四 山口村の吉兵衛といふ家の主人、根《ねつ》子《こ》立《だち》といふ山に入り、笹《ささ》を苅《か》りて束となし担《かつ》ぎて立ち上がらんとする時、笹原の上を風の吹き渡るに心付きて見れば、奥の方なる林の中より若き女の穉《をさな》児《ご》を負ひたるが笹原の上を歩みてこちらへ来るなり。きはめてあでやかなる女にて、これも長き黒髪を垂れたり。児を結び付けたる紐《ひも》は藤の蔓《つる》にて、著《き》たる衣類は世の常の縞《しま》物《もの》なれど、裾のあたりはぼろぼろに破れたるを、いろいろの木の葉などを添へて綴《つづ》りたり。足は地につくとも覚えず。事もなげにこちらに近より、男のすぐ前を通りて何《いづ》方《かた》へか行き過ぎたり。この人はその折の恐ろしさより煩ひ始めて、久しく病みてありしが、近き頃亡《う》せたり。