テツオとフグを食べに行くことになった。フグはおいしい。おいしいが高い。だからたまにいただくことになると、平常心を持てなくなる私。それにさ、こういうことを言うとイヤらしいけどさー、私、フグはみみっちいことをしないで、三、四切れいっぺんに食べるのが好きなのよね。
それは、おととしのことであった。テツオを含めて三人で、ものすごい高級フグ屋に行った。けれども私以外の人は、遠慮してフグ刺しになかなか手を出さない。きれいな大皿に花びらのように飾ってあるお刺身が、だんだん乾いていくのが私は耐えられなかった。だから箸《はし》で何切れも取ったの。その時のことをテツオは未《いま》だに憶《おぼ》えていて、私をイジめる材料にする。
「�フグのメリーゴーランド喰《ぐ》い�というのを初めて見たよ。箸をこう回してさ、45度分ぐらいのフグ刺しをつかんじゃってよォ」
が、今日はお行儀よくしなくてはいけない。
私たち以外に、評判の美女A子さんが一緒なのだ。A子さんは美しいことも美しいが、モテることでも有名である。あんまり人に言いふらさないタイプであるが、ものすごい成果をあげているらしい。
まずはビールで乾杯。その後はヒレ酒を頼む。ぐいぐい飲むA子さん。飲みっぷりのいいことも、いい女の条件である。いっぱい飲んで、適度に酔い、適度にかわいくなり、適度に男にからむ。
芸能関係の人に聞いた話であるが、これをやらせたら大竹しのぶさんが天下一品だそうだ。皆でお酒を飲んでいる時、料理のお皿をみんなで回して食べるとする。すると大竹さんは、一座の中で気に入った男の人を、集中してイジワルするんだそうだ。
あー、私の分も食べてひどいわー。ちゃんと分量考えないで、そんなにどっさり取るなんてデリカシーないわー、とかねちねち言うんだけど、それがものすごくかわいいというのだ。
「女の私でも、くらくらしちゃうんだから、男の人なんかたまんないと思うわ」
ふーむ、このテ、ちょっと使えそうな気がする。ひとりの男をコレ、と決め、満座の席でいびるというのは高等技術だが、少しずつ練習していこう。
それはそうと、ちょっと酔っぱらったA子さんは、テツオに目をつけ始めた。
「テツオさんって、やっぱりハンサムねー、特に唇がいいのよねー」
「そうですか」
照れて答えるテツオ。
「そうよォ、そのぶ厚い唇、なかなかセクシーよ。女の人にもよく言われるでしょう」
言われませんよ、とテツオは答えていたが、まんざらでもない気分だったらしい。帰りのタクシーで二人きりになった時にしみじみと言う。
「モテる女っていうのは、躊躇をしないんだ」
つまりためらったり、余計な演出をしたりしない。その時思ったことをすぐ口にする。相手の男がどう思おうとへっちゃらだ。自信があるから媚《こ》びる必要もない。思ったことをさらりと口にし、これがまたサマになるのである。
私だったら、
「唇がセクシーね」
とやはり男に言えない。相手がテツオでも言えないかも。気があるように思われたらどうしようかと、あれこれ考えてしまうのだ。その点、モテる女の人というのはとてもストレートである。私は同性にはわりとはっきりモノを言えるのだけれども、男の人にはヘタに気を遣ってしまう悲しいサガである。
そういえば大昔のことになるが、一世を風靡《ふうび》したドラマ「東京ラブストーリー」の中で、リカがカンチに向かって叫ぶ。
「ねぇー、セックスしようよー」
というのは、女のコたちに受けに受けた。
が、リカちゃんがイマイチの顔とプロポーションだったら、あんなことが言えたであろうか。ああいう風に叫ぶからには、やはりかなりの自信があるに違いない。
庶民レベルの女は、どうやったらストレートかつ素直になれるのであろうか。私はプラス方向の言葉なら、少々|不躾《ぶしつけ》でもすぐ口にすることを、この頃心がけている。
「わ、ステキな人」
「ま、キレイな彼女ですね」
という言葉が、自然に品よく出てきたらしめたものだ。ヘタをすると、オバさんっぽくなるから気をつけなきゃね。究極はA子さんのように、男の人の体の一部、唇だとか手を誉めても、イヤらしく聞こえないようにすることであろう。これは修業の足りない女が、めったに出来るもんじゃない。
では私も勇気を出して、ストレートに言ってみようではないか。
「テツオさーん、もう一回フグをおごってくれー」
食べもの関係ならすんなり出てくる私であるが、なんか情けないような気がしないでもない。