一五一 次は遠野町役場に勤めている某の語った実話である。この人の伯父が大病で長い間寝ていた頃のことであるが、ある夜家の土間に行きかかると、馬舎の口から火の魂がふらふらとはいって来て、土間の中を低くゆるやかに飛び廻った。某は怪しんで、箒《ほうき》をもってあっちこっちと追い廻した後に、これをかたわらにあり合わせた盥《たらい》の下に追い伏せた。しばらくすると外からにわかに人が来て、今伯父様が危篤だからすぐ来てくれと言う。某はあわてて土間に降りたが、ふとこの魂のことに気がつき、伏せて置いた盥を開けてから、出かけた。ほど近い伯父の家に行って見ると、病人は一時息を引き取ったが、たった今生き返ったのだというところであった。少し躯を動かし、薄目をあけて某の方を見ながら、俺が今こいつの家に行ったら、箒で俺を追い廻したあげくに、とうとう頭から盥をかぶせやがった。ああ苦しかったと言って溜息をした。某は恐ろしさに座にいたたまれなかったという。