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蛻脱の殻_妖虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:蛻脱もぬけの殻から 同じ日の午前十時頃、四谷よつやの桜井品子の家には、又別の椿事が突発していた。 品子を初め桜井家の人達
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蛻脱もぬけから


 同じ日の午前十時頃、四谷よつやの桜井品子の家には、又別の椿事が突発していた。
 品子を初め桜井家の人達は、その朝の丸の内の怪事件をまだ耳にしていなかった。又前夜同家の庭園内で行われた相川青年と曲者との挌闘のことも、少しも気附かないでいた。
 品子は、昨夜は少しばかりいやな夢に悩まされはしたけれど、一昨夜のように、窓から覗く恐ろしいものの姿を見ないで済んだことを、喜んでいた。
 やっぱりあれは気のせいだったに違いない。皆に話をしなくっていいことをしたと、ホッと胸なでおろす気持だった。
 午前九時半には、新しい家庭教師の殿村夫人がやって来た。
「今日は大変お顔色がよござんすわね」
 殿村夫人は昨日に変る品子の顔色を見て云った。
「エエ、昨夜はよく眠れましたのよ」
 品子もほがらかに答えた。たった半時間あとに、どのような恐ろしい運命が、待ち構えているかも知らないで。
 暫く話している内に、女中が朝のお風呂が沸いたことを知らせて来た。
「先生、一寸失礼しますわ」
「エエ、どうか御ゆっくり、わたくし階下したでお母さまとお話していますから」
 そうして、品子は湯殿へおりて行ったが、風呂をすませて、手早くお化粧をすると、元の二階の居間へ帰る為に、裏階段を上って、そこにある大広間の前の廊下を歩いていた時、彼女はふと、障子の嵌込はめこみガラスの向うに、異様な物の姿を認めて、思わず立止った。
 そこは二十畳程の大広間なのだが、滅多に使わない座敷だものだから、北側の窓などは両方をしめたままになっていて、部屋の中は陰気に薄暗かった。その薄暗いとこの前に、何かしら見なれぬ大きなものが置いてあるのだ。
「マア、あんなもの、いつの間に、誰が持込んだのでしょう」
 品子さんは、いぶかしさの余り、障子を開けて、二足三足ふたあしみあし、その床の間の方へ近づいて行った。
 近づいて行ったかと思うと、彼女は電気にでも打たれたように、ハッと立ちすくんでしまった。飛出すばかり見開かれた両眼が、釘づけになったように、その物体に注がれたまま動かなかった。
 突如として、絹を裂くような悲鳴が、彼女の口をほとばしった。そして、身体は水母くらげのように力なく、クナクナとくずおれて行った。
 悪夢とばかりめていたものが、まざまざとした現実となって、彼女の前に現われたのだ。そこの床の間の前には、あの人間程の真赤な大蠍が、品子さんを睨みつけるようにして、今にも飛びかからん姿勢でうずくまっていたのだ。
 悲鳴を聞きつけて真先に駈けつけたのは、殿村夫人であった。
「みなさん、お嬢さまが大変です。早くいらしって下さい」
 夫人の金切声が、家中の人々を大広間に呼び集めた。折よく居合せた父栄之丞氏を初め、母夫人、書生達から女中までが、先を争うようにして、集まって来た。
 人々はそこに、世にも異様なすさまじい光景を目撃しなければならなかった。
 床の間の前には、嘗て見たこともない怪しいものが、醜怪極まる姿勢で蹲まっていた。そして、その畳二枚程手前には、品子さんが歯を喰いしばって気絶していたのだ。
 ここにも亦、今朝の丸の内の場合と同じような事が繰返された。最初の内は、生けるが如き怪物の形相に、誰一人そこへ近づくものはなかったが、やがて、それが恐るるに足らぬ拵えものに過ぎないことが分って来た。
 手に取って検べて見ると、大蠍の正体は、薄い金属を芯にして、布を張り絵の具を塗った、よろいのような感じのものであった。
 頭と尻尾とを持って押えつけると、小さく折り畳むことも出来るようになっていた。
 この大蠍は皮ばかりで中は空っぽであった。おもうに賊はこの異様な衣裳を二つ以上用意して、一つは相川青年に被せて丸の内へ、一つは空っぽのまま桜井家の広間へ運んで置いたものに相違ない。
「オヤ、蠍の螯の間から、こんなものが出て来ました」
 書生の一人が、白い一物を発見して、栄之丞氏に差出した。それは小さく畳んだ一枚の紙片であったが、開いて見るとのような恐ろしい文言もんごんしたためてあった。
我々は本日中に品子さんを頂戴に上る予定だ。随分用心なさるがよろしい。だが、貴下きかはやがて、如何なる警戒も我々の前には全く無力であることを悟られるであろう。我々は一度思い立った事は必ずしとげる習慣ならわしである。
 文の末に例の赤い蠍の紋章が鮮かに描かれていた。
 品子さんは直ちに寝室に運ばれたが、殿村夫人の事に慣れた甲斐甲斐かいがいしい介抱で、やがて彼女は正気づいた。ただ驚きの余り気を失ったまでの事、安静にさえしていれば、別に心配する程の容態ではない。
 云うまでもなく、この出来事は、直ちに警視庁に報告された。栄之丞氏自身電話口に出て、知合の蓑浦捜査係長を呼び出し、不気味な予告文のことも詳しく伝えて、至急適当の処置をって頂きたいと依頼した。
 蓑浦警部はこの電話を聞くと、非常に驚いている様であったが、すぐ様捜査課のものを四人程さし向ける、蓑浦氏自身も少しおくれてお伺いするという返事であった。
 待つ程なく、門前にけたたましい警笛の音がして、自動車を駆ってかけつけた二人の制服警官と二人の私服刑事とが、ドカドカと入って来た。
 彼等は主人から委細を聞取ると、大蠍の衣裳を綿密に取調べた上、目ざましい邸内捜索を開始した。忽ちにして、庭園の足跡、挌闘の痕跡、品子さんの寝室の下の梯子の跡などが発見された。だが、それらの痕跡が何を語るものであるかは、流石の警官達にも、明瞭な判断を下すことが出来なかった。
 次に家中うちじゅうの人々の個別訊問が行われた。主人から召使の末まで、階下の応接室に呼集められ、一人一人質問を受けた。
「これでお宅の方は全部ですか。ここへ来ていない人はありませんか」
 警部補の肩章をつけた制服の一人が訊ねると、主人の桜井氏が答えた。
「イヤ、この外に娘の家庭教師と女中がいるのですが、二人は今娘の寝室に附添っていますので」
「アア、そうですか。よろしい、こちらから出向いて訊ねる事にしましょう。どうせお嬢さんからも伺い度いことがあるのですから」
 警部補はそう云って、二人の刑事に目くばせすると、刑事達は急いで二階へ上って行った。
 間もなく取調べは終ったが、これという発見もないらしく見えた。
「女中さんが、今朝大広間を掃除した時には、何もなかったというのですから、その掃除の終った七時半頃から、お嬢さんがあれを発見なさる十時頃までの二時間半の間に、何者かがあれを広間へ運び込んだということになります。恐らくそいつは庭から梯子をかけて忍び込んだのでしょう。その頃お嬢さんの寝室には誰もいなかった上に、窓は明けはなしてあったのだから、多分賊はそこから入って、廊下伝いに広間へ行ったものと思われます。庭にちゃんと梯子を立てた跡があるんですから、この推定は間違いありますまい」
 警部補はそんな風に判断した。だが、それ以上の事は何も分らなかった。
 そうしている所へ、品子さんの寝室へ取調べに行った二人の刑事が、広間に残してあった例の大蠍を抱きかかえて降りて来た。
「お嬢さんの話では、一昨日の夜更けに、寝室の窓から、この蠍が覗いたって云うんです。夢を見たんだと思って、誰にも云わなかったのだそうです。そういう事があったあとだものだから、今日こいつを見られた時、一層驚きがひどかったのだろうと思います」
 刑事が報告した。
「ホウ、そんなことがあったのですか。わたしはちっとも知らなかった」
 栄之丞氏も初耳であった。
「いずれにしても、相手が並々の奴じゃないのだから、余程用心しないといけません。……これでお宅の調べは終りました。我々は今度はお庭の塀の外や隣近所の人達を調べて見たいと思います。なお僕の方も警戒は厳重にする積りですが、あなたの方でも、十分注意して下さい。何よりもお嬢さんを絶対に一人ぼっちにしないことが肝要ですね」
 警部補は注意を与えて置いて、
「ではそとを調べますから」
 と三人の部下を従えて、邸内を立去って行った。例の作り物の大蠍は、賊の予告状と共に、証拠物件として警察に保管する為に、そのまま二人の刑事が抱きかかえて、門前に待っていた自動車へ運び込んだ。
「あなた大丈夫でしょうか。相川さんのお嬢さんのことを考えると、あたしもう、生きた心地が致しませんわ。それに、あなた、あの賊の予告はいつも間違いなく実行されると申すじゃございませんか」
 夫人は泣き出さんばかりのオロオロ声であった。
「ナアニ、そんな取越苦労をして見たって始まらんよ。用心さえすればいいのだ。これからは三人の書生を夜昼絶え間なく品子の側へつけて置くことにしよう」
「あたし達もあの子の側で寝ることに致しましょう」
「ウン、それもいいだろう。……じゃ、一つ品子を見に行ってやろうじゃないか。警察のお蔭で、肝腎の病人の方がお留守になってしまった」
 そこで、桜井氏夫妻は、可哀相な品子さんを慰める為に、階段を上って、その寝室へ入って行ったのだが、……
 ドアを開けるやいなや、流石の桜井氏も、「アッ」とのけぞらんばかりに驚かないではいられなかった。
 女中が気を失って倒れている。殿村夫人は猿轡をはめられ、手足を縛られて転がっている。ベッドはと見ると、これはまあどうしたことだ。品子さんの姿は煙の様に消えてなくなっていたではないか。
 夫人は余りの事にそこの椅子にヨロヨロと腰かけたまま、茫然として物を云う力もない。
「オーイ、誰か来てくれ。早く早く」
 桜井氏は廊下に飛び出して大声に怒鳴った。
 バタバタと書生共が階段を上って来る。
「今の警官達がまだその辺にいる筈だ。早く呼び戻してくれ。お嬢さんが見えなくなりましたと云って」
 書生達が駈け出すあとについて、桜井氏も階段を降り、電話室に飛び込むと、受話器をガチャガチャ云わせて、性急に交換手を呼んだ。
 だが、いくら待っても交換手は出て来なかった。どうも変だ。受話器の中は死んだ様に静まり返って、電流が遮断されているとしか思えなかった。時も時、電話に支障が起るとは。
 電話を諦めて玄関へ飛び出して行くと、外から帰って来た書生達とぶッつかった。
「どうだ。さっきの人達はまだいたか」
「どこを探してもいないんです。第一あの自動車が見えません。警視庁へ帰ったのじゃありませんか」
「そうか。仕方がない。君、お隣の電話を借りてね、(家の電話は故障らしいんだ)この事を警視庁へそう云ってくれ給え。早くし給え」
 一人の書生がお隣りの門内へ駈け込んで行く。桜井氏はそれを待つのももどかしく、
「イヤ、俺がかけよう」と口走りながら、書生のあとを追って行った。
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