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怪しの者_妖虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:怪しの者「三笠さん、まさか冗談ではありますまいね。今あんたのおっしゃった言葉は、実に容易ならん事柄ですよ。何か確たる証拠
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怪しの者


「三笠さん、まさか冗談ではありますまいね。今あんたのおっしゃった言葉は、実に容易ならん事柄ですよ。何か確たる証拠でもあって、そういう事をおっしゃるのですか」
やっとしてから、相川操一氏が、詰問するように云った。
「証拠ですかい。……その証拠を掴む為に、わしは昨日から一睡もせず苦労しておりましたのじゃ。ナニ、証拠などなくっても、わしの推理に間違いはないのだが、犯人が一通りや二通りの奴ではありませんのでね。大事を取って、動きの取れぬ確証を手に入れたという訳です。……守君、すまんが、書生部屋に待っているわしの家来を呼んで下さらんか。ここへトランクを持込む様にね」
何となく老人の旗色がよくなって来たので、守青年はいそいそと指図に従った。やがて、例の黒い大トランクを背負った豪傑書生が、ノコノコと部屋に入って来た。
「それを、ここへおろすのじゃ」
命令に従って、トランクはドッシリと床の上に据えられた。何が入っているのか、ひどく重そうな鹽梅あんばいである。
「妖虫事件がどんなに恐ろしいものであったか、今更わしが云うまでもない事じゃが、併し、諸君はまだ事の表面しか見ておられんのじゃ。この犯罪の裏面には、世間が知っているよりも、更に一層恐ろしく、無気味なものが潜んでおるのです」
老探偵は今や一座の立役者であった。非難、攻撃のまなざしは、いつの間にか、驚異、讃嘆のそれに変りつつあった。もう誰も物を云うものはなかった。人々は云い知れぬ不安と焦躁の内に、怪老人の口元を見つめるばかりであった。
老探偵は、一種奇妙な雄弁を以て、彼の推理を語りつづけた。
「この犯罪には最初から、何とも云えん変てこな、薄気味の悪い事柄がつき纒っておった。谷中の空家で女優春川月子が惨殺された折、空家の床の間に、大型支那カバン程の木箱が安置してあって、血みどろな殺人遊戯が行われている最中に、その木箱の中から、嗄れた声で下手な安来節を歌うのが聞えて来た。これは相川守君が見聞された所であって、無論皆さんも御承知の事と思います。
ところで、それと同じ様な事が、二度目も起っていますのじゃ。相川珠子さんが誘拐されて、三河島の見世物小屋へ連れ込まれた。あの時わしと守君とは、うまく敵の自動車の運転手にばけて、珠子さんを取戻す予定で、九分通りまで成功したのじゃが、見世物小屋の中に置いてあった張り子の岩が、知らぬ間に這い出していた。イヤ這い出したどころではない。その岩の中から、ニュッと短刀を持った人間の手が出て、わしの腰に斬りつけた。この岩さえ這い出さなければ、珠子さんは殺されずとも済んだのじゃ。
申すまでもなく、張り子の岩の中に何者かが潜んでおったのです。だが、あの岩は高さ三尺程で、まわりも極く狭かった。あんな小さな岩の中へ、一人の人間が隠れられるとは思えんのじゃ。それにも拘らず、そこには確かに人間が入っている。
わしは、こいつこそ、今度の殺人事件の原動力となっているのではないかと考えた。その奴は、支那カバン程の箱の中へも、三尺の張り子の岩の中へも、ゆっくり隠れられる程小っぽけな人間に違いない。しかも、その性質たるや残虐無類なのじゃ。わしは、そこまで考えた時、背中に水をあびせられた様に、ゾーッとしましたよ。
ところで、今聞くと、昨夜ここの庭で、守君が大蠍の怪物と組討ちをやった時、その蠍の衣裳の中に入っている奴の手応えが、実に異様であった。まるで子供みたようにっぽけな奴であったというが、考えて見ると、こいつがやっぱり、あの岩の中からわしを傷けた奴と同じ怪物に違いないのですじゃ。
こやつは、いつの場合も、必ず何かに包まれておる。そして、包まれたままで、色々な業をやりおる。実にえたいの知れん、薄気味の悪い化物ではありませんか。だが、この曲者は、何故何時いつも極った様に、何かに包まれておるのか。無論正体を見られまい為じゃ。併し、こういう場合に、犯罪者というものは、顔にメーク・アップを施すとか、覆面をするとか、衣裳を替えるとかして、変装をするのが普通になっておる。何も窮屈な箱の中なぞへ入る必要はないのじゃ。それがこの犯人に限って、必ず全身を何かの中へ隠しているというのは、何ぜであるか。
こんな風に考えて来ると、それに対する答えはたった一つしかない事に気づきますのじゃ。外でもない、この曲者は、顔面を隠しただけではその目的を達し得ない様な奴なのです。つまり、全身の形に普通の人間と違ったいちじるしい特徴を持っておる。その姿を見た丈けで、何奴かと直ちに分る様な人間なのじゃ。つまり不具者なのじゃ。
さて、そういう小っぽけな不具者と云えば、忽ち聯想されるのは、例の豆蔵まめぞうじゃ。所謂一寸法師じゃ。よいかな。そこで、一寸法師というものは、普通どんな所におる。無論家庭にもおるに違いない。併し、奴等は家庭から、いつとはなく、見世物小屋に集まって来るのじゃ。因果物師に高い金で買われるのじゃ。
皆さん、ここまで云えば、何か思い当る節がありはしませんかね。見世物じゃ。考えて見ると、今度の犯罪と見世物とは、妙に縁があったではありませんか。珠子さんが誘拐されたのが三河島の八幡の藪不知じゃった。それから、谷中の事件のあとで、守君が青眼鏡の怪物と出喰わしたのが、やっぱり見世物の、曲芸団の前じゃった。青眼鏡はその見世物小屋の中から出て来たというではありませんか。
ところで、守君の話によると、その曲芸団の前に、一寸法師の娘が手踊りをしている大看板おおかんばんが出ていたという。わしはハタとそれを思い出したのです。岩の中に隠れて、わしを刺した奴は、その一寸法師の娘ではなかったかと、ふと考えついたのです。
わしはそのことを、麹町外科医院のベッドの上で考えついた。その頃もう傷の方は殆どよくなっていたが、わしはいつまでも重態のていを装って、入院を続け、夜な夜な病院を抜け出しては、守君の見たという曲芸団の所在をつき止める為に、奔走しておりましたのじゃ。間もなくその所在が分った。だが、一寸法師娘が果してあの曲者かどうかを確めなければならない。わしはその為にひどい苦労をしましたのじゃ。
結局わしの想像は適中しておった。今朝になって、やっとそれが分ったのじゃが、分るが否や、わしはその曲芸娘を虜にした。今そやつを、みなさんにお目にかけようという訳なのじゃ。
こうして、わしはとうとうかたきを討った。わしを傷けた怪物を捕えることが出来た。こいつこそ、妖虫殺人事件の謂わば原動力であったのじゃ。併し、その片輪者が、賊の首魁しゅかいという訳ではない。凡てを画策し、凡てを実行した所の張本人は外にある。わしがそんな苦労をして、片輪娘を虜にしたというのも、実はその主犯を一撃のもとに打砕く、一つの手段に過ぎなかったのじゃ」
老探偵は雄弁にやっと一段落を告げた。人々は彼の委曲を尽した説明によって、妖虫殺人事件の真相の一部を理解することが出来た。だが、それはただ一部に過ぎなかった。まだ明かされぬ疑問が山の様に残っているのだ。
これらの残虐極まる殺人の動機は、そもそも何であったか。あの突飛千万な死体の陳列には如何なる意味があったのか。全く不可能としか思われぬ様々の出来事、妖虫団の魔術と云われたそれらの奇怪事を、どう解釈すればよいのか。イヤイヤ、そんな事よりも、肝腎の悪魔の首魁というのは、一体全体何者であったか。三笠探偵は、その主犯者がこの桜井家の洋室に隠れていると断言した。そいつはどこにいるのだ。世にも憎むべき残虐の毒虫は、今どんな顔をして、どの辺に腰かけているのだ。
彼等はお互に、隣席の人達の横顔を、ソッと盗見ぬすみみないではいられなかった。残らず知合いの間柄だ。その中にたった一人だけ、恐ろしい奴が隠れているという。果してそんなことがあり得るのだろうか。
人々があれこれと考えめぐらしている間に、老探偵はズボンのポケットから鍵を取り出すと、かたわらのトランクに近づいて、その錠前をガチャガチャ云わせていたが、やがて、重い蓋がおもむろに開かれて行く。
人々の目は一斉に暗いトランクの内部に注がれた。
何者かが蠢いている。蓋が開くにつれて、その者が、せり出しの様に、段々頭をもたげて来る。そして、遂にその全形が暴露された。
お化けみたいな奴が、トランクの中に、チョコンと立上っていた。たけ三尺に足らぬ小人島だ。その五六歳の幼児の胴体に、これは又べら棒に大きな顔が乗っかっている。髪は銀杏返いちょうがえしにって、赤い手絡てがらをかけて、その下に、はちの開いた静脈の透いて見える広い額、飛び出した大きな両眼、平べったい鼻、口には猿轡がはめられ、派出なメリンスの着物の上から、グルグル繩を巻いて、うしろ手に縛られている。
三笠探偵は手早く、そのいましめと猿轡を解いてやった。
猿轡の下からは、真赤な厚ぼったい唇の、大きな口が現われた。その口が、ギャッと開いたかと思うと、何とも形容の出来ない、異様な嗄れ声が響き渡った。
哀れな片輪者は子供みたいに泣きわめきながら、一座の人々を見廻していたが、やがて、何を発見したのか、恐ろしい叫び声を立てながら、矢庭やにわにトランクを躍り出すと、へやの一方に向って走って行った。短い足で、チョコチョコと走って行った。
彼は何を発見したのか。外でもない。一座の内にその仲間の顔を見つけ出したのだ。そして、低能者の悲しさに、何を顧慮こりょするいとまもなく、懐しきその者の膝へと飛びついて行ったのだ。
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