デパートの商品券が、三万円分貯まった。
そんなわけで、新宿のデパートに買い物に出かけることにした。
ふだん私は、デパートにあまり行かない。なにしろ、家を出ると表参道であるからして、歩いて行くブティックやセレクトショップを利用している。こまごましたものは、紀ノ国屋とか商店街でこと足りる。
デパートが好きな人はオバさん、という固定観念がなんとはなしにこびりついているのは、偏見でありましょう。
それにしても、この三万円はすごく嬉《うれ》しい。もちろん私はもっと高価な洋服をパッパッと買うこともあるけれど、カードを使ったりするよりも、もっとわくわくする。よく懸賞で、
「十万円、デパートでお買い物」
などという企画があるけれど、あの当選者の気分かしらん。
私がまず行ったところは、ホビー売場の手芸用品コーナーである。つい先日のこと、ひょんなことから編み物を始めた。編み物をするなんて、二十何年ぶりぐらいであろうか。その昔高校生の時、好きだった男の子からラグビーの腰紐《こしひも》を編んでくれといわれたことがある。ラグビーのパンツがずり落ちないようにするために、毛糸の紐をきゅっと締めるのである。ラグビーは相手と激しくぶつかり合う競技なので、普通のベルトは使えないらしい。柔らかい毛糸のものとなる。
当時私のいた高校で、ラグビー部の男の子は花形であった。その腰紐を編むというのは、ステディの証《あかし》である。私はもちろん大喜びで編んだ。しかしうちの母親がケチで、余りの毛糸しかくれなかったため、緑とピンクの変な配色になったのは、かえすがえすも残念であった……。
その後も何枚か好きな男の子のため、マフラーを編んだもんだわ。ある統計によると、女からもらっていちばん困ったものは、手編みのマフラーやセーターだという。けれども女というのは、そんなことはお構いなしに、編みたくなる時があるものだ。相手がどう思おうと、とにかく編みたい! という衝動に駆られるのだ。
その発作が久しぶりにやってきた。雑誌を読んでいたら「初めてでも、誰でも編めるベスト」というのが出ていたのだ。「誰でも」という文字は私を誘うかのようであった。その雑誌社に電話をかけ、通販で毛糸を取り寄せたのが一週間前のことだ。長編みも細編みもすべて忘れていたが、何となく針を動かしていたら、それらしきものが出来たではないか! これには、夫も驚いていた。
飽きるまでは、他のことはすべてほっぽり出して夢中になるというのが、私の性格である。私は、今度は模様編みに挑戦することにしたのだ。一度もしたことはないけれど、たいていのことは入門書を読めば出来るようになっている。ホント。
私は手芸売場で何冊かの本を選び、それに出ていた毛糸玉を買ってきた。毛糸の買い方も知らないので、店員さんに選んでもらう。
そして隣りのレター売場に出かけた。私はこう見えてもかなり筆マメである。いただき物があったり、お世話になったり、私のことを讃《たた》えてくれるファンレターには、かなりの確率で返事を出すようにしている。が、これにもムラがあり、一生懸命書く時と、しばらくほっとく期間がかわるがわるやってくる。今はお歳暮の季節なので、わりと筆マメのシーズンかもしれない。
ここでレターセットや、鳩居堂《きゆうきよどう》のハガキを三十枚ほど買い、次は家庭用品売場へ行く。冬のスリッパがボロくなったので、新しいものを買うためだ。ボアがついた、ピンクのスエードの、それはそれは可愛いスリッパがあった。五千八百円とスリッパにしては高いが、エイ、という感じで買う。商品券を持っている強味であろう。
それでもまだ商品券は余っている。最後は化粧品売場へ行き、クラランスのボディオイルを買った。私は最近、ここのボディケアに凝っているのだ。オイルをつけマッサージをし、最後は冷たいシャワーで引き締める。マガジンハウスから出版されているクラランスの社長が書いたビューティブック(『美しい生命』)によると、
「三十歳を過ぎたら、熱いお風呂には入らないようにしてください」
と書いてあった。皮膚のたるみの原因となるからであろう。が、私は日本人なので、やはり熱いお湯をたたえたお風呂に入りたい。ハーブの入浴剤を入れ、雑誌を読みながらお湯につかるのが、私の至福の時である。が、お肌がたるむのは嫌だから、このところオイルマッサージと冷水シャワーを実行しているのだ。
ボディオイルを買ったら、商品券は二千円分を残すだけになった。これはしばらくとっておこう。
それにしても毛糸とボアのスリッパの包みはとてもあたたかい。そうよね、幸せってこういう小さなぬくもりから始まるのね、と私はしみじみ思った。
夏は、若いというだけで輝いて誰もが幸せに見える季節だけれど、冬は幸せな人とそうでない人の差がはっきり表れる。だから努力しなくっちゃね。小さなことを大切にして、他人をあんまり羨《うらや》まない。パークハイアットにお泊まりして、彼とクリスマスを過ごす友人がいるけれど、何ぼのもんじゃい! と思いたい。