北川悦吏子さんとサイモンさんの三人で、夕ごはんを食べることになった。三人とも忙しいのでこうして会うのは久しぶりだ。二人ともお金持ちのくせに、今年まだフグを食べていないという。それで私のよく知っている比較的安いフグ屋さんに行くことになった。もちろん割り勘です。
キャッキャッとはしゃぎながら、フグの刺身をつつく私たち。「ビューティフルライフ」が絶好調の北川さんに、私とサイモンさんはいろいろとねだる。
「ねえー、私たちのこと、キムタクに髪を切ってもらう美容院の客ってことで、特別出演させてもらえないかしらねえ」
ちなみに北川さんは、私とサイモンさんを見て、世の中の人っていうのはこういう風にミーハーなのかといつも感慨にうたれるそうだ。とはいうものの、親切な北川さんはその場で笑ってごまかしたりはしない。
「うーん、残念だけど、あと最終回一カットだけで終わっちゃうのよ。残念だったわねー」
「じゃー、ロケなんか見に行きたいわっ」
と私。
「私だけで行くと、『そこの通行人、邪魔、邪魔、どいて』っていうことになるけど、脚本家の北川先生と一緒だったら奥の方へどうぞ、っていうことになるんでしょう。キムタクやトキワちゃんとも会えるかもしれない」
実は私、キムタクの勤める美容院がどこにあるかも、ちゃんとわかっているのだ。それは表参道のまん中あたりにあるファッションビルの一階である。いつもはタオルショップになっているのだが、ロケの時は美容院の入口らしく変えるらしい。どうして私がこうしたことまで知っているかというと、昨年まで原宿に住んでいたからである。ああ、十五年間住み慣れた原宿はよいところだったとつくづく思う。テレビや雑誌の撮影がしょっちゅう行われていて、目を楽しませてくれた。買い物は近くに穏田商店街があり、ちょっと足を延ばせば紀ノ国屋スーパーマーケット。今日の対談に着ていく服がない時は、「ザ・ギンザ」に飛び込めばたいていのものは揃った。エステや美容院にも歩いていけたし、気に入りのカフェやレストランもいっぱいあった。
ちょっと離れた街に引っ越したのであるが、ここは静かな住宅地で駅の方へ行けばしゃれた店がちらほらあるものの、とても原宿とは比較にならない。原宿からだと麻布や六本木へはタクシーでひとっとびであるが、私の住んでいるところからは電車を使うことになる。時間もかかって、あちこち行くのにかなり億劫《おつくう》になってきたのである。
だけど目の前にいるサイモンさんを見よ。あんなにお金持ちで、都会派の作品を書く彼女であるが、練馬区|石神井《しやくじい》に住んでいるではないか。しかもあそこが大好きで、引っ越す気などないらしい。私はちょっと意地悪な気持ちが起こり、おいしそうにフグの唐揚げを食べているサイモンさんに尋ねてみた。
「ねえ、石神井にフグ屋さんってある?」
「ないわよ、そんなもん」
サイモンさんはきっぱりと言った。
「だけどね、フリーマーケットはいっぱいあるわよ。私と仲のいい奥さんが最近、店を開いたんだけど、私の十年前のスーツやジャケットがもの凄《すご》い人気で、すっかり嬉《うれ》しくなっちゃったわ」
十年前のものでも、一万円くらいで売れると聞いてびっくりした。私は服の処理に困り、友人の姉妹、あるいは、彼女の知人とかいう会ったこともない人たちに貰《もら》っていってもらう。
「そんなのもったいないよ。少しでも、お金になるよ。まとめて出せば、新しいジャケット一枚ぐらいになるんだからさぁ。今度私のところへ、宅配便で送ってよ」
「いいな、いいな。私もそうしてもらおう」
と北川さん。北川さんも洋服をどうしていいのか、わからないんだそうだ。
私は二人にこんな話をした。このあいだの日曜日の午後、テツオがふらりと遊びにやってきた。実は彼と私のうちは、とても近い距離にあるのだ。歩いてもこられるぐらい。
「約束のもんを、渡してもらおうじゃん」
実は「アンアン」三十周年記念の「誌上チャリティ」に出した私のバーキンは大反響であった。憶《おぼ》えていると思うが、このあいだやはり誌上バザールで、エルメスの別のバッグを供出させられたばかりである。どれもパリの本店で買ったレアものなのに、二束三文で売らなくてはならないこのつらさ。しかも今度はチャリティなので、売れたお金は全部どこかに寄付される。私のところには一銭も入ってこない。
「バーキンは、これからも使えそうだからイヤ」
と私が言ったら、
「あんたも、往生際が悪いねー」
とテツオが凄み、傍にいた夫も、
「テツオさんにはいつもお世話になっているんだから恩返ししなさい」
などと口添えするもんだから、私は泣く泣くバーキン(あんまり使わない茶色)を渡したのである……。
「ふぅーん、かわいそうねぇ……」
サイモンさんと北川さんが言った。私も何だか腹が立ってきた。それで「近いから、フグの雑炊の頃には参加したい。TELくれ」というテツオを無視することにした。私はバーキンの恨み、テツオは私に対してフグの恨み(「モテる女は躊躇《ちゆうちよ》しない」参照)がある。これでおあいこ……のはずないか!