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黒い扇21

时间: 2019-12-08    进入日语论坛
核心提示:消えた写真細川京子殺人事件の捜査は遅々として進まないようであった。被害者の交友関係が洗われたが不審な人物は出て来ない。第
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消えた写真

細川京子殺人事件の捜査は遅々として進まないようであった。
被害者の交友関係が洗われたが不審な人物は出て来ない。
第一、手がかりらしいものがなにもないのだ。犯人らしい人物の目撃者もいない。
ニューセントラルアパートの居住者は殆《ほと》んどが特殊な職業に従事している人間であった。夜は遅いのである。それと、デラックスなアパートに住む人々は私生活を他人に覗《のぞ》かれるのを好まない。つまり、交際が絶無なのである。建築もそのように出来ていた。部屋に鍵《かぎ》をしめ、エレベーターを利用しての外出だから廊下や階段で隣人とすれ違うということもめったにない。エレベーターは自動である。乗った人間が自分で操作する。ボタンを押すだけだから子供でも出来た。エレベーターは三台ある。
他に非常用の階段があった。裏口へ出られるようになっていた。
アパートへの来客は一応、管理室の前を通ってエレベーターへ乗る。管理室には通常、係員が一名いるわけだが、便所にも立つし、奥へ入ってテレビを見ていることもある。管理室の人間に顔を見られないようにアパートへ出入りすることも不可能ではなかった。
犯人の捜査は一向にはかどらなかったが、細川京子の事件で手ひどい打撃を受けたのは他ならぬパトロンの岩谷忠男である。
「全く、被害者と言えば岩谷氏が最大の被害をこうむったということになりそうだね。銀行家として社会的な信用を失墜するのは致命傷に等しい。不名誉も甚《はなは》だしい事件だからねえ」
電話で呼びよせた能条寛と浜八千代とを前にして結城慎作はパイプをくゆらした。
事件後、数日経った夕刻、場所は代々木初台にある結城家のテラスだった。
「御家庭の中もめちゃめちゃなんですってよ。奥さまは半病人みたいになっておしまいだし、お嬢さんは恥ずかしくて学校へも行けないって泣いていらっしゃるらしいわ。女中さんも近い中にお暇をとろうと思うなんて、うちの女中に話してたそうよ」
紅茶をいれながら慎作の妻のはる子が言った。そう言えば岩谷忠男の邸は結城家と同じ町内である。距離にして二百メートルばかりの近さだった。
「噂《うわさ》だが、岩谷君は近く、大東銀行へ辞表を出すらしい。あたら頭の切れる敏腕家が、とんだつまずきをやったものだ」
「伯父《おじ》様はたしか岩谷さんとは……」
「大学時代の級友なんだ。もっとも彼は代表的秀才、こっちは落第スレスレの組だがね」
結城慎作は立ち上がって書棚から一冊のアルバムを取ってテーブルへ置いた。
「寛君、君から頼まれたアルバムだよ」
結城慎作がテーブルに置いたアルバムに、寛と八千代は思わず声をあげた。
「これが、細川京子さんの部屋にあったアルバムですか」
「ああ、ニューセントラルアパートの被害者の部屋の飾り棚に乗っていたそうだ。他にアルバムはなかったそうだから、君の言ったのはこれ以外ではないと思うよ」
「そうですか。飾り棚の上に……」
寛は嘆息をついた。細川京子は寛の依頼に応じて、このアルバムを市川の親類から持ち帰り、間もなく訪れるであろう彼に見せるべく飾り棚の上に置いたに違いない。
「寛、アルバムはあったのね」
八千代は青いビロードの表の古めかしいアルバムを眺めた。寛の推定から行くと、細川京子はこのアルバムのために殺されたことになり、犯人はアルバムを持ち去っていなければならないのだ。
だが、アルバムは飾り棚の上にあった。
「警察の調べだと、前にも言ったように室内はまるで荒らされた形跡はない。このアルバムにしても他人が手を触れたような痕跡《こんせき》はなかったそうだ」
慎作は再びダンヒルのパイプに眼を細めながら言い加えた。
寛は黙々とアルバムの表を見、それから手袋を取り出し両手にはめた。アルバムを取り、丹念に一枚一枚たぐった。
写真は主として細川昌弥のものだった。小学校時代らしい。遠足や運動会の写真、一人で笑っているのや、妹の京子と並んでいるのなど、どれも子供子供した屈託のないものばかりである。
小学校は男女共学だったようである。級友と写っているのもある。自宅へ遊びに来たものらしい。全部、男の子ばかりだった。
眺めている寛の眼に次第に失望の色が濃くなった。八千代はがっかりした。
残りの二、三枚を寛はぱらぱらとめくった。当ての外れた顔でアルバムを閉じようとして急に、慌《あわ》てて終わりから三枚目をめくった。
「やっぱり……」
呟《つぶや》きが寛の唇を洩《も》れた。
「どうしたの。なにかあったの」
八千代の問いに寛は微笑した。
「僕の推定は、やっぱり間違っていなさそうだよ。八千代ちゃん、これを見給え」
寛の指は一ページの下の方を指していた。写真が一ページに三枚か四枚ぐらいの割合で貼《は》ってある。それが、その一隅だけ、ぽっかりと空間になっているのだ。そればかりか黒いアルバムの地紙が点々と四か所、小さく剥《は》げて白い生地が出ていた。
「寛、これは……?」
明らかに一枚の写真をそこからはがして行った形跡なのである。
寛は八千代の覗《のぞ》いているアルバムを不意にバタンと閉じた。
新しくパイプに火をつけている結城慎作へ訊《き》いた。
「細川京子さんの市川にいる御親類というのは御存知ですか」
「ああ、たった一人の伯母《おば》さん、被害者の死んだお母さんの姉さんという人だろう。参考人として呼ばれていたよ」
「じゃ、東京へ来ているんですか」
「いや、もう帰ったようだ。犯人に関しては勿論、心当たりもないと言っていたし、被害者の現状については、或《あ》る人の世話になっているという程度の打ちあけ話しか知らされてもいなかったらしい。市川で小さな雑貨商をやってるそうだが、田舎《いなか》町のおかみさんでね。例の赤坂のニューセントラルアパートに残された被害者の財産、大半はパトロンの岩谷忠男氏があたえたものだろうが、まさか彼が返却を求めもしないだろうが、かなりの宝石や貯金もある。そうしたものを別に慌てて引き取って行こうという欲もないのだよ。こういう事件の時はよく、平常つき合っていない伯父さんだの叔母《おば》さんだのが、被害者の遺産相続人として勝手な真似をするものだが、そんな才覚すら働かない平凡な女のようだよ。姪《めい》の不慮の死に仰天してばかり居たと、これは警察側から聞いたことだがね」
「そうですか。すると現在は市川にいるわけですね」
「ああ、いずれ近く、アパートの整理問題などで上京はしてくるだろうが……」
「市川の住所は御存知ですか」
「メモがある筈《はず》だよ」
慎作は気軽く立ち上がってメモ帳を持って来た。市川市市川××番地というその住所を寛は手早く手帳に書いた。
テラスでの話はそれから普通の世間話になり、一時間ほどで若い二人は結城家を出た。
結城慎作は終始、若い二人の談笑を微笑しながら眺めているだけで、アルバムのことにも、市川の細川京子の親類の事にも触《ふ》れなかった。
「よかったわ。伯父《おじ》様がなにもお訊《き》きにならなくて……何故、アルバムをあなたが見たがったのか、どうして市川の京子さんの伯母《おば》さんの住所を知りたがったのか、伯父様に尋ねられたら寛、なんて答えるつもりだったの」
外へ出てから八千代は正直にほっとして言った。今日はタクシーで来たから寛の車はない。暗い邸町を二人は表通りへ歩いた。
「小父様は僕らが何を考え、何をしようとしているのかをおよそ察しているんだよ、だから何も訊かなかったのさ」
「そうかしら。でも驚いたわ。あのアルバムの消えた写真、寛の推理通りだったのね」
八千代の視線を正面から受けとめて、寛は大きくうなずいた。
「あの写真をはがした痕《あと》ね。非常に新しい。はがした痕が白くて汚れていないし、すれてもいない所をみると、つい最近に剥《は》ぎ取ったに違いない」
「そうね、あの四角い痕には……」
「そう、一枚の写真が貼《は》ってあった。大きさはキャビネだろうね。その写真は京子さんを殺害した犯人が、ひそかに剥いで持ち去ったんだ」
「誰《だれ》なの。誰だと思うの。その写真を持って行った人間は……」
辛抱し切れないで、八千代は訊《き》いた。
「それは、まだ僕にもわからない。しかし、犯人は今度こそ、或《あ》る手がかりを残したんだよ。今までの事件には一つとして尻尾《しつぽ》を見せなかった、いや、見せても掴《つか》ませなかった犯人がね。今までの事件で一番、困ったのは犯人の目的がまるで解らないことなんだ。被害者が何故殺されたか原因が不明だ。少なくとも、京子さんの場合は僕の想像では一枚の写真を奪うため、もしくは京子さんがその一枚の写真によって、兄さんの細川昌弥君の死に対する疑惑の手がかりを掴んだためではないかと思うんだ」
そこで寛は声をひそめた。夜の早い邸町はひっそりと人通りもない。二人の靴音に時々犬が塀の中で吠《ほ》えた。
「八千代ちゃん、君、すまないけど市川まで行って来てくれないかな」
八千代は即座にうなずいた。
「寛は消えた写真がなんであったか知りたいのね」
「まず、あのアルバムの終わりから三枚目のページの写真を剥《は》いだ痕《あと》、京子さんが伯母《おば》さんの所からアルバムを貰《もら》って行った時、あの個所には写真が貼《は》ってあったかどうか。それから、もし貼ってあったとしたら、それはどんな写真だったのか」
「伯母さんが記憶しているといいけれど……」
「それなんだ」
ぽつんと呟《つぶや》いて寛は足許に目を落とした。
「いいわ。とにかく、私、市川へ行って来ます。明日はママが留守で駄目だけど、明後日なら、なんとかなるわ」
「頼むよ。僕も一緒に行きたいが、明日からは昼も夜もの強行撮影なんだ」
「知ってるわ。あたしと踊るために、スケジュールをつめて下すったんですってね」
ただでさえ売れっ子スターのスケジュールはぎりぎりの所へ無理に茜ますみのリサイタル出演が割り込んだのだ。
「八千代ちゃんのせいばかりじゃないよ。会社の方針さ。なにしろ秋のゴールデンウィークをひかえてるんだもの。働かざるものは喰《く》うべからず主義さ」
寛は八千代の気がねを吹きとばすように笑った。
 市川にある細川京子の親類を訪ねて、例のアルバムの消えた写真について訊《たず》ねてくるという約束を、八千代はなかなか果たせなかった。
結城慎作を訪ねた夜から、八千代の母が風邪《かぜ》で寝ついてしまったのである。夏の風邪は厄介な上にこじらすと始末に負えない。
母の看病と、母に代わって「浜の家」の店の采配《さいはい》をふらなければならない八千代は、市川へ出かける余裕がなかった。
能条寛へは電話で事情を知らせておいた。
結城慎作がぶらりと「浜の家」へやって来たのは土曜日の午後だった。
「まあ、伯父《おじ》様」
店から住いのほうへ通じている渡り廊下で八千代はずかずか上がって来た慎作を迎えた。
「お母さん、具合はどうだい」
「はい、昨日から熱も下がりましたし……」
「そりゃあ、よかった」
慎作は下げていたドライアイス入りの箱を差し出した。
「熱っぽい時にはこれに限ると思ってね」
「有難うございます。いつも……」
母の好物であるオレンジシャーベットだった。
「どれ、御機嫌をうかがうとしようかな」
先に立って母の居間へ向かう結城慎作の背には妹思いの情が滲《にじ》んでいた。二人っきりの兄妹である。
殊に早く夫に死別した母が、兄であるこの伯父《おじ》を唯一の頼りにしているのは、八千代もよく知っている。八千代にしても、この伯父には父親へ対する娘の甘えを抱いていた。
子供の時から母にかくしごとをしなかったのと同様、この伯父にも秘密はなかった。が、今は違う。八千代は結城慎作へ一つの言えないことを持っている。
他でもない。修善寺の笹屋旅館で海東英次が不慮の死を遂げた夜、離れの楓《かえで》の間に泊まっていた客、つまり正確に言うなら海東英次の死体の発見者の「河野秀夫」と称する男の人相、年齢が笹屋旅館の女中の言葉から推量すると結城慎作に酷似しているばかりか、宿帳に書きしるした住所の東京都渋谷区代々木初台××番地は、まぎれもなく結城慎作の住所なのである。河野秀夫と結城慎作が同一人物であるかどうかは解らない。が、結城慎作は海東英次が修善寺で死んだ十二月六日は、京都へ旅行している。
八千代は寛と二人で調べた事実と、伯父《おじ》に対するかすかな疑問を、勿論《もちろん》、結城慎作に告げていない。
「結城の伯父様を疑うわけじゃないが、修善寺での調査のことは、伯父様に話さないほうがいいよ」
という寛の言葉に忠実である為だ。そう言えば、八千代は寛に愛情を告白されたことをまだ母親に打ちあけていない。女は恋をすると、肉親や世間へ嘘《うそ》をつかねばならなくなるらしい。
結城慎作は病人の枕許で遅い昼飯を御馳走《ごちそう》になり、一時間ほどなにやら話しこんで帰って行った。
母と伯父の会話を、八千代は店に居たから知らない。
「八千代、帰るよ。お母さんを大事にな」
慎作が帳場をのぞいて声をかけたので、八千代は慌てて立ち上がった。
「伯父様。もうお帰りになるの」
「ああ、まだ社に仕事があるんでね」
「新聞社っていうのは土曜も日曜もないのね。かわいそうに……」
伯父と姪《めい》は玄関まで笑いながら歩いた。靴をはいてしまってから、慎作が不意に言った。
「そう言えば、例の赤坂のニューセントラルアパートね。あそこに市川から細川京子さんの伯母さんが来ているそうだよ。今日と明日と、こっちに居て遺品の始末をするらしい」
八千代が咄嗟《とつさ》に返事も出来ないでいると、慎作は、
「じゃ、また、来るよ」
靴ベラを八千代の手に返して、玄関を出て行った。
とびつくように八千代は電話を取りあげた。赤坂のニューセントラルアパートを呼び出す。管理人に問い合わせると、細川京子の伯母さんという人は部屋で片付けものをしているという。八千代は電話を京子の部屋へ切り替えて貰《もら》った。
送話器から流れて来た声は低いぎこちない調子であった。
歿《な》くなった京子の友達であると八千代は名乗り、生前の彼女のことで少しお聞きしたいことがあるというと、相手は警戒する様子もなく応じた。
「それでは、これからアパートのほうへうかがいますから……」
八千代は早々に電話を切り、外出仕度もそこそこに家を出た。
途中、銀座で手《て》土産《みやげ》に洋菓子を買い、タクシーを拾った。
ニューセントラルアパートへ八千代が来たのは二度目である。もっとも、この前は玄関までで、駐車場にあった能条寛の自家用車を眺めてひそかに胸を痛めた。
管理室で訊《たず》ねてから八千代はエレベーターに乗った。教えられたドアの前で声をかけると、すぐに色の黒い、人の好さそうな中年の女が顔を出した。細川京子の伯母《おば》の有田いねであった。
「この度は京子さんがとんだことで……」
八千代が型通りなくやみの言葉を口にすると、有田いねはもう涙を浮かべた。
「ま、どうぞ、おがんでやって下さいまし」
部屋のすみに黒い枠に入って細川京子の写真が飾られていた。青いリンゴが三つ、その前に供えてある。
細川京子の写真は白い洋服を着て微笑していた。スナップ写真を引き伸ばしたものらしい。
八千代には初めて見る京子の顔であった。生前の彼女には直接|逢《あ》ったことがない。
手土産の菓子を写真の前に供え八千代は合掌《がつしよう》した。
「本当に、あの子もこんな死に方をするなんて、よくよく不運な星に生まれたもんです。かわいそうに……」
お茶をいれてくれながら京子の伯母は眼頭を拭《ふ》いていた。
「若い女が一人で東京で暮らすなどというのが最初からいけなかったんですよ。危いような気がして、何度も市川のほうへ来るように勧めてみたんですが、やっぱり華やかな生活が捨て切れなかったんだろって、うちの人も言ってますです。こんな事になってしまっては、もう後の祭ですが……」
有田いねは八千代が電話で京子の友達だと名乗ったので、生前の京子についてなにか聞けると期待していた様子だった。
「友達といっても、私はつい最近、親しくなったので、あまり詳しいことは存じませんの」
八千代がそういう弁解の仕方をすると、有田いねはがっかりしたようだった。八千代の口から姪《めい》を殺した犯人の手がかりがつかめるかと思ったのかも知れない。
「なにしろ、警察の方が、ほんのちょっとしたことでも、京子がどんな男と交際していたとか、なにか聞いたことがないか、捜査の手がかりになるのだからとおっしゃって下さるのですが。私どもではなにも……」
「京子さんは伯母《おば》様に御日常のことなど御相談なさったことはありませんでしたの」
と八千代は訊《たず》ねた。伯母|姪《めい》の間柄である。そうでなくても女同士はつい打ち明け話をしやすいものだ。
「それが、なんにも……昔から口の重い子で、相談を受けたことなんか一度もありゃしません。頼りにならないと思ってたんでしょう。兄の昌弥が生きていた時分は遊びに来た事もないのですよ。昌弥が死んで家を売ったりなんぞしてから一か月ばかり市川の私の所へ身をよせていましたが、それっきりです。東京でアパート暮らしをするようになってからは時々、あずけてある品物を取りに来るくらいのもので……」
八千代は相手の言葉|尻《じり》を掴《つか》んだ。
「そう言えば、京子さんはつい最近、伯母様の所へ古いアルバムを取りにいらっしゃいませんでしたかしら」
有田いねは無造作に答えた。
「ええ、今月のはじめですよ。あれがあの子に逢《あ》った最後なんです」
八千代は緊張のため、固くなりがちな頬《ほお》をつとめて柔らげた。
「私、実はそのアルバムのことで、少しお訊ねしたいことがございまして……」
「なにか、あのアルバムのことで難しいお話があるんですか。警察の方が、あれを持っていらっしゃったんですよ」
有田いねが不審そうに質問したので八千代は少しばかり狼狽《ろうばい》した。
「いいえ、そうではございませんの。私、実はあのアルバムを京子さんから見せて頂くお約束でしたの。私の昔、おつき合いした方の写真がそのアルバムにあるというので……」
八千代の説明を聞いていた有田いねの表情に奇妙な笑いが浮かんだ。
「ああ、そうでしたの。あなたが昌弥の……それで京子はあのアルバムを持って行ったんですのね」
有田いねは八千代を自殺した細川昌弥と交渉のあった女だと誤解したらしい。
「あのアルバムには昌弥の子供の時の写真が全部、揃《そろ》っているんですよ。京都に住んでいた頃《ころ》のでしてね」
よっこらしょっと立ち上がった。
「ちょっと待って下さい。今、お見せしましょう」
八千代は驚いた。
「アルバムはこちらにあるのですか」
てっきり警察と思っていたのだ。
「はい。捜査の参考に貸してくれということでしたが、あんな古いアルバムはなんの役にも立たないと見えて、すぐ返してくれましたんですよ」
部屋のすみにごちゃごちゃと荷物をまとめてある所からアルバムを抜き出して来た。
結城慎作の家で見たのと同じ、青いビロードの表の古めかしいアルバムである。
「さあ、どうぞ、ごらんなさって下さい」
差し出されたアルバムを八千代は一応、ていねいに最初から繰った。やはり、この前に見たのと違いない。
有田いねは脇《わき》から覗《のぞ》いて、一枚、一枚、それは小学校二年の正月だとか、大ぜいの子供の中の一つの顔を細川昌弥だと教えた。
「実をいうと、このアルバムを私が見せてもらったのは、京子がこれを取りに来たときなんですよ。京子がいちいち説明してみせてくれたんです。いつもはそんなことをする子じゃなかったんだが、やっぱりなにかの虫の知らせみたいなもんだったんでしょうか」
有田いねの喋《しやべ》り方は前《まえ》よりも心やすげになっていた。八千代を死んだ甥《おい》の恋人と思い込んだせいでもあろう。
八千代は漸《ようや》く目的のページを開いた。白く、写真を剥《は》ぎ取った痕《あと》がなまなましい。
「あら、この写真はどうしたのでしょうね」
さりげなく八千代はその個所を指した。
アルバムを覗《のぞ》いて有田いねは首をかしげた。八千代の質問がまだピンと来ない様子である。
「小母様がこのアルバムをごらんになった時に、この場所はやっぱり写真がはがされて居りましたの」
有田いねはアルバムを自分のほうへ向けてしげしげと観察した。
「この場所ですねえ」
ばらばらとめくって見て呟《つぶや》いた。
「写真をはがした痕《あと》なんかありませんでしたよ。京子が私に見せてくれた時は……そんな痕があればおぼえている筈《はず》ですからね」
八千代は轟《とどろ》く胸を押さえて訊《き》いた。
「すると写真が貼ってあったのですわね。京子さんが小母様の所からこのアルバムを持っていらっしゃった時には……」
「そうなんですよ。まあ、どうしたんでしょうねえ。警察の方がはがしたんでしょうか」
「警察はそんな無責任な事はしませんわ」
八千代は更に追及した。
「小母様、おぼえていらっしゃいません。ここにどんな写真が貼《は》ってあったか……」
「そうですねえ。ここん所には……」
有田いねはアルバムの後のページを見、前の二、三枚をめくった。僅《わず》かな沈黙が八千代にはひどく長いもののように感じられる。
「そうですわ。ここの写真は確か卒業式のですよ。昌弥の小学校卒業の記念写真です。京子と二人で沢山の子供の顔の中から昌弥を探すので苦労したのをおぼえています」
「卒業の記念写真……」
八千代はあっけに取られた。八千代が想像していた写真は或る誰か一人のものか、少なくとも或《あ》る誰《だれ》かを含めた三、四人が映っている写真でなければならなかった。
「本当に、間違いありませんか」
八千代が念を押すと有田いねは適確にうなずいた。
「間違いありませんとも。ほれ、ここに月日が書いてありますよ。卒業の日ですわ」
黒い地紙に墨で書いてある文字はある角度からでないと判然とは見えない。この前に見たときは八千代も寛も気づかなかった。小さな文字なのである。
「昭和十八年三月二十五日、講堂にて」
墨の文字は明らかにそう読めた。
「卒業の記念写真に違いありませんですよ。それにしても、どこへ失ったものでしょうね。京子がはがしたのかも知れませんねえ」
有田いねはくどくどとアルバムをいじくり廻《まわ》しながらつぶやいた。
「細川昌弥さんが卒業なさった小学校はどちらですか」
念のために八千代は訊《たず》ねた。
「S小学校ですよ。京都の、平安神宮のすぐ近くだそうですが」
有田いねはアルバムに目を落としたまま答えた。
ニューセントラルアパートの玄関を出て、八千代はなにげなく白い建物をふりむいた。どの窓も言い合わせたようにレースのカーテンが下がっているのが夏らしかった。
建物の左手に金属が日光を反射している。非常用の階段である。建物の外側について、くの字型に下がっている。出口は裏の非常口へつづいていて、その非常口には内側から鍵《かぎ》がかけられている。普段は勿論、そこから出入りしない。
ニューセントラルアパートの左側は坂だった。それを上って右折するとPホテルへ向かう広い道へ出る。八千代はゆるい傾斜をゆっくりと上りはじめた。Pホテルの前の公衆電話から撮影所の能条寛へ電話をするつもりである。
八千代はニューセントラルアパートの非常用階段を横目に見ながら歩いた。なんとなくそれに気を惹《ひ》かれていたのだ。
ふと、或《あ》る事に気づいた。
非常階段のくの字に折れ曲がる中途の位置とアパートに隣接している堤とは同じ高さであった。距離はあるが身の軽い男なら跳べないこともない。
堤は楓《かえで》と松が三、四本生えていて、向う側は茜《あかね》ますみの家の稽古場《けいこば》の裏庭に続く筈《はず》だった。茜ますみの家の玄関へ出るには道をぐるりと迂回《うかい》しなければならないが、もし泥棒の真似をする気なら庭伝いのコースがあるわけだ。
八千代の脳裡《のうり》に浮かんだのは内弟子の五郎だった。若い彼なら身も軽いし、そのくらいの芸当をやっても不思議はない。
突然、八千代はあっと叫んだ。
細川京子が殺された晩、能条寛によく似た背恰好《せかつこう》の男がニューセントラルアパートの周囲を彷徨《ほうこう》したという管理室の加藤青年の証言を想い出したのである。その若い男は白い背広を着て、サングラスをかけていたという。如何《いか》にも映画スター好みのスタイルである。誰《だれ》かが故意に能条寛と見間違わせることを計算に入れてそんな扮装《ふんそう》をしたのだと考えられないこともない。
(五郎さんなら、背恰好も寛ぐらいだし、年齢も顔の輪廓《りんかく》もほぼ似ている……)
八千代はイメージの中の五郎に白い背広を着せ、サングラスをかけさせてみた。
(でも、まさか、五郎さんが……)
内弟子の五郎はぶっきらぼうだが、人の好さそうな気のよわい青年である。しかし、彼には中村菊四の証言もある。例の小早川喬の轢死《れきし》事件の夜、同じ内弟子の久子と茜ますみの家の裏口で逢引《あいび》きし、その際に車の鍵《かぎ》のようなものを五郎が久子に渡したというのだ。菊四の説に忠実になろうとすると、五郎ばかりか久子も事件に関係している事になる。
(とんでもないわ。あの先生思いで、しっかり者の久子さんが……)
八千代は自問自答の首をふった。
道は人通りがなかった。車も殆《ほと》んど通らない。都会であることが嘘《うそ》のようだった。
八千代はうつむいて考え考え歩いた。茜ますみの家の前は素通りする。今日は稽古日《けいこび》ではなかった。
海東英次、細川昌弥、小早川喬、細川京子、指を折って名前を唇に呟《つぶや》いた。昨年の十二月から相ついで起こった死である。
当たり前の事に気づいた。
(京子さんをのぞいては、みんなますみ先生の恋人だわ)
要するに茜ますみと体の関係を持った男たちなのである。三つの死因はそれぞれに異なっているが、三人の男性はまぎれもなく茜ますみの愛人という共通点を持っている。
そして——
(内弟子の五郎さんはますみ先生に熱をあげてお弟子入りした男……)
五郎の茜ますみに対する片想いはもう有名になりすぎて誰《だれ》も相手にしなくなっていた。色恋の噂《うわさ》というのは噂になった二人が大なり小なり気のある同士でなくては話にならない。五郎の場合は秘密っ気などまるっきりない。おまけに公認なのは彼の慕情だけではなく茜ますみが彼にはまるで色気がないということまでだった。もっとも、茜ますみにしてみれば相手の恋があまりにも開放的なので、逆にどう応えてやれようもなくなってしまったというのが本当かも知れなかった。相手にするには茜ますみのような名誉とか社会的地位を重視する女性にとって五郎は小さすぎる存在でもある。美男という程でもない。
「内弟子を相手にする程、落ちぶれちゃいない」
というますみのプライドもあった。
とにかく五郎の恋はどこまで行っても片恋のまま、もたもたしていた。茜ますみは彼の純情をいいことに、彼の目前でも他の男たちとの情事をみせつけてはばからなかった。五郎に足をもませながら、海東英次と口移しに酒をのんだりする。小早川の場合も岩谷の場合も同じだった。
五郎は黙々とますみに対しては忠実な犬のように仕えている。習慣になって誰《だれ》もそれを気にする者がないような現状だった。
(もし、五郎さんが茜ますみ先生を恋するのあまり……)
彼女と交渉のある男性を片はしから殺したという想像はあまりにも小説的でうがち過ぎる。
Pホテルの前の公衆電話のボックスへ八千代は入った。
暑い。空気抜けは小さな穴が一つきりだ。撮影所のダイヤルを回した。なんにしてもアルバムの一件を寛に報告しておかなければならない。
「能条寛君ですか。彼は今日、撮影所へは来ていません」
そっけない声が受話器を流れて来た。
人気スターを名指して撮影所へかかってくる電話は大むねファンの個人的な用件によるものが多い。例えば、
「××さんの声を聞きたい」
というような単純なものから、
「今日、撮影所へ遊びに行きたいが、行ってもいいか」
とか、その他、得手勝手なインタビューじみた質問を延々とくりひろげる。
撮影所でも心得ていて、こうしたファンの電話にはあまりサービスしない。
八千代は係員の冷淡な返事に急いで能条寛の付き人の佐久間老人を呼んで貰《もら》えないかと言い足した。名前も告げた。
いわゆるファンの物好き電話でないとわかったらしく係員は多少丁寧に言い直した。
「佐久間さんも来ていません。京都の方へ一緒にいらっしゃったんです」
八千代は礼を言って電話を切った。半信半疑だった。
(夜になったら、お家のほうへ連絡してみよう)
だが、銀座の家へ戻ってくると出迎えた女中が大げさな声で言った。
「まあ、お嬢さん、一と足違いでしたよ」
「なにが……」
「たった今しがた、音羽屋の坊ちゃんがお見えになって、ずっとお待ちだったんですけれど、飛行機に間に合わないからって……」
八千代は心臓がコトコト鳴り出すのを知った。
「ヒロシ、もう帰ったの」
「ええ、ほんの今しがたです」
「何時の飛行機ですって……」
「羽田発……ええと……」
女中はもたもたした。
「あの、奥様が御存知だと思いますけど」
八千代はばたばたと母の居間にかけ込んだ。枕許へ坐りざまに訊《き》いた。
「寛さんが来たんですって……」
「そうなのよ。お見舞いにね」
枕許に果物の籠《かご》があった。
「お仕事が急に変更になって京都へ行くことになったんですって。八千代ったらどこへ行ってたのよ。銀座まで買い物に行くなんて言って出かけたから、もう帰るか帰るかって、寛さん、時計とにらめっこしてらしたよ」
「そんな……」
八千代は泣き出したくなった。
「来るなら来るって、午前中に電話でもくれればいいのに……」
「そんな暇なかったらしいわ。佐久間さんの話ではここへ寄るのも無理だったのに、飛行機を強引に一つ遅らせたんですって。本当は四時二十分発に乗るのを、五時十分にして、伊丹《いたみ》からそのまま撮影所へとばないと間に合わないんだって、俳優さんって大変なものね」
八千代は柱時計を見上げた。
長針が十二の文字に近づこうとしている。もう十分で寛を乗せた飛行機は羽田をとび立つのだ。
「間に合ったかしら」
「大丈夫でしょ。ぎりぎりだけどそれだけの時間は見て出発したのだから……」
「羽田まで送ってあげたかったのに……」
もう十分ではどうしようもない。
「京都から電話するって言ってらしたよ」
「そう」
八千代は果物|籠《かご》からマスカットを取り出した。
「ママ、食べる?」
「あたしは今、メロンを頂いたばかりだから、八千代、おあがりなさいな」
マスカットを持って八千代は自分の部屋へ入った。外出着をきがえる気力もない。
(がっかりだわ。一足ちがいなんて……)
窓から空を見た。夕暮れの色である。
マスカットを一粒、皮をむいて唇へ運んだ。甘ずっぱい匂《にお》いに眼を細める。
それにしてもガランドウになった心は埋めようがなかった。
(染ちゃんに電話してみようかしら)
こんな時に気分転換をしてくれるのは染子以外にないのだ。電話に立った。
出て来たのは染子の母である。
「八千代ちゃんですか。お母さんの具合は如何《いかが》、そうですか、それはようございましたわねえ、夏の風邪《かぜ》はたちが悪いんざんしょう」
花柳界の人間らしく練れた、それでいて張りのある喋《しやべ》り方であった。
「染子ですか、それがねえ、相変わらずの気まま者でしてね。大阪へ行ったんですよ」
「大阪ですって」
八千代は茫然《ぼうぜん》とした。そんな話はなにも聞いていない。
「大阪の芝居でどうしても見たいのがあるんですって。八千代ちゃんをお誘いしたいけれど、お母さんがご病気だから止めとこうなんて、さっさと一人で出かけちゃいましたよ。ええ、今朝の汽車で……宿は京都の大文字屋さんですよ。昔っからのお知り合いざんすから、二、三日したら帰ってくるなんて申しましてね。気まぐれったらありゃしませんわ。いい年齢して、どういうんでしょうね」
八千代はがっかりして部屋へ戻った。
(一人で芝居をみに大阪まで行くなんて……)
普段の染子らしくなかった。旅行は好きなくせに一人旅は苦手である。大阪や京都、名古屋へ芝居を見がてら遊びに行くような場合はいつでも八千代を誘って出かける。
ぼんやりマスカットの青い粒をみている中に八千代は寛に逢《あ》いたくてたまらなくなった。もう一つ、京都へ行って調べてみたい事がある。細川昌弥の卒業写真だった。京都は戦災に遇っていない。彼の卒業したS小学校へ行けば彼の卒業写真も学校のアルバムに当然保存されている筈《はず》だった。
(京都へ行こうかしら……)
本棚のすみから時間表をとり出すと、八千代はもう旅をする決心のついた顔でぱらぱらとページをめくった。
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