パリの楽しい旅は続く。
パリはいい男と歩いても素敵であろうが、ひとりで歩くのにも適している街だ。街が小さく、メトロに乗るコツさえつかめばどこにだって行ける。メトロに乗らなくても、地図を片手にてくてく歩くのが、これまた楽しい。街中どこへ行っても綺麗《きれい》な街並みが続いているし、いたるところ可愛い教会やお店がある。つまり街全体が見どころなのである。
疲れたらカフェの椅子に座り、ギャルソンに告げる。
「カフェ、シル・ブ・プレ」
昔はこのカフェに入る時は、ちょっと緊張したものであるが、今や東京のいたるところに出来たからすっかり慣れてしまった。なんかオー・バカナルにいるような気分である。
それにしても、パリはなんて旅行しやすくなったんだろう。私がこの街に初めてやってきたのは、すんごい大昔、二十六年前のことだ。英語を使おうとすると、フランス語でまくしたてられ、商品にちょっと触れようものなら「ノン」とぴしゃりとやられる。もうおっかないことといったらない。最後の方になったら外に出るのが嫌になってしまい、ホテルの部屋で本を読んでいたっけ。
それがこの頃じゃ、どこへ行っても英語が通じる。向こうもヘタなもんだから、お互いむずかしいことは言わず、わかりやすい単語を選んで、グッド・コミュニケーション。
おまけに店員の親切になったことといったらどうだろう。この私が言うんだから、間違いない。格調を誇るどこの本店でも、日本人に対して、昔みたいな失礼なことをしない。バブルの時もこれほどじゃなかった。これはいったいどういうことなのだろうかと、私なりに分析した。
「つまりこういうことよ」
私は友人に言った。
「不景気で、いったん日本人が遠のいたでしょう。その時、我々がどれだけ売り上げに貢献していたか、身をもってわかったんじゃないかしら。ああ、何のかんのいっても日本人は大切なんだって」
それともうひとつ、日本人が変わったことも挙げられよう。
私が観察したところ、パリでいちばん目につくのは女の子の二人連れだ。この体制がいちばん買い物しやすいからかもしれない。みんなおしゃれをして可愛い。マナーもちゃんとしている人が多い。
何よりも見た目がキレイなもんだから、みんなから好感をもたれやすいよね。ハイキングみたいな格好をしたおばさんグループなんかよりも、ずっといい。
今日はサントノーレでお買い物。ホテルから歩いてきたらすっかり迷ってしまい、疲れ果てたところに美術館が出現した。貴族の館を改装したものらしい。パリの館っていうのは街中にもあって、車がぴゅうぴゅう走る道路に接した扉を開けると、ものすごく広い庭園が広がっていたりする。まるでSFみたいだ。ここの美術館にはティーサロンがあったのでさっそく入る。ゴブラン織りのタペストリーの下でいただく紅茶とケーキのおかげで、すっかり優雅な気分になったのはいいけれども、もう疲れて歩けない。タクシーを拾って、いざ、エルメス本店へ。
実はここに来る前、知り合いのスタイリストの人から頼まれていたのだ。
「ハヤシさん、バーキンを買ってきてくださいよ。ハヤシさんだったら、すぐ手にはいるでしょう」
そんなことはない。この前行った時は、たまたま茶色のバーキンが一個残っていたのであるが、お店の人に聞いてもすべてソールドアウトということだ。
「クロコダイルだったら、ございますけど」
とーんでもない。おそろしくてあんな高いものは買えない。大地真央さんにまかせておこう(意味がわからない人は、女性週刊誌のグラビアをこまめに見てね)。
「ここにいらっしゃる日本人の方は、みんなバーキンを注文なさいます」
店員さんも驚いていた。
私はこのところの日本人のバーキン熱がよくわからないのである。「ヴァンサンカン」や「クラッシィ」を読んでいる人ならわかる。しかし「アンアン」の読者のように、センスと反骨精神があり、お金のかかったオバさんファッションを心から軽蔑《けいべつ》している人、普段はアヴァンギャルドな格好をしている人まで、みいんなバーキンを欲しがる。
なんでもどうってことのないパンツとセーターに、バーキンを合わせると可愛いんだそうだ。可愛いったって、日本で買うと六十万円もするバッグだよ。着倒していくような値段じゃない。
今後、日本人女性とこのバーキンとの関係について、もっと深く考えていくつもりである。
そういえば、と私は思い出す。三年前にここに来た時、私は革のジャケットをオーダーした。が、今まで一度しか着ていない。そう、エルメスで買うっていうことで満足しちゃって、もうそれで完結したわけね。ブランド品ってこういうもんかもしれないね。