三十分もすると、ベッドの足元から軽いいびきが聞こえてきた。
日美香は、ほっとすると同時に、苦々しく思った。
母を心ない一言で傷つけた自分の方が後悔の念にさいなまれて眠れないというのに、当の母はいびきをかいて眠っている……。
いつもこうだった。
楽天的というか、ものごとにこだわらないというか。
もし、日美香が自分の娘に同じことを言われたとしたら、一晩眠れないどころか、一生そのことにこだわり続けるだろう。
でも、母は違う。
どんなことを言われようと、三十分もすれば、けろりと忘れたような顔をしているのだ。
人からもよく言われたことだが、これほど似ていない母娘も少ないだろう。まず外見が全然といっていいほど似ていない。八重は色黒で骨太だったが、日美香は色白で骨細だった。二人で並んで歩いても、母娘と思われたことはなかった。
もっとも、八重が言うには、日美香の父親というのが役者にしたいような美男だったそうで、日美香はその父親にそっくりだということだったが……。
違うのは見てくれだけではなかった。性格も正反対といってよかった。ただ、性格的なことは、もって生まれたものもあるだろうが、意識して、母に似ないように似ないようにとふるまってきたせいもある。
小学校の頃から勉強ばかりしてきたのは、自分を私生児という目で見る人々を見返してやるためだったし、華やかでちゃらちゃらしたものや性がらみのものを手厳しいまでに拒んできたのは、母がそういうものをあまりにも無造作に受け入れてしまう女だったからだ。
とりわけ、母の性的な面での放縦さは、ずっと日美香の悩みの種だった。
中学三年のとき、放課後、進路のことで担任と二人きりで面談していたとき、その若い男の担任が、ふと思い出したというように、母のことを口にしたことがあった。
それは、母のスナックで母とカラオケでデュエットをしたというただそれだけのことだったが、その話をしたあとで、担任はにやにや笑いながら、「娘の担任だからといって、いろいろサービスしてくれたよ……」と何げなく付け加えた。
日美香は、そのとき、全身に鳥肌《とりはだ》がたつような思いがした。
むろん、サービスというのは、頼んでもいないつまみを出してくれたとか、飲み代を安くしてくれたとか、その程度のことなのだろうが、そう言って笑いながら、日美香を見たときの担任の目が、いつもの優等生を見るような目ではなかった。
お高くとまっていても、おまえは、あの女の娘じゃないか……。
若い男の目はそうあざ笑っているように見えた。
日美香が育った紀伊半島のはずれの田舎町は、八重の生まれた町でもあった。八重はこの町でちょっとした有名人だったようだ。それもけっして良い意味ではなく……。
高校二年のときに、同級生の子供を孕《はら》み、そのことが周囲に知れて大騒動になったのだという。子供は堕《お》ろして一件落着したらしいが、片田舎の小さな町ではそれはちょっとした事件であり、郷里にいづらくなった八重は、高校を中退すると、逃げるように東京に出てきたのだという。
最初は美容師をめざして専門学校に通っていたらしいが、それも長続きせず、水商売の道にはいったのは、上京して一年足らずのことだった。
新宿を皮切りに店を転々として、日美香を身ごもったのは、八重が二十八歳のときだった。相手の男が妻子もちだったことから、はじめは生むつもりはなかったらしい。
しかし、堕胎の相談に行った産婦人科医から、「今度堕ろしたら、一生子供は生めなくなるかもしれない」と脅かされ、考え直したのだという。八重は、高校のときを含めて、それまでに四回も中絶していたのだ。
「……あんたを生んだとき、わたしは半分死にかけたんだから」
母は自慢でもするようによくそう言った。日美香は逆子で、しかも、臍《へそ》の緒が首に巻き付いた状態で生まれてきたのだという。
医者の手でようやく取り上げられた時、既に虫の息で、母体の方も何時間にも及ぶ難産と大量の出血で生死の境をさまよっていたらしい。幸い、医者の措置が迅速で適切だったことから、二人ともなんとか生き返ったのだということだった。
日美香を生んで二年ほどした頃、早くに両親をなくした八重の親代わりだった祖父母が相次いで亡くなり、小さな煙草屋と、ほんのわずかな不動産を八重は相続した。
それで、東京での暮らしに見切りをつけ、日美香を連れて生まれ故郷に戻ってくると、煙草屋をつぶして小さなスナックに建て替え、腰を落ち着けたというわけだった。
どうして、母は郷里になんか帰ってきたのだろう。あのまま東京にいればよかったのに……。
母からそういったいきさつを聞かされたとき、日美香は唇をかみしめながらそう思った。
郷里には、八重のことを子供の頃から知っている人が多すぎた。そのあまり芳しくない行状を知り尽くした人々が。そして、日美香の同級生や教師たちも、多くは、そんな人々の子供であったり孫であったりするのだ。
中学三年のときの担任の男性教師も、やはりその町の生まれだった。おそらく、八重の噂を小耳に挟んで育ったのだろう。あのあざ笑うような男の目は無言でそれを物語っていた。
どんなに努力して完璧《かんぺき》をめざしても、いつも自分には母という汚点がつきまとう。そして、この汚点は一生自分につきまとうのだ……。
郷里にいる間中、日美香はそんな焦燥感ともつかぬ思いに悩まされ続けてきた。