テツオは、私によくこう言う。
「ブスは伝染《うつ》るけど、美人も伝染《うつ》るからな。気をつけなきゃ駄目だよ」
つき合う人に気をつけろ、ということらしい。が、このかね合いはなかなかむずかしい。なぜなら庶民レベルの女が、すっごい美女と一緒にいると結構世間の目は冷たい。美女の方には、
「自分より落ちる女を、家来に従えているんだな」
という視線があるし、落ちる女の方は、
「卑屈でイヤな女だ」
ということになってしまう。
ところで最近私は、評判の美女ヨーコさんと仲よしになった。一緒にお稽古《けいこ》ごとをしているので毎日といっていいぐらい会っている。
この時は、着るものにものすごく気合いが入る。
仲のいい女友だちと会うというと、もちろんカジュアルなのであるが、ちょっとおしゃれで今年の味つけがしてなくては困る。私は居職(つまり家で仕事をしていることね)の女なので、普段着にはかなり手を抜いていたといってもよい。外に着ていくスーツとジャケットといったものにはうんとお金をかけ、どっさり持っているが、カジュアルはチープなことが多い。
ヨーコさんは私に言った。
「女がもらいもののTシャツを着ちゃ、いけないわ」
「あら、そうかしら」
とドキリ。私はよそいきのTシャツは、白いプレーンで上質のものを着るけれど、家にいる時はいつももらいもんプレミアムTシャツ。胸に出版社の名前が入ったものも平気で着る。ヨーコさんは言った。
「私はいつも夏になると、一万五千円から二万円ぐらいのTシャツを三、四枚買うの。そしてそれは必ずクリーニングに出すわ。そうしたら、いつもぴしっとしたのを着られるじゃないの」
「うへー、Tシャツをクリーニングに出すなんて」
と驚いたのであるが、考えてみると私も結構高いTシャツは買っている。が、それがすぐによれよれになるのは、うちの洗濯機でまわすからであろう。ワンシーズンだけクリーニングに出し、最高の状態で高いTシャツを着るというのは必要なことかもしれない。
「次のシーズンが来たら、うちで洗ったりもするの。だけど新しいうちは大切に扱ってやらなくっちゃ」
彼女のアドバイスに従って、Tシャツをクリーニングに出したところ、いつでも新品の状態で着られる。気持ちがいいったらありゃしない。
そのうちヨーコさんは、私のバッグに我慢出来ないと言い出した。私はお料理教室で使うタッパーを入れる、大きめのトートバッグを持ち歩いている。緑色のちょっとヤングミセス風のものね。彼女はそれを見るととてもイヤな気分になるそうだ。このあいだ二人で買い物に行った時、ヨーコさんはジル・サンダーの黒いトートを私の前に置いた。
「今日からこれに替えてちょうだいね」(もちろん、私が払いましたけど)
それだけ、ではない。ヨーコさんの服のサイズは36で、これなら何だって着られる。私は試着室の前で彼女を見るたび、絶対にダイエットを続けるのだと心に誓うのである。
自分で言うのもナンだけど、この頃の私は確かに変わったと思う。うちにいる時も汚い格好やおばさんっぽいものは絶対に着ない。パンツに明るい色のカーディガン、Tシャツ(これはうちで洗う)といういでたちである。これまでだったら、古い型のパンツでも、買った時に高かったという理由で着たりしていたが、もうそういうことはしない。ちゃんとお化粧もする。ごく少量ではあるが、美人の菌が私にも付着したような気がするの。これからは頑張ってこの菌を培養させなきゃね。私はそのためにも恋という栄養はとても必要だと思う。そーよ、そーよ、美人によって付着した菌は、男の視線によってどんどん繁殖していくのよ。
最近私が週に一回、専門の先生に来てもらってダイエットしていることは既にお話ししたと思う。今のところ体重はそんなに減らないが、体型はどんどん変わっている。このあいだ買ったパンツがゆるくなってきたのだ。私はそんなに多くのことは望んではいない。ただこちらを熱っぽく見てくれる男性がひとり欲しいだけなのである。
ちなみにヨーコさんは二年前に結婚した(再婚か)。私が彼女くらい美人でモテまくっていたら、結婚なんかしないで男の人にちやほやしてもらいたいと思う。ダンナの夕食をつくる代わりに、いろんな男の人とめくるめくような恋をするのよ。
が、ヨーコさんは言う。
「ひとりの人と愛し愛されて、うちの中で恋愛するって最高にステキなことじゃないの」
私はその気持ちがよくわからないわい。ただ「痩せたい、キレイになりたい、モテたい」と、この三つのことしか考えていないのである。
ま、そんなことはどうでもいいの。以前ほど美女といても、そう緊張したり、ドキドキしなくなった。さりげなく泰然と人と接し、イヤな男にはちょっと意地悪をする。こんな美女のふるまいが、私にも、ちっと出来るようになったのかしら。そーよ、雰囲気だけは確かに掴《つか》んだのよ。