シャワーを浴びて出てくると、「真女子」はテーブルの上にB5サイズのノートパソコンを置いて、それを覗《のぞ》き込んでいた。手持ちのPHSなどとつなげば、外でも気楽にインターネットができる、いわゆるモバイルタイプと言われている型である。
繁之もノートパソコンをもっていたが、繁之のものではない。「真女子」が持参したものらしかった。
タオルで濡《ぬ》れた髪を拭《ふ》きながら、「ネット?」と聞くと、「真女子」は、「うん。ちょっと、メールチェック」とだけ言って、すぐに用が済んだらしく、パソコンの蓋《ふた》をぱたんと閉じた。そして、そそくさとそれをPHSと一緒に大きな紙袋の中にしまいこんだ。
「きみもシャワー浴びてきたら?」
繁之は、そろそろという期待をこめて言った。
時刻は午後八時を少し過ぎていた。渋谷の喫茶店を出てから、中目黒にある繁之のアパートまで連れてきたあと、誘う口実にしたテレビゲームを二人で二時間ほどやって、腹ごしらえに、宅配ピザを食べ終えたばかりだった。
「真女子」はそれでも帰るそぶりを全く見せなかった。これでシャワーを浴びに行ったら、もう完全にこっちのものだと繁之は思っていた。
「そうね。汗かいちゃったし、シャワー借りようかな」
「真女子」は、殆ど無邪気といっても良いような声で言うと、立ち上がった。
小学生でもあるまいし、この後、どうなるのか、見当がつかないわけではあるまい。ということは、向こうもはなからそのつもりだったということか。たいしてやりたくもないテレビゲームを二時間も付き合ったり、わざと汗をかかせるために、エアコンの設定温度をいつもより高めに切り替えたりと、そんな小細工を弄《ろう》する必要もなかったかな。
小型冷蔵庫から取り出した缶ビールのプルトップを引き抜きながら、繁之は、彼女が消えたバスルームの方角にちらと視線を投げかけながら、小狡《こずる》そうな笑みを浮かべた。
だけど、ちょっと変わった子だな……。
ビールを飲みながら、女が使っているシャワーの誘惑的な音に耳をすませていた繁之はふと思った。
名前を聞けば、インターネットのハンドルなどと答えるし、年を聞けば、「十八歳以上二十五歳未満」なんて答え方をするし、東京出身ではないようなので、「田舎はどこ?」と聞けば、「南。ずっと南の方」などと答える。
ふざけているのかと思えば、答える顔はまじめそのものだった。
そもそも、若者の待ち合い場所として名高い渋谷のハチ公前で、誰を待つわけでもなく、おたく族がよく持っているようなダサイ紙袋をさげて、ぼうっとベンチに座っていること自体、変といえば変ではあった。
ひょっとしたら、これは逆ナンパだったのかも。
繁之は、ようやくそう思い当たった。彼女はあそこで男が声をかけてくるのを密かに待っていたのではないか。そういえば、あの瞬きもせずに、繁之をじっと見つめていた目は、まるで蛇が狙《ねら》った獲物を見つめるような目だったじゃないか……。
それにしても……。
繁之の目が、「真女子」が大事そうにさげてきた大きな紙袋を捕らえた。
こんなでかい紙袋……何が入ってるんだ?
ふと好奇心にかられて、中を覗いてみたくなった。袋の上にはふわりとタオルのようなものがかけてあった。繁之は、そのタオルを取り去って、中を覗いた。
奇妙なものばかり入っていた。
さきほど使っていたB5サイズのノートパソコンとPHS。他には、大型のサバイバルナイフが一丁。台所で使うような水色のゴム手袋。あとは、テニスボール大の黄色いゴムボールが一つ入っていた。
若い女が大事そうに持ち歩くには妙なものばかりだったが、繁之を一番驚かせたのは、これらの品に混じって、電動ノコギリが入っていたことだった。
ノコギリ?
ノコギリなんて、一体、何に使うんだ……?
繁之は不思議そうな目でその物体を見つめた。