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この部屋に犯人が_妖虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:この部屋に犯人が「ウン、わしもそのことを小耳にはさんだので、急いでやって来たのじゃ、今丁度善後策の相談会が開かれているこ
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この部屋に犯人が


「ウン、わしもそのことを小耳にはさんだので、急いでやって来たのじゃ、今丁度善後策の相談会が開かれていることも承知している。一つわしをその席へ案内して下さらんか」
 守青年はそれを聞くと、ガッカリした。老探偵は賊の本拠をつくどころか、今頃になって、やっと品子さんの誘拐を聞知り、慌てて駈けつけて来たのだ。やっぱり皆の云う通り、この老いぼれは、見かけ倒しのボンクラ探偵だったのかしら。
「承知しました。桜井さんも是非御通ししてくれということでしたから」
 彼はガッカリしながらも、一縷のよもやに引かされて、洋室へと先に立った。
「アア、お前はこちらへ来ちゃいけない。そこの書生部屋を拝借して、わしが呼ぶまで待っていなさい。さっき云いつけた事を忘れない様に、抜かりなくやるんだぞ」
 老探偵は、一緒について来そうにする豪傑書生を制して、例のトランクごと玄関わきの書生部屋へ入れて置いて、守のあとに従った。
 二人が洋室に入ると、そこには又、新しい奇怪事が突発していた。老探偵は、人々と挨拶を交すひまもなく、慌しい会話にまき込まれて行った。
「守さん、あんたがさっき立って行った椅子の上に、こんなものが乗っかっていたんだ。まさか君が落したのじゃあるまいね」
 桜井氏が、一枚の紙片をさしつけて訊ねた。見ると、それには鉛筆の走り書での様な一文がしたためてある。
 きょう午後三時諸君の目の前に一つの惨劇が起るであろう。品子の赤い血が流れるであろう。
 文句の終りには、例によって赤蠍の紋章だ。
 無論守に覚えがあろう筈はなかった。
「ちっとも知りません。僕が最初腰かける時には、確かにそんなものは落ちて居なかったのですが」
「例によって賊の魔術じゃ。今まで何もなかった椅子の上に、忽然として一枚の紙片を現わしてお目にかけまアす。ウフフフ……、けちな手品使だて」
 新来の土木請負師、実は三笠老探偵が、ジロジロと一座を見廻しながら、傍若無人ぼうじゃくぶじんに笑った。
「だが、笑いごとじゃありませんよ。今迄いままでの例によると、賊の予告は必ず実行されるのです。この紙切れがどういう径路を取って舞い込んで来たにもせよ。書かれてある文句は恐らく信用していいでしょう。我々は、余事はさて置き、この惨劇を防がなければなりません。三笠さん、あなたには、何かうまい手段でもおありですか」
 相川操一氏が、珠子を失った恨みをもこめて、三笠探偵を叱責しっせきするように云った。
「手段にもなにも、わしはまだ桜井令嬢の誘拐されなすった事情を、詳しく聞いていません。誰か話して下さらんか。うまい手段はその上のことですよ」
 守青年は又してもガッカリしないではいられなかった。何というノロマ探偵であろう。この慌しい際に、悠長な質問を始めるとは。
「併し、午後三時と云えば、あと一時間半程しかありませんが、……」
 彼は思わず口走った。
「一時間半、少し長過ぎる位じゃ。まだ慌てることはない。サア、どなたか、当時の模様をお話し下さらんか」
 老人は益々ノロマ振りを発揮する。
「それじゃ、守さん、三笠さんを別室に御案内して、あんたから詳しく話して上げて下さらんか。僕達は今それどころではないのだから」
 桜井氏が、イライラして、うまい敬遠策を持出した。
「ウン、それはわしも望む所です。では一寸守君を拝借しますよ」
 老探偵はこの侮辱を別に怒る様子もなく、寧ろそれを幸の様に、相川青年を促して会議室を立出たちいでるのであった。
 守は渋々ながら、老探偵を伴って、案内知った洋館傍の小部屋に入ると、彼自身の危難の次第から、品子さん誘拐の顛末を、かいつまんで物語った。
 老探偵は聞終ると、両眼をとじて、殆ど五分間ほども、身動きさえせず、黙り込んでいたが、守青年がしびれを切らせて、その部屋を立去ろうとした時、突然パッチリ目を開いて、又しても悠長なことを云い出した。
「わしは一度娘さんの誘拐された部屋を見たいのだが、誰にも知らさず、こっそりそこへ案内してくれまいか」
 相川青年は、今更になって、そんな部屋を検べたとて手遅れだとは思ったが、この老人には何となく威圧される感じで、ついその申出を承諾してしまった。
「よござんす。女中達もみんな会議室のお客さんに気を取られているので、誰に見つかる心配もありません。では御案内しましょう」
 だが、階段を上って、品子さんの部屋にたどりつくと、老探偵は、又変なことを云い出した。
「暫くわし一人で検べて見たいから、君は先に下へ降りてくれ給え」
 一体この老人は、こんな所に一人残って、何をしようというのだろう。品子さんはとっくに誘拐されてしまったのだ。そして、もう一時間余りもすれば、どこかで惨殺されようとしているのだ。それを、今頃になって、こんな所をウロウロ検べて見て、何になるのだろう。全く無意味ではないか。三笠老人、頭がどうかしているのではあるまいか。
 だが、守はさい前から、洋間の会議が、どの様に進行しているかと、そればかり気がかりになっていた際なので、老探偵の奇妙な申出をこれ幸と、云われるままに、元の会議室へと取って返した。
 会議は別段の進捗しんちょくを示さず、これという名案も浮ばぬ様子であった。人々は段々口数が少くなっていた。三時には余す所一時間少しだ。誰も彼も不安と焦慮に青ざめて、目ばかりギラギラ光らせていた。
 蓑浦捜査係長の姿が消えていた。訊ねて見ると、賊の予告状を掴んで、慌しく警視庁へ引返して行ったとのことであった。
 こうしている内に、時は刻々経過して行く。やがて間もなく殺人が行われようとしているのだ。しかも、その殺人者も、被害者も、人々から全く手の届かない、どこかの隅に姿をくらましたまま、全市の警察力を以てしても、遂に探し出すことが出来ないのだ。桜井氏夫妻は、手をつかねて、愛嬢の死を待つ外に、如何いかんともせんすべがないのだ。
 人々は、瀕死の病人の枕頭ちんとうに坐して、刻一刻呼吸の絶えて行くのを、どうすることも出来ないでただ眺めていなければならない時の、あの名状し難い悲痛な惨酷な感じにうちのめされていた。
 やがて、室内に悲しみに耐えぬ嗚咽おえつの声が起った。桜井夫人が、両手に顔を埋めて、声を殺して泣いているのだ。殿村夫人も、泣き声こそ立てなかったけれど、ハンカチを丸めて、しきりと目をこすっていた。
「相川君、警察なんて、あってもなくても同じ様なもんだね。一人の人間が、今殺されようとしているんだ。それをハッキリ知っていながら、我々はどうすることも出来ないのだ」
 桜井氏が泣きそうな顔になるのを、こらえ堪え、棄鉢すてばちな調子になって云った。
 相川氏は答えることが出来なかった。彼も亦、ついこの間同じ悲痛を味わったばかりなのだ。二人の不幸な父親は、声を揃えて、神様を呪いでもする外はないのであった。
 幾度となく警視庁へ電話がかけられた。併し、その度毎に何の吉報がもたらされるでもなく、失望を新たにするばかりであった。
「守さん、さっきの私立探偵はどこにいるんです。あの爺さんは、一体ここへ何をしに来たんだ。おくやみでも云いに来たんですか」
 絶望の極、桜井氏の八ツ当りであった。
「僕にもそれがよく分らないのです。なにしろ有名な奇人ですから……」
 守さえも、老探偵を弁護する勇気はないように見えた。
 丁度その時、入口のドアが開いて、印半纒の三笠探偵がヒョッコリ入って来た。見ると、パンツの膝の所が、泥にまみれた様に汚れている。右手の甲に掻き傷が出来て、ひどく血が流れている。
「あれは品子さんの飼猫ですかい。ひどくやられましたわい。つかまえようとすると、いきなりここを引掻きおった。じゃが、まんまととりこにしてしまいましたがね。ハハハ……」
 愈々気違いの沙汰である。この危急の場合、この悲歎のさ中に、老探偵は猫をからかって遊んでいたのであろうか。
「三笠さん、マア御掛けなさい。一つあなたの御意見を伺いたいものですね。猫のことではなく、娘を救う手段についてですよ」
 桜井氏が激怒を圧えて、皮肉たっぷりに云った。
「承われば、あなた様は、白髪首をかけても、賊をとらえて見せるとおっしゃいましたそうですね。その御約束は一体どうなったのでございましょうか」
 殿村夫人も、堪えかねて、老人を睨みつけながら、つめ寄った。
 白髪白髯の土木請負師は、これらの攻撃に答えようともせず、そこに空いていた一脚の椅子に腰をおろしたが、ふと妙な顔をして、身体をモジモジさせながら、お尻の下から、一枚の紙片を引っぱり出した。
「ホホウ、何だか書いてある。又赤蠍の下手な手品が始まったのかな。イヤ、そうでもなさそうじゃ。ごらんなさい。こんなことが書いてある」
 人々は又しても出現した奇怪の紙片を無視する訳には行かなかった。十いくつの顔が、テーブルの上に集まって、そこに投出された紙片の文字を読んだ。
 午後二時三十分、憎むべき賊は逮捕されるであろう。そして、桜井品子は無事救い出されるであろう。三笠龍介
 何と、その紙切れには、当の老探偵三笠龍介の署名があったではないか。
「冗談をしている場合ではない。三笠さん、少しおつつしみ下さらんと困る」
 相川氏が苦り切って、頓狂な老人を叱りつけた。
「イヤ、御免御免、つい賊の真似をして、手品を使って見たまでじゃ。併し、そこに書いて置いた事は間違いありません。そういうことになるのです」
 老人は落ちつき払っている。
八卦見はっけみじゃあるまいし、こんなことがどうして分るのです。それとも、あんた自身が、丁度この時間に、賊を逮捕して見せるとでもおっしゃるのですか」
「そうですよ。つまり、そういう結果になるのですわい」
 何だか変な具合であった。まるで誇大妄想狂を相手に物を云っている感じだ。この親爺おやじ全くの気違いか、それともズバ抜けたえらぶつかどちらかに相違ない。
「でも、二時三十分と云えば、丁度今ですが、まさか、今すぐに犯人を捕まえることは、……」
 殿村夫人が腕時計を見て、嘲るようにさし口をする。
「今すぐに捕まえるのです。……なにしろ、わしはこの大切だいじな白髪首をかけていますのでな」
 老人の言葉は益々気違いめいて来る。
「マア、今すぐにでございますって? ホホホ……、では、あの赤蠍の賊が、この部屋にいるとでもおっしゃいますの?」
「そうです。憎むべき怪物は、今、この部屋におるのです」
 老探偵はズバリと云ってのけた。彼の好々爺こうこうやの表情が忽ち緊張して、その鋭い両眼は、刺す様に輝き始めた。
 冗談ではなかったのだ、この妙な老人には、何かしら成算があるらしい。それにしても、あの恐るべき兇賊がこの一座の中に隠れているとは、何という突拍子もない断言であろう。
 一同顔を見合わすばかりで、誰も急に物を云うものはなかった。一瞬間死の様な静寂が一座を占領した。
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