応諧録
ある泥棒、なかなかわるがしこく、長いあいだ盗みを働いてきたが一度もつかまったことがなかった。このごろは年を取ったので仕事をやめていたが、その息子は、せっかくの父親の秘術が一代で終ってしまうことを残念に思い、毎日のように父親に秘術を伝授してくれとたのむ。だが父親は、
「伝授することなんかないよ。やればいいんだよ」
としかいわない。
ある夜、息子は金持の家の寝室へ忍び込んだ。大きな衣裳箱があって、うまい具合に鍵がかかっていなかったので、その中へかくれ、主人が寝込んでしまってから仕事にとりかかることにした。ところが主人は寝るときになって気がつき、その衣裳箱に鍵をかけたのである。息子は箱の中であれこれと思案したが、どうしようもない。夜がふけてくるにつれて、ますますいらいらしてくるばかり。切羽(せつぱ)つまった息子は、爪で箱を引っ掻いて鼠がかじる音をまねた。するとそれを聞いて目を覚ました主人が、鼠に衣裳をかじられたら大変だと思い、起きてきて鍵をあけ鼠を追い出すしぐさをした。息子はそのすきに衣裳箱からぬけ出て、逃げ帰った。そして父親に、
「父さんが秘術を伝授してくれないものだから、すんでのことで殺されてしまうところだったよ。もし鼠のまねを思いつかなかったら、いまごろはどうなっていたことか」
とうらみをいうと、父親はうなずいて、
「それでいいんだ。伝授することなんかないんだよ」
といった。