が下水道に潜り込んでいる筈はない。いくら美しくても、生々としていても、この女は死骸に極まっている。アア、ひょっとしたら、……
「オイ、こりゃ人殺しかも知れないぜ。殺した死骸を、こうしてマン・ホールから投込んで置いたのかも知れないぜ」
「ウン、何しろお巡りにそう云って来よう」
一人が駈け出して、附近の交番から警官を引っぱって来る。忽ち人だかりだ。
それから、二人の工夫はかかり合いで、警官に頼まれるまま、散々不気味な思いをしながら、下水の中から問題の死骸を引っぱり上げたのだが、読者も大方お察しの通り、その死骸には胴体も手足もついていなかった。つまり、それは一個の実によく出来た蝋人形の首に過ぎなかったのだ。人形の首に重りをつけて、流れぬ様に浮かせてあったのだ。
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