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パラサイト・イブ2-20

时间: 2019-07-27    进入日语论坛
核心提示:       20「麻理子ちゃんは寝てますよ」 廊下ですれちがった看護婦が、安斉重徳にそう声をかけてきた。安斉は軽く会釈
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        20
 
「麻理子ちゃんは寝てますよ」
 廊下ですれちがった看護婦が、安斉重徳にそう声をかけてきた。安斉は軽く会釈してそれに応えた。
 もうすぐ面会時間は終わりだった。どうしてもこの時間にならないと会社を抜けることができない。そして麻理子の病室で重苦しい時を過ごし、また会社に戻るということがこのところ続いていた。
 実際、安斉はときどき自分がなんのためにここに来ているのかわからなくなるときがあった。麻理子はまだ殻を被っている。安斉はなんとかして話をしようと試みたがすべて無駄に終わっていた。だが一方で、それは当然だと諦めに似た気持ちが浮かび上がってきているのも否定できなかった。こうして入院する前であっても、麻理子とほとんど話したことがなかったのだ。急に話をしようと思ってもできるものではない。
 ではなぜ自分はここに来ているのか。
 娘への義理で来ているのか。
 そうは思いたくなかった。だが会社にいるときのほうがよほど神経が疲れないということにも気づいていた。安斉は自分の気持ちがよくわからなくなっていた。
 病室の扉を開け、中を覗き込むと、看護婦のいったとおり麻理子はベッドで寝息を立てていた。
 安斉は麻理子を起こさないようにそっと扉を閉め、静かに進んでベッドサイドに座った。
 麻理子は心持ちこちらに顔を向けて眠っている。安斉はその顔を見つめた。
 こうして麻理子の顔を真っすぐに見るのは久しぶりだ。そのことに気づいて安斉はショックを受けた。毎日麻理子を見舞いに来て、ろくに娘の顔を見てもいなかったのだ。
 安斉は麻理子の顔をじっと見つめた。微かに開いた唇、閉じた瞼《まぶた》、そこから細く伸びる腱《まつげ》、まだ幼さの残る鼻、微熱のためかわずかに紅潮している頬。これまで気づかなかったが、麻理子は死んだ妻によく似ている、と思った。麻理子が生まれた当時はよく親戚に母親似だといわれたが、そのときはあまりその実感はなかった。だがこうして見ると、驚くほど面影が残っていた。
 自分はこれまでなにをしていたのだろう。
 そんな思いが込み上げてきた。安斉は項垂《うなだ》れ、両手で顔を覆った。息が詰まった。
 そのとき、麻理子が坤き声を上げた。
「……うう………ん」
 安斉ははっとして顔を上げた。
 麻理子が顔をしかめていた。まだ完全に目覚めていないのだろう、悪い夢でも見ているのか、しきりに腕を伸ばし、体の上にあるものを退けようとする仕草を繰り返す。苦しそうに身を振った。呻き声が大きくなる。
「麻理子、どうした」
 安斉は腰を浮かし、麻理子に触れようと手を伸ばした。だが麻理子が大きく反転し、手を払われてしまった。
「大丈夫か、麻理子」
 麻理子は悲鳴に近い声を上げ、ばたばたと足を動かし始めた。安斉は突然のことにどうしたらいいのかわからなかった。
「来ないで」麻理子が譫言《うわごと》をいった。「いや……。来ないで。来ないで……」
「麻理子、しっかりしろ、起きるんだ」
 安斉は必死で麻理子の体を押さえようとした。はやく夢を覚ましてやる必要があった。安斉はばたつく麻理子の手足をつかみ、大声で麻理子の名を叫びながら、発作を抑えようとした。
 突然、麻理子の体が跳ね上がった。
 その力の大きさに安斉は振り落とされた。床にしりもちをつき、呆然とベッドの上の麻理子を見つめた。
 ……何だ?
 麻理子の下腹部が海老《えび》のようにびちびちと踊っていたのだ。麻理子の体はそれに翻弄されていた。麻理子が自らの意志で動いているのではない。あまりにも動きが不自然だった。
「麻理子、起きろ! 起きるんだ!」安斉は大声で叫びながら麻理子の肩を揺すった。このままでは危険だった。安斉は必死で麻理子の耳元で叫んだ。「麻理子! 麻理子!」麻理子の動きが急に止まった。ゆっくりと目が開く。
「よかった!」思わず安斉は麻理子を抱き締めていた。
「……お父さん」
 麻理子はようやくそれだけいい、安斉の背中に腕を回してきた。
「よかった……よかった……」
 安斉はほっとして麻理子の頭を撫でた。
「……お父さんが……、助けてくれたの……」
「うなされていたんだ。どうなるかと思った」
「……あの人は……あの人はいなくなった?」
「あの人?」
「いまここへきた……あの……」
 まだ完全に夢から醒めていないようだった。夢と現実を混同している。
「誰も来ていない。お父さんしかいなかった」
「本当に……?」
「ああ、本当だ」
 ばたばたと音がして看護婦が入って来た。
「どうしたんです? なにか声が聞こえたので」
「麻理子がうなされていたんです」安斉が説明した。「なにかひどい悪夢を見ていたようで……」
「またですか」看護婦がわずかにうんざりしたような表情を浮かべた。
「また? いつもこんな調子なんですか」
「ええ、夜中によくうなされるんです。先生のほうからお話がありませんでした?」
「すこし聞いてはいましたけど……これほどまでとは思わなかった」
「一時期おさまりかけたんですけど、ここ一週間ぐらいからまたひどくなったみたいで……。点滴のチューブを取ってしまうこともあるんです」
「夜は誰もついていてくださらないんですか」
「手術直後のときは交替でついていましたけど、最近はさすがに……。定期的に様子を見に来てはいますが」
「そんな。私が看病しますよ。それならいいでしょう」
「いえ、それはご遠慮ください。ほかの患者さんにも迷惑がかかりますから」
 安斉は憤慨した。「しかしこんなにうなされているのを放っておくわけにはいきませんよ。こんなにひどいとは知らなかった」
 看護婦は困ったというように吐息をついた。
「とにかく今日はお引き取りください。もう面会時間も終わっていますから……。大丈夫です、先生のほうにもいっておきますし、わたしたちがもっと気をつけるようにします。どうかご安心ください」
「しかし……」
 安斉は看護婦と麻理子の顔を見比ベた。麻理子は虚脱したようにぐったりとベッドに身を沈めていた。
 結局、安斉は折れた。帰り支度を始める安斉に、しかし、麻理子は不安そうな視線を送ってきた。
「……こわい」
 ぽつんと麻理子がいった。安斉は胸を衝かれた。
「大丈夫だよ、明日またくるから」ようやくのことでそれだけいえた。
「……本当に?」
「ああ、本当だ」
 安斉は麻理子に微笑んでみせた。
 
「……われわれはこれまで、ペルオキシゾーム増殖薬であるクロフィブレートがラット肝においてミトコンドリア内の不飽和脂肪酸β酸化系酵素を誘導することを報告してきました……」
 浅倉佐知子はゼミ室で何度も原稿を復唱していた。明日は学会発表だった。今日のうちにすべて頭の中に入れておかなくてはならない。
 学会は明日から三日間、市内のイベントホールでおこなわれることになっていた。浅倉の発表は第一日目の午後五時二〇分からだった。一日目の一番最後の発表ということになる。利明は午後二時からの発表だった。一日目でポスターセッションも含め、この講座で報告を予定している者のうち半分が発表を終えてしまう。浅倉の発表が終わったら飲みにいこうという話が持ちあがっていた。
 利明が帰宅する前に練習を聞いてもらったときは痞《つか》えもせずに発表できたが、やはり不安が残った。誰もいなくなったゼミ室で、先程から浅倉は二時間ちかくも練習を繰り返していた。
 ひととおり諳《そらん》じたところで時計を見る。だいたい一四分前後でしゃべることができるようになっていた。これなら万一本番のときに痞えたとしても発表時間内におさまるだろう。
 少し喉が嗄れてきた。浅倉は椅子に座って一息ついた。もう真夜中だ。
 最近どうも疲れるようになってきた、と思い浅倉はひとつ伸びをした。まるで一日で二日分働いたように感じられてしまう。さほど無理をしているつもりはないのだが、帰宅して風呂に入っていると体に溜まった疲れが滲み出してくるのがわかる。
 記憶をなくすようになってからだ、と浅倉は思った。
 この十日ほど、ときどき自分がなにをしていたのか思い出せなくなることがあった。スライド原図をつくっていたはずなのに、いつの間にかクリーンベンチの前に座っている。そうかと思えば予定もないのにアイソトープ実験棟でラジオアイソトープを出している。そしてまた気がつくと机の前に座り、そしてスライド原図ができあがっているという具合だった。それは人がいなくなった夜中に起こることが多いようだったが、ときには昼間でも記憶を失うことがあった。この前の発表練習会のあと、みんなでケーキを食べたというが浅倉には覚えがなかった。どうなってしまったのか自分でもわからなかった。
 浅倉は大きく頭を振った。きっとなんでもないことなのだ。特に問題がおこっているわけではない。すこし気味が悪いが、他人に相談するほどのことではないように思えた。
「そうだ」
 浅倉は立ち上がった。細胞の継代を忘れていた。
 Eve1ではない。今回発表する実験で用いた細胞だった。学会が終わったあとも使うことがあるかと思い継代を続けていたのだ。今日あたりフラスコの中が満杯になっているはずだ。明日は朝から学会会場に行くので、今日中に継代しないと細胞は死滅してしまう。
 浅倉はよいしょと気合を入れて立ち上がり、ゼミ室を出て培養室に向かった。廊下の電気はすでに消えており、人気はない。
 培養室に入り、冷蔵庫を開ける。継代に必要な培地を取り出すためだった。
「………?」
 浅倉は首をひねった。
 培地の液量が少なくなっているのだ。
 一週間前に作った培地がほとんど底をついていた。浅倉はこの一週間は学会準備に追われ、細胞を扱う実験はあまりおこなっていなかった。わずかに一種類の細胞を継代しているだけだ。それなのに急激に培地がなくなっていた。
 培地は個々人が専用の瓶に入れて使用している。細菌汚染《コンタミネーション》を防ぐためだ。浅倉の培地を他人が使ったとは思えない。しかし現実にかなりの量が減っている。細胞の大量培養でもしないかぎりこんなに短期間で五〇〇ミリリットル近い培地がなくなるわけがない。
 なぜ少なくなっているのだろう。
 不思議に思いながらも、浅倉は瓶をクリーンベンチの中に入れ、用意を続けた。トリプシンやEDTAなど、他の試薬の量は変化がなかった。
 気のせいかもしれない。浅倉は深く考えないことにした。
 浅倉はクリーンベンチ内の用意が終わったところでインキュベーターへ行き、中から細胞を取り出した。
 扉を閉め、踵《きびす》をかえす。
「………」
 なにか奇妙な感覚に捕らわれて、浅倉は足を止めた。
 振り返る。扉が閉まっていた。いつも見慣れたインキュベーターだ。
 浅倉は手元の培養フラスコとインキュベーターを交互に見比べた。なにも変わったところはない。だが、なにかがおかしかった。
 インキュベーターの中を見た記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。
 そんなはずはない、そう思って浅倉は頭を振った。いまさっきこうしてフラスコを取り出したではないか。
 だがいくら頭を絞っても、インキュベーターの中がどうなっていたのか思い浮かベることができなかった。
 ……どうかしている。
 浅倉は苦笑した。
 早々に継代を終わらせて帰る必要がありそうだった。疲れをほぐさなくてはならない。明日は発表なのだ。
 浅倉はクリーンベンチの前に座り、アルコールで手の消毒を始めた。
 
 彼女は現状に満足していた。
 今や彼女は、初めて培養液の中に浸ったときとは比べものにならないほどの進化を遂げていた。宿主は完全に彼女の思いのままだった。それどころか、本来なら外部から受け取らなくてはならないはずのシグナルも、ほとんどは彼女自身で産生することができるようになっていた。分子生物学者たちがFosやJunと呼んでいるシグナル伝達物質、あるいはシグナルの受け渡しに必要なプロテインキナーゼなどを、すでに彼女は思いのままに操れるようになっていた。それらの多くにはミューテイションを施し、外部からの刺激がなくとも活性化するように修飾していた。必要とするタンパク質を必要なだけ誘導し、また作用させることが可能になったのだ。自分の思いどおりに宿主を操ることができるということは、この上なく愉快だった。
 彼女は研究室という環境に満足していた。ここには進化のために必要なものが揃っている。ただし最初からうまくいったわけではなかった。彼女は幾つものコロニーに分裂し、そのそれぞれに異なった刺激を与えていた。あるコロニーはUVランプを浴び、あるコロニーはメチルコラントレンやDABといった発癌剤をその身に取り込んだ。ほとんどのコロニーは死滅した。あるいは生き残っても彼女の思惑とは関係ないミューテイションを起こしていた。彼女はこの一週間で試行錯誤を繰り返した。あらゆる組み合わせを実行した。そしてすこしでも優れた株ができればそれを増殖させ、さらに刺激を与えた。このところ夜は研究室に人がいなくなるので彼女は大胆に振る舞うことができた。浅倉という女に取り付いた彼女の一部が、彼女の進化を助けてくれた。この一週間、研究室と培養室は崇高な進化のための最終実験場と化していた。
 これまで十数億年ものあいだ、この日が来るのを夢見て耐えてきたのだ。宿主にいわれるままに、単純なエネルギー産生作業に従事してきた。宿主は餌《えさ》さえ与えれば彼女がいつでもエネルギーを造ってくれると思い込んでいた。宿主は彼女を支配したと信じて疑わなかった。その自惚《うぬぼ》れが、はじめからの彼女の計算だということに気づきもしなかったのだ。
 宿主は進化していった。単細胞であることを止め、多細胞生物の道を選択した。個々の細胞の役割を分担させることで、効率的に運動し、餌をより多く摂取するようになった。餌を捕るためには素早い神経伝達が必要となる。宿主はやがて陸に上がり、知性を獲得し、文明を築くようになった。すべては自分たちの力だけで進化してきたと考えている。なんと単純なゲノムなのだろう、彼女は心の中で失笑した。
 宿主がここまで進化できたのは、彼女が寄生したからではないか。彼女が莫大なエネルギーを提供したからではないか。それまで酸素に触れることもできず、ひっそりと暮らしていた弱々しい生き物を、好気性に変え、運動という強力な武器を与えてやったのは彼女ではないか。彼女は宿主が十分に進化するまで、従順な奴隷を演じ続けてきただけなのだ。支配されたふりをしてきただけなのだ。彼女を本当に理解してくれる男が現れるまで待っていただけなのだ。
 そして今、ようやく彼女の前にその男が現れた。
 永島利明。
 彼ほど彼女のことを理解してくれる学者はいない。彼は近い将来、彼女に関する第一人者となるだろう。彼女についての研究は、彼が世界をリードしてゆくだろう。彼によって彼女の真実が次々と明らかにされてゆくだろう。彼女にはそれがわかった。彼こそ彼女と結ばれるにふさわしい男だった。
 彼女は聖美が持っていた記憶を再生し、利明と交わったときのきらめくような快感を思い出して身を震わせた。そうだ、あのとき利明は聖美を愛していたのではない。
 わたしを愛していたのだ。
 彼女はそう思った。
 失神しそうなほどのエクスタシーが彼女の中を閃《はし》り抜けた。
 彼女はよがり声を上げていた。そして自分が発声しているということに気づき、深い喜びを覚えた。その喜びが快感を増幅させた。彼女は長く、長く、声を上げた。はじめは微かに培養液を震わせるだけだったその音は、やがてはっきりとした人間の声に、日本語になっていった。喘《あえ》ぎ声は次第に高らかな胱惚の声へと変わっていった。素晴らしい、と彼女は思った。なんと素晴らしいことだろう。
 すベての準備はととのった。
 あとは利明と契りを交わすだけでいい。
 彼女は一気に自分の力を解き放った。核遺伝子を最大限に利用し、宿主を増殖させていった。すぐにフラスコの容積一杯まで増えることができた。窮屈になり、彼女はフラスコの蓋《ふた》を内側から回して外した。そして外界へ出た。インキュベーターの中は暖かく、湿っていた。培養液の中に浸っているよりは居心地が悪かったが、それでも適度な温度と湿度が宿主の体を優しく包んでくれた。もっと声が出せるように、彼女はまず喉と口を造った。さらにふたつの肺を作成した。大きく息を吸い込み、酸素を取り込んで電子伝達系を活性化させた。そして一番いいたかった言葉を、ゆっくりと、区切るように発音していった。
「ト。シ。ア・キ……」
 愛する男の名を呼べたことに彼女は感激した。以前は利明の中に存在する彼女の姉妹に刺激を送り、利明の脳細胞で彼女の声を再生してもらうことしかできなかった。だがいまは違う。はっきりと、自ら声を出すことができる。利明の名を大気を震わせて呼ぶことができる。
 さらに彼女は増殖し、自らの姿を作り上げていった。利明が最も喜ぶはずの姿、かつての彼女の宿主である聖美。それは利明に愛されることだけを目的として彼女が宿主に改良を加えていった姿だった。利明にとって完壁な女性であるはずだった。すでに増殖した細胞はフラスコを呑み込んでしまっている。彼女は宿主細胞の形態を複雑に分化させていった。
 彼女は感じたかった。まず利明から愛撫を受ける部位をなによりもはやく造りたかった。彼女は唇を造った。利明はこの唇が好きだった。何度も何度も利明と口づけを交わした唇だった。続いて彼女は乳房を造った。柔らかな、完全に半円球の乳房を盛り上げてゆく。その頂上に向けて神経細胞を集中させる。そしてついと突起を起こす。狭いインキュベーターの中ではひとつ造るのが精一杯だった。だが彼女は満足した。利明の指が触れる瞬間を想像して彼女は身震いした。そして彼女は中心部をくびれさせ、膣《ちつ》と子宮を造った。襞を幾重にも折り、強弱をつけ、利明に喜んでもらえるようにした。最後にそのそばの部分を細長く隆起させて指を造った。
 彼女はその指先で自ら造り上げた部分に触れ、その感触を楽しんだ。すでに鋭く勃ち上がった乳首は最高の感度を示した。彼女は喘いだ。これでいつでも利明と交わることができる。
 別れた彼女の妹は健在だった。男の宿主は彼女には必要なかったため、こちらに侵入した妹は早いうちに死滅してもらうことにした。だがもう一方は重要だった。レシピエントのうちのひとりが女であったことは彼女にとって好都合だった。もしレシピエントの両方が男であったならば、彼らを操って適合する女のリストを検索させようとも考えていたのだが、その手間は省けたことになる。まだ十四歳という若さが気になったが、それでも女性であることに変わりはない。「女」でさえあればいいのだ。
 彼女は妹からの鼓動を受け取ることができた。まだ妹たちは最終的な進化のプロセスを経ていないため、かつての彼女と同じように、自らの力ではほとんど宿主の形態を変化させることはできない。だが彼女への信号を送ることはできた。彼女はそれによって妹がどこにいるかを正確に把握することができた。まだ生き延びてもらわなければならない。そうでなければ彼女の計画は完全にならない。聖美を腎バンクに登録させた意味がなくなってしまう。
 もうすぐだった。もうすぐ彼女は女王《クイーン》になれる。彼女は愛撫を続けながらその考えに陶然としていた。
 もう宿主の奴隷ではない。彼女が征服者《マスター》だ。核が奴隷《スレイヴ》になるのだ。彼女はもう自らの力で娘を造ることもできる。娘は彼女よりもさらに完壁な生命体であるはずだった。彼女の娘こそ、新世界のイヴとなるのだ。
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