笑林広記
恐妻家の役人が女房に顔をひっ掻かれた。翌日、役所へ出勤すると、知事が、
「その傷はどうしたのだ」
ときいたので、
「昨晩、外で涼んでおりましたところ、葡萄棚が倒れてきて怪我をいたしました」
とごまかしたが、知事は信用せず、
「その傷はおまえの女房がつけたにちがいない。主人の顔に傷をつけるとは不埒(ふらち)な女だ。さっそく捕手(とりて)をつかわし、捕えてこさせて処罰しよう」
といったが、そのとき衝立(ついたて)のかげで立ち聞きをしていた知事夫人、大いに腹を立てて、
「あなたッ!」
と呼んだ。知事はびっくりして恐妻家の役人にいった。
「危いから逃げろ。わしの家の葡萄棚も倒れてきそうじゃ」