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ビルディングと蠍

时间: 2023-09-13    进入日语论坛
核心提示:ビルディングと蠍その翌日、帝都の二ヶ所に、常識では判断も出来ない奇怪事が突発した。一ヶ所は丸の内のオフィス街の真中に、一
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ビルディングと蠍


その翌日、帝都の二ヶ所に、常識では判断も出来ない奇怪事が突発した。一ヶ所は丸の内のオフィス街の真中に、一ヶ所は桜井邸の二階大広間に。
我々は順序として、先ずまるうちの椿事について語らなければならぬ。
初春しょしゅんの午前八時、丸の内オフィス街はまだ夜明けのヒッソリとした感じであった。片側には八階のSビルディング、片側には六階のYビルディング、空を隠してそそり立つ白堊はくあの断崖にはさまれた深い谷底に、電車線路のない坦々たるアスファルト道路が、白々と続いていた。
その妙にうそ淋しい、ガランとしたアスファルトどうを、恐らく当日第一の出勤者であろう一人の勤勉らしい事務員がSビルディングを目ざして、コツコツと靴音をこだまさせながら歩いていた。
時たま、眠そうな顔をした運転手の空自動車が、スーッと通り過ぎて行くほかには、殆んど人通りはなかった。
起きているのは、ビルディングの地階に住んでいる管理人や小使こづかいの家族丈けで、彼等は入口の扉を開き、朝の掃除を済ませて、朝食の膳に向っている頃であった。
事務員は半町程先から、Sビルディングの入口の前に横わっている、一種異様の物体に気づいていた。
酔っぱらいが寝ているのかしら。それとも行路病者かしら。だが、変だな。あいつ真赤な着物を着ているぜ。
堂々空を圧する白堊の建築物と、美しく掃き清められたペーブメントと、凡て直線的な均整の中に、これは又ひどく大時代おおじだいな、赤い着物を着た酔っぱらいなんて、何となく気違いめいた対照であった。
やがて、一歩、近づくに随って、そのものの形態がハッキリと分って来た。
それは人間ではなかった。何かゾッとするようないやらしい、一種の生物であった。一口に云えば、でた海老を千倍に拡大したような、かつて見た事もない怪動物であった。
事務員は立ちすくんでしまった。昨夜ゆうべの夢がまだ醒め切らないのかしらんと、我れと我目を疑わないではいられなかった。
その怪物は生きているのか死んでいるのか、じっと横わったまま、少しも動かなかった。巨大な螯がニューッと頭の上に突き出し、光沢のない、べら棒に大きな両眼が、こちらを見つめているけれど、別に飛びかかって来る様子はなかった。
事務員は立ちすくんだまま、いつまでも、そいつとにらめっこをしていた。じっと見つめていると、眼界が夢のようにぼやけて、八階の大ビルディングが、箱庭のおもちゃの家のように小さくなって行った。
それは、建物の前に横わっている怪物と、寸法を合わせようとする、心理的錯覚であった。ビルディングがおもちゃみたいに縮小された時、それに比例して怪物を一匹の虫のように小さく考えた時、初めてそのものの正体が明瞭になったのだ。
事務員は今度こそ、心底からびっくりしないではいられなかった。
「蠍だ! 赤い蠍だ!」
しかも、並々の蠍ではない。千倍万倍に拡大して、人間程の大きさを持った、化け蠍であった。
タ、タ、タ、タ、……丁度その時、一人の足袋たびはだしの新聞配達夫が、うしろから走って来て、何の気もつかず、彼を追い抜いて行こうとした。
「オイ、君、ちょっと待ち給え」
事務員は配達夫を呼びとめて、さも恐ろしそうに、怪物の方を指して見せた。
「ワーッ、何だい、あれゃ?」
若い配達夫は、ギョッと立止って、臆病を隠すように、頓狂な声を揚げた。
「よく見給え。あれは蠍という毒虫の形をしているじゃないか」
「エッ、蠍ですって? アア、そうだ。真赤な蠍だ」
二人は脅えた目を見合せて黙ってしまった。彼等はこの頃世間を騒がせている、恐ろしい殺人鬼の紋章について、知り過ぎる程知っていたからである。
ふと見ると、Sビルディングの小使の爺さんが、何気なく入口に現われて、そこの石段を降りようとしている。
「いけない、おじさん、そこをごらん。変なものがいるぜ」
配達夫が大声に叫んだ。
小使は注意されて、ヒョイと目の前を見ると、びっくりして、いきなり入口の中へ二三歩逃げ込んで行ったが、やっと踏みとどまって、遠くから及び腰に、怪物の姿をじっと眺めた。
つい先程、その辺を掃除した時には、何もなかったのに、忽然として天から降ってでも来たように、出現した怪物に、小使さんはあっけに取られているのだ。
やがて、二人三人とやって来る早い出勤者や、その辺の地階に住んでいる人達が、怪物を遠巻きにして、円陣を作ってしまった。
いくら騒いでも、怪物が微動さえしないので、人々は段々大胆になって、一歩一歩円陣がせばめられて行った。
「ナアンダ、こしらえもんですぜ。こいつあ」
威勢のいい若者が、いきなり怪物に近寄って、その頭部をコツコツ叩きながら叫んだ。
「科学博物館の動物標本室にこんなのがあったっけ。あいつを盗み出して捨てて行ったんじゃないか」
誰かが、うまい想像説を持出した。
「ともかく、どっかへかたづけてしまう方がいい。邪魔っけで仕様がない」
事務員の一人が命令するように云うと、二人の小使が、オズオズと巨大な虫のそばへ寄って行ったが、まだ手をつける勇気はなく、足を使って、道路の隅の方へ転がそうとした。
「なんだか、べら棒に重うがすぜ」
ウンと力を入れて、一蹴ひとけりすると、今まで俯伏せになっていた怪物が、グニャリと仰向きになって、何とも云えぬいやらしい形の腹部を見せたが、それと同時に、実に驚くべき事が起った。
怪物の二本の巨大な螯は、転がされた反動でブルブル震えていたが、その震えがいつまでたってもやまなかった。やまないばかりではない。螯は明かに怪物の意志によって動き始めたのだ。
やがて、二本の螯が、頭の上で、大きく半円を描いたかと思うと、今度は、巨大な虫の全身がモゾモゾと動き出して、まともに起き返ろうと身悶みもだえするかに見えた。アア、この怪物のような大蠍はやっぱり生きていたのだろうか。
忽ち「ワーッ」という叫び声と共に円陣がくずれた。気の弱い連中は、顔色を変えて、向う側の建物の中へ逃げ込んでしまった。
「生きている! 生きている!」
人々の間に、驚愕の呟きが拡がって行った。
熱帯国には様々の巨大な生物が棲息するという事だ。すずめを取って餌食にする大蜘蛛さえんでいる。だが、ここは熱帯国ではない。東京の真中のビルディング街だ。ラッシュ・アワには何十万という群衆が往来する雑沓ざっとうの地だ。そこに人間大の蠍が蠢いているなんて、余りに荒唐無稽こうとうむけい、余りに信じ難いことではないか。
「アア、分った。あれは人間だぜ。人間があんな変てこな虫の衣裳を着ているんだぜ」
誰かがやっとそこへ気がついて叫んだ。
云われて見ると、外側は確かに拵えものの衣裳に相違ない。動いているのは中の人間なのだ。巨虫の殻を被った人間なのだ。
「T劇場でこんな芝居をやっているんじゃないのかい」
一人の若い事務員が、そんなことを云った。
近くにあるT劇場の楽屋から、扮装のまま這い出して来たというのは、面白い想像であった。だが、T劇場にはそんな昆虫劇など演じられてはいなかったのだ。
人間と分って安心した小使さん達が、再び怪物に近づいて行った。よく調べて見ると、蠍の胸の所が割れるようになっている。そこを押し開いてみると、黒い背広服が現われて来た。
「やっぱり人間だ。若い男だ」
やっとの事で虫の衣裳を脱がせると、病人のように元気のない一人の洋服青年が、ペーヴメントの上にグッタリとなった。いくら呼びかけても、まだ返事をする気力がなかった。
「病人だぜ。早く医者へつれて行かなきゃ」
「それよりもお巡りさんに引渡した方がいいぜ」
呼びに行くまでもなく、騒ぎを聞きつけて、そのお巡りさんがやって来た。
「オイッ、しっかりし給え。どこが悪いんだ。君は一体どこからやって来たんだ」
警官に背中をぶちのめされると、若者はやっと目を見開いて、不安らしくあたりを眺めた。
「君はどこのもんだ」
再び訊ねると、若者はモグモグと口を動かして、幽に答えた。
「相川守っていうんです。……赤蠍にやられたんです」
「エッ? じゃあんたは、あの相川操一さんの、……」
「そうです。……珠子の兄です」
立並ぶ人々は、それを聞くと、ハッとして思わず目と目を見合わないではいられなかった。
相川珠子と云えば、殺人鬼「赤い蠍」の第二の犠牲者として、無残にもその死体を銀座街頭にさらされた娘さんではなかったか。今日又、その兄さんが、怪犯人の紋章と云われる、赤い蠍の衣裳を着せられて、丸の内の真中に行き倒れていようとは。
「詳しいことはあとで聞きます。兎も角、あなたのお宅へ電話をかけて、この事をお知らせしましょう」
警官はひどく緊張した面持で、小使を案内に立てて、電話を借りる為に、Sビルディングの中へ駈け込んで行った。
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