日美香の僅かに目尻《めじり》のあがった大きな目がさらに大きく見開かれていた。
愕然《がくぜん》としたような表情をしていた。
どうやら自分の父親の正体までは想像していなかったらしいな……。
聖二は腹の中で思った。
日美香の父親が兄の貴明ではないかという疑惑は、日美香に会った直後から彼の脳裏に既によぎっていたことではあった。
日美香は確かに日登美によく似ていた。日登美に比べると、少し上背があるということ以外は、瓜《うり》二つといってもいい。
しかし、日登美とは何かが違っていた。顔の造作などはまるでクローンか何かのように似ていたが、その内側にあるものが全く違っている。
それは、ちょうど、同じ形状でありながら、中に灯《とも》されている灯の強さがまったく違う二個の灯籠《とうろう》のようだった。
日登美には弱い灯火しか感じなかったが、日美香の方には、内部で燃え盛っている力強い生命の灯のようなものを感じることができた。
生命力の強さが全く違う……。
そんな感じだった。
そして、この強い生命力は、彼にある人物をすぐに思い出させた。
しかも……。
日美香の様子をそれとなく観察しているうちに、彼女のちょっとした表情、仕草、ある角度から見た顔形、そして、何よりも、その目の奥から迸《ほとばし》り出るような強い意志の輝きに、聖二はしばしば胸をつかれるような思いがした。
兄の若い頃を思い出させたからだ。
日美香の中に貴明の血を感じた。
日美香という灯籠の中で燃え盛っている強い生命の灯は、まさにあの兄から受けついだものではないか……。
これは理屈を越えた直感のようなものだった。
しかし、この直感は、日美香の話を聞いているうちに半ば確信にまで高まっていた。
兄の血液型はB型だった。海部や船木がO型だとすれば、日美香の父親は兄以外には考えられなかった。
日美香を茶室に呼んだときは、養子縁組の話だけをするつもりだった。しかし、心のどこかで、それだけでは済みそうもないことを予感してもいた。
茶室を選んだのも、母屋から独立した建物だから、家人に聞かれてはまずい話でもここなら心おきなくできるという計算もあった。
もし、この娘の前で、これまでのいきさつをすべて詳《つまび》らかにしなければならなくなったとしたら、そのときはすべて打ち明けてしまおうとも覚悟を決めていた。
それに、日登美のときは最後まで話せなかったことも、この娘になら包み隠さず話せるような気がしていた。
この娘なら、すべてを受け入れるはずだ。
彼女はただの日女《ひるめ》ではない。
かつて一度も女児には現れなかったという大神のお印を持って生まれた特別な日女なのだから……。
日美香がどのような宿命と使命をもって生まれてきたのかは、聖二には全く見当もつかなかった。
しかし、お印をもって生まれたということは、彼女が、聖二同様、大神の意志を継ぐ者としてこの世に生み出された存在であることは間違いない。
だから、何を話し、どんなことを打ち明けようとも、彼女がそれを知ったことで、大神を裏切るような行動を起こすことだけはあるまいという強い確信めいたものが聖二の中であった。そんな思いが彼の最後の迷いを払ったのである。
思えば、すべては、二十年前、兄の貴明が何げなく買い求めた一冊の雑誌で、「くらはし」という小さな蕎麦《そば》屋の記事を目にとめた瞬間からはじまったのだ……。