三四 遠野郷の内ではないが、閉伊川の流域に腹帯ノ淵という淵がある。昔、この淵の近所のある家で一時に三人もの急病人ができた。するとどこからか一人の老婆が来て、この家には病人があるが、それは二、三日前に庭《にわ》前《まえ》で小蛇を殺したゆえだと言った。家人も思い当たることがあるので、詳しく訳をきくと、実はその小蛇は、淵の主がこの家の三番目娘を嫁に欲しくて遣わした使者であるから、その娘はどうしても水の物に取られると言う。娘はこれを聞くと驚いて病気になったが、不思議なことに、家族の者はそれと同時に三人とも病気が癒った。娘の方は約束事であったと見えて、医者の薬も効き目がなく、とうとう死んでしまった。家の人達は、どうせ淵の主のところへ嫁に行くものならばと言って、夜のうちに娘の死骸をひそかに淵の傍に埋め、偽の棺で葬式を済ました。そうして一日置いて行ってみると、もう娘の屍はそこに見えなかった。その事があってからは、この娘の死んだ日には、たとえ三粒でも雨が降ると伝えられ、村の者も遠慮して、この日は子供にも水浴びなどをさせぬという。なお、この娘が嫁に行ったのは、腹帯ノ淵の三代目の主のところで、二代目の主には、甲子村のコガヨとかいう家の娘が嫁いだのだそうな。