先祖供養ダイエット
桜島の石灰岩でつくったキンゴ・キンゴのことは、先週お話ししたと思う。これは洗いあがりはさっぱりするが、年増で乾燥肌の私にはちょっときつい。
この他にも通販で買った×××など、私の化粧台のまわりには使いかけの化粧品がゴロゴロしている。コスメ・ライターになれると思うぐらい、私はいろんなものを試す時期があるかと思えば、すぐに飽きてそこいらにある残りものを無造作に使う時がある。
このあいだ、愛用しているリキッドが切れたのでRMKRUMIKOの売り場へ行った。誰でも覚えがあると思うけど、めあてのものを一コ買って、店員さんがレジに行く。その隙に大急ぎでいろんなものを試しちゃうのよね。店員さんがいるところだとやりづらい化粧直しも、堂々とする。そして鏡を見た私は、ひえーっと小さな悲鳴を上げた。
このところ肌のお手入れをないがしろにしたため、ファンデーションが浮いているではないか。明るい照明の下で見ると、シャネルのピンクのアイシャドウがまるっきり似合わない。
いけない、この私が、『美女入門』を書いたハヤシマリコが、こんな汚い化粧でデパートを歩くなんて。お肌は基本、というのがかねてよりの私の持論ではないか。私は顔立ちを誉められたことはないが、肌だけはよく誉められる。肌が整っていれば、薄化粧でOKだし、あか抜けた印象になるというものだ。
それがどう、ちょっと手を抜いたらこんなガサガサお肌になるなんて。私はさっそくエステを予約した。このところ忙しくて、ずっとサボっていたのである。
「ハヤシさん、この頃肌がくすんできたわね。前のピッカピカの肌はどうしたの?」
ベッドに横たわるなり、エステの先生に叱られた。が、いつものとおりマッサージしてもらいすっごくいい気持ち。うとうとし始めた私の耳元で、先生は急に低い声になった。
「ねえ、ハヤシさん、キレイになりたい?」
「なりたい、なりたい」
そりゃ、もう。
「あのね、私、信頼しているお客さんにしかお話ししていないんだけれどもね、マイナスの気を取り払うために、先祖供養してもらっているのよ」
「センゾクヨー?」
「私たちの肌がくすんだり、疲れやすくなるのは、みんな気がうまく働いてないからなのよ。これをよくするためにはね、一生懸命お祈りして、先祖を供養しなきゃいけないのよ」
なんだかおかしな話になってきたぞ。私は占いが大好きだけれども、こういう宗教系は苦手である。うんと若い時、面白半分に新興宗教に近づいていろいろ見たことがあるから、決して喰わず嫌いではないつもり。ただ、めんどうくさいことが、ノーサンキューなのだ。
しかし私は、次の言葉に反応した。
「ミカちゃんも先祖供養してもらって、七キロも痩《や》せたのよ」
ミカちゃんというのは私の知り合いで、彼女もこのエステに通っているのである。
「痩せる神さまがついてくれているんで、どんな節食をしても、まるっきり苦しくなかったんですって。一ヶ月であっという間に七キロ痩せて、もう服がぶかぶかなんですよ。ウソだと思うなら、ミカちゃんに聞いてごらんなさいよ」
私はさっそくミカちゃんのケイタイに電話をかけた。ミカちゃんは顔はややふっくらしているものの、ものすごくいいプロポーションである。あれ以上痩せたら、どうなるんだろうか。
「あら、マリコさん、久しぶり」
急激に痩せたのに、ミカちゃんは元気そうだ。七キロ痩せたのは本当だと彼女は言った。
「絶食したんですよ。痩せる神さまがついてるなんてウソ。すっごくつらかったもの」
彼女はとても素敵なプロポーションなのに、スポーツジムもちゃんと行っている。食べ物も控える。こういう根性だから七キロも痩せられたのだ。
が、私が七キロという数字に、心が動いたのは確かである。もしかしたら、そのマイナスの気を取り去ってくれるというお坊さんに会いに行ったかもしれない。
そういえば女のコが覚醒《かくせい》剤や麻薬に手を出すきっかけは、「痩せられるから」という言葉だという。アホだと笑う反面、私も恐ろしいことを考えたことがある。それは死ぬことはないけれどもかなり重い病気にかかり、何ヶ月も入院する。そしてげそーっと痩せて別人になりたいという願望だ。まさに手段を選ばず、という感じだ。
テツオは、よく私に言う。
「死ぬ気になりゃ、痩せるぐらい出来るだろ」
うちの母は、エステに行ったり、器械を買い込む私を見て、こう嘆く。
「お金をかけておいしいもの食べて、それでついちゃったお肉を、今度もっとお金をかけて落とす。おかしいよね。うんと貧しいもの食べてれば、タダで痩せるのに」
理屈は確かにそうだ。が、この世は快楽に充《み》ちていて、それについ身をゆだねてしまった結果がこうなのよ。ご先祖さま、許してね。何もしてあげられないけど、あなたの子孫は結構幸せです。デブだけど。