一四三 小友村の松田留之助という人の家の先祖は、葛《か》西《さい》家《け》の浪人鈴木和泉という者で、当時きわめて富貴の家であった。ある時この家の主人、家重代の刀をさして、遠野町へ出ての帰りに、小友峠の休石に腰をかけて憩い、立ちしまにその刀を忘れて戻って来た。それに気がついて下人を取りにやると、峠の休石の上には見るも怖ろしい大蛇が蟠《わだかま》っていて、近よることもできぬので空しく帰り、その由を主人に告げた。それで主人が自身に行ってみると、蛇と見えたのは置き忘れた名刀であった。二代藤六行光の作であったという。