「村ぐるみって……」
そりゃ、どういう意味だ。
しばし呆然《ぼうぜん》としていた伊達は、ようやく気を取り直したように言った。
「もしそうだとしたら、動機は何です? なぜ、日の本村の連中がぐるになって、東京の一|蕎麦《そば》屋の店主一家を惨殺しなければならなかったんです?」
「私も真っ先にそう聞きましたよ。動機は何だと」
小池は苦笑しながら言った。
「そのときの達川の答えというのが、こちらの想像を絶するものでしてねえ……。なんと、倉橋秀雄の妻だった倉橋日登美を日の本村に連れ戻すためだというんですよ」
「……」
「それというのも、倉橋日登美が、『日女』とかいう巫女《みこ》の血を引く特殊な女性だったからだというのです……」
小池は言った。
「倉橋日登美の母親は、日登美を生んですぐに亡くなったそうなのですが、もとは、日の本村の出身で、日の本神社という古社の宮司の妹だったそうです。この日の本神社というのは、千年以上も続く由緒ある古社だそうで、代々、宮司を勤める神家に生まれた女性が、世襲で『日女』と呼ばれる巫女を勤めているそうなのですが、日登美の母親も、倉橋徹三に出会うまでは、日の本村で巫女をしていたようです。それが、たまたまあの村を訪れた倉橋徹三と知り合って、恋に落ちた。だが、生まれながらにして、『神の妻』と定められた日女には生涯結婚は許されない。それで、思い余った二人は、半ば駆け落ちのような形で村を出て一緒になったらしいのですな……」
小池は話を続けた。
「……ところが、その後、日の本村では、日女が年々減り続け、とうとう、あの昭和五十二年には、秋に行われるはずの『大神祭』を司る日女がいなくなってしまったらしいのです。この『大神祭』というのは、毎年、日女が中心になって行われるらしいのです。しかも、その年の『大神祭』は、七年に一度の大祭にもあたり、中止するわけにはいかない。そんな折、それまで行方《ゆくえ》が分からなかった宮司の妹の行方が分かり、しかも、彼女には日登美という娘と春菜という孫までいたことが村の連中の知るところになった。それで、この日女の血を引く二人を村に取り戻すために、村長や日の本村の宮司をはじめとする村の顔役たちがぐるになって、あの殺人を企てたというのです……。
しかも、動機はこれだけではないと達川は言うのですよ。倉橋秀雄と倉橋徹三が殺されたのは、私刑の意味もあったのではないかと」
「私刑?」
「そうです。昔から、あの村では、『神妻』である日女には、その年の『大神祭』で『三人衆』というのに選ばれた者しか手が出せないことになっているというのです。その掟《おきて》を破った者には、凄惨《せいさん》な私刑が村の男たちによって加えられたそうです。つまり、あの殺人は、『神の女』である日女を妻にしてしまった倉橋秀雄と倉橋徹三への制裁の意味もあったというのですよ……。
すべて、最初から巧妙に仕組まれていたことだというのです。鉄砲玉には、村長の甥《おい》にあたる矢部稔が選ばれた。十八歳の少年が選ばれたのは、むろん、未成年ということで少年法が適用されるだろうから、どんな凶悪犯罪を犯しても極刑になることは稀《まれ》です。しかも、衝動的な犯行のように見せかけ、すぐに自首して深く反省している振りをして見せれば、情状酌量されて、まあ、最悪のことを考えても数年の刑で出てこれますからね。それに、たとえ前科者という烙印《らくいん》を押されたとしても、余生をあの村で送る限り、なんら支障はない。実際、出所後、矢部稔は日の本村に帰り、今では、副村長のような立場にまでなっている……
というのが達川の話だったのですが、こんな話が信じられると思いますか?」
「いや……」
伊達は思わず言った。確かに、俄《にわか》には信じがたい話だった。
「でしょう? 荒唐|無稽《むけい》の一言につきますよ。私がそう言うと、達川は、荒唐無稽なのは自分の推理ではなく、宗教にかぶれた奴らのすることで、あの日の本村というのは、村全体が一種のカルト教団のようになっているというのです。『大神』と呼ばれる蛇体の太陽神を祭る邪教徒の集まりだとね。神の名のもとには、どんな荒唐無稽なことでもやって憚《はばか》らない連中の集まりなのだと……」
「達川さんは」
伊達が口をはさんだ。
「そもそも、何を根拠にそんなことを言い出したんです? すべては彼の妄想にすぎないにしても、何かそう思い込む根拠のようなものがあったと思いますが」
「根拠というか、達川が、あの事件の真相に疑問をもったきっかけは手紙だったようです」
「手紙?」
「倉橋日登美が伯母《おば》に出した手紙です。この伯母というのは、倉橋徹三の姉にあたる女性で、今は、四国の松山で旅館業を営んでいるそうですが、倉橋日登美は、あの事件の後、日の本村からこの伯母|宛《あ》てに一通の手紙を出していたらしいんです。達川は、倉橋日登美の行方を知るために、この伯母を訪ねて松山まで行き、そこで、その手紙の存在を知ったというのですが、その手紙の内容がどうも妙だというのですよ……」
「妙とは?」
「手紙には、日登美の従兄《いとこ》だと名乗る神聖二という男の訪問を受けてから、日の本村に帰るまでのいきさつが細かく記されていたようなのですが、それを読む限りでは、倉橋日登美は新庄貴明が自分の従兄であることを全く知らなかったようだと……」
「……」
「新庄は日の本神社の宮司の長男であり、倉橋日登美はその宮司の妹の娘ですから、二人はいわば従兄妹《いとこ》同士にあたるわけです。ところが、倉橋日登美はそのことを知らなかった。その伯母という女性も知らなかった。日登美からそんな話は聞いてないという。これはおかしいと達川は言うのです。その手紙によると、日登美は神聖二の訪問を受けたあと、何かと自分と娘の面倒を見てくれていた新庄に相談を持ちかけたようなのです。日の本村に帰るべきかどうかということを。
だから、もし、新庄と倉橋日登美が、このときまで、従兄妹同士であるということを互いに知らずにいたとしても、この段階で、新庄の方は気付いたはずだというのですよ。気づけば、当然、そのことを日登美に話したはずだというのです。ところが、手紙には、そのようなことは一切書かれていない。ということは、新庄が、すべてを知りながら、あえて隠していたということになる。これはおかしいというわけですな。隠すということは、そこに何か裏がある。
それに、たまたま評判を聞いて通うようになった蕎麦屋の若|女将《おかみ》が、実は、二十数年前に生き別れた従妹だったというのも、ご都合主義の三文小説じゃあるまいし、偶然にしてはできすぎだと達川は言うのです。これは偶然なんかじゃない。新庄は、はじめから倉橋日登美が自分の従妹であることを知りながら、それを押し隠し、ただの客を装って彼女に近づいたと考えた方が自然だというのです。
それともう一つ、『くらはし』に雇われたときの矢部稔の本籍地が、日の本村ではなく、群馬の桐生《きりゆう》市になっていたのも妙だと達川は言うのです。矢部は、母親と共に村を出て桐生市に移り住んだあと、本籍を移していたようなのです。これは、おそらく、矢部が日の本村の出身であることが分かれば、何も知らない日登美や秀雄はともかく、倉橋徹三に疑念を抱かれるのではないかと思い、『くらはし』に雇われるために、群馬の生まれであるかのように装ったのだと達川は言うのです。
新庄にしても、矢部にしても、なぜか、『日の本村』という村の存在を隠そうとしている。これは、この殺人の真の動機が、実はこの『日の本村』にあるからではないか。そう達川は考えたようです……」
「なるほど」
「しかしねえ、それだけでは証拠不十分というか、根拠が薄弱すぎますよ。倉橋日登美の手紙にしても、私はその手紙をじかに読んだわけではないので明言はできませんが、新庄が自分の従兄であることが書いてなかったからといって、必ずしも、そのことを知らなかったという証拠にはなりえませんからね。知っていて書かなかったということも考えられますし、矢部稔の件にしても、本籍を現住所に移す人はいくらでもいるし、何も出生地を隠すために移したとは限らない。
せめて、あの事件の生き証人ともいうべき倉橋日登美本人の口から何か聞き出せれば、話は別ですが、聞くところによると、倉橋日登美は、昭和五十三年の春に忽然《こつぜん》と村から姿を消したきり、行方はようとして分からないというじゃありませんか。これでは、裏の取りようがない。そんなわけで達川が持ち込んだネタは没にせざるを得なかったんですがね。その後、奥さんとも別れて、職にもつかず、かなり荒《すさ》んだ生活をしているらしいと聞いて、気にはなっていたんですがね。まさか、あんなことになるとは……」
小池はそこまで話して、大きなため息をついた。