混乱の中で発足した新内閣は、誕生早々から忙しかった。
海津新内閣は発足三日目、早くも組織的な無料給食実施を発表した。休業中の飲食店を借り、失職中の調理専門家を雇って、良質な給食の行える無料給食所を、十日以内に、東京・大阪を中心に一千ヵ所ほど作り、各々一日、二、三千食を提供する、という構想である。給食所の運営自体は地方自治体に委ねるが、その経費の一切と原材料・燃料の支給は国が責任を持つ、というのである。
この新対策は、大いに新聞ではうけた。野党も拍手喝采した。石塚新経済企画庁長官を最高責任者とする中央委員会のもとに、各地に地区委員会を組織して計画はすぐに具体化された。大蔵省は財政補助を算定し、農林省はお米や副食物の供給を検討し、運輸省がその運搬計画を建て、厚生省が衛生を監督した。通産省は、輸送・炊飯用燃料と食器その他の徴発を分担した。東京・大阪などでは、都や府が中心となって、市町村を集めて具体的な店舗借用や調理人・ウエートレスを募集した。このため総理のいった�十日以内�を待たずして、給食所が全国に二百ヵ所ほど出来た。
だが、たちまちトラブルが続出した。
まず、材料輸送がアンバランスになった。ある給食所ではお米は届いたが副食物は来なかったし、他のところでは肉が山のように運び込まれたのに塩も醤油もなかった。魚があまって大量に腐らせてしまう給食所もあった。急募で集めた従業者の統制もうまく行かなかった。
しかし、何よりの誤算は、給食を求める人びとの数が、多すぎたことだ。公園や路上で細々と行われていた無料給食なら、それを受けるのにためらいを感じた人びとも、飲食店を借りての良質の給食となると、多数駆けつけるようになった。
小宮幸治も、新橋や有楽町に出来た給食所の行列に加わったことが何度かあった。しかし実際に給食を受けられたのは一回しかなかった。なにしろ、昼の給食を得るためには午前九時ごろから行列せねばならない有様だったのだ。
海津新内閣は、もう一つの緊急非常対策として、産業用電力消費を一層削減することによって、家庭の時限停電を止める方針を打ち出した。閣僚たちは暴動の再発を恐れ、内閣の人気を保つことが第一だ、と考えていたのである。
この家庭停電の解消は、多くの工場閉鎖と企業の倒産や解散を伴い、生産活動はさらに低下した。基礎産業がほとんど全面的に停止し、それに連なる加工業も原材料不足によって操業がむずかしくなった。これを口実にした契約の破棄や従業員解雇が広まった。そしてこの結果、日本人特有の企業に対する忠誠心とか愛社精神とかいったものもみるみるなくなっていった。
「すべての危険の中で最も重大な危機は社会組織の崩壊である」
小宮幸治は、「石油輸入大幅減少時の影響と対策」の中の鬼登沙和子の言葉を思い出した。
「日本の社会組織は、一般に考えられているよりもはるかに脆弱である。もともと、宗教的連帯を欠き、地域的共同体も薄く、戦後においては血縁的結束をも失った日本の社会は、核家庭という最小社会単位と国家という最大社会単位との間には、企業=職場という毀れやすい社会組織以外に、ほとんど中間社会組織を持っていないからである」
鬼登沙和子は、日本国の組織的弱点を、中央集中的地域構造を持つにもかかわらず、財政を中心としたあまりにも平常的な権限によって結合された「単層中央集中性」にある、と分析していた。また、企業=職場という社会組織は、本来経済的契約に基づくものであり、大規模かつ徹底した経済・社会混乱のなかでは、崩壊を防止しえない性格のものだ、とも指摘していた。
〈企業=職場組織の崩壊、それはもう始まっている……〉
小宮は、部屋の中を見回して、そう思った。
部屋の隅には、寝具がだらしなく積み上げてあった。それは、残業のためのものではなかった。ここには、若い独身の職員たちが�住みついて�いるのだ。それを証明するかのように、乾物の魚を焦がす臭いが漂って来た。住み込んでいる連中が、昼食の用意をしているのだ。
小宮は久しぶりに鬼登沙和子と話してみたい気になった。あの張りのある日々が懐しかった。
小宮は電話のダイヤルを回した。だが、そこから返ってきたのは、
「アンダマン・フェニックス・オフィス」
という聞きなれぬ名前だった。
「どうも失礼……」
小宮はいま自分が、無意識のうちに、鴻芳本社ビルの会議室の電話番号を回したのに気がついた。そして、油減調査のグループは、もうとっくに解散したのだから、あの部屋に沙和子がいるはずがないことにも気づいた。
小宮は手帳を繰り、関西経営協会の電話番号を調べた。
長い呼出し信号音が続いたあとに出て来た男の声は、鬼登沙和子という人はいない、と答えた。
「今田調査部長おられますか」
小宮は訊ねた。
「ああ前の調査部長ね。あの人は二ヵ月ほど前に病気で辞めて、その後死んだらしいですよ」
「………」
小宮は絶句した。
「なんでも肝臓障害に栄養失調が重なったらしいでんなあ」
相手は屈託のない声でいった。
「前から調査部にいる人に代わってください」
小宮は怒鳴った。
別の男の声が出たが、その男も長い間待たせたあげくに、
「残念ながら臨時雇用の人のはよくわかりませんなあ」
と、つっけんどんにいった。
「鬼登さんは臨時雇用だったんですか」
「そうですよ、非常勤の……」
小宮は黙って受話器を置いた。
「あ、小宮さん、私たちのところでお昼食べない」
振り向くと、女子職員の日高澄江だった。
「今日はメザシとワカメの味噌汁があんのよ」
日高澄江は、十五、六人でお米や副食物を持ち寄り、役所の給湯室のガスコンロや電熱器で共同炊飯をやっている住みつきグループの一人だ。
このところ、昼食といえば、ようやく手に入るコッペパンか、長い行列の末にべら棒に高いラーメンぐらいにしかありつけなかった小宮には、メザシとワカメの味噌汁はひどく魅力的だった。
だが、この公私混同と庁舎管理規則違反のグループに加わることは、少々気が引けた。
「僕が食べるとみんなの分が足りなくなるよ」
小宮は曖昧に答えた。
「平気よ、一人ぐらい」
澄江はこれを小宮の受諾と受けとったらしく、
「出来たら呼びに来て上げるからね」
といって、元気よく跳び出して行った。