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旅路14

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    14翌日、雄一郎は勤務につく予定だったが、事情を知っている同僚の佐藤が休日をかわってくれたので、一日、小樽を案内す
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    14

翌日、雄一郎は勤務につく予定だったが、事情を知っている同僚の佐藤が休日をかわってくれたので、一日、小樽を案内することになった。
中里家のみちのためでも、弘子のためでもなく、ひたすら、詫《わ》びをこめた眼差《まなざ》しですがりついてくるような、有里への思いやりのためであった。
小樽は、もう冬であった。
ぼつぼつ根雪の来る時期である。
重くたれこめた空、凍《い》てた大地……、そんなものに弘子が眉《まゆ》をひそめ、失望しているのが、雄一郎には手にとるようにわかった。
忍路《おしよろ》高島が見晴らせる岬へ案内したときも、有里が眼を輝やかせて、春になるとこの海がニシンでいっぱいになるという、雄一郎の話を聞いていたのに反し、弘子は、
「暗い海……どうして、こんなに暗いのかしら……見ていると、なんだか押しつぶされそう……」
と呟《つぶや》く始末だった。
岬をまわってくると正午になった。
雄一郎は弘子と有里を小樽のうなぎ屋へ案内した。
だいぶ前、南部駅長の孫娘の三千代を待っていて、つい、酔って寝込んでしまった思い出のあるうなぎ屋だった。
ところが、いい匂《にお》いをぷんぷんさせたうなぎの重箱が運ばれて来たとたん、弘子が不意に立ち上った。
「お姉さま……」
有里が驚くと、
「私、疲れたの……ちょっと寒気もするし……先に宿へ帰ります、有里は勝手にしなさい」
そう言い残して、さっさと帰って行ってしまった。
しかし雄一郎にとっては、むしろこのほうが具合いがよかった。
「どうしますか?」
有里に聴いてみた。
「私、うなぎご馳走《ちそう》になりますわ、姉が勝手にしていいと申しましたし……」
「じゃ、このあとの見物もこのまま続けましょうか」
「ええ。もう二度と小樽へ参れるかどうか分りませんから……」
やっと二人きりになれたことで、雄一郎はすっかり有頂天になっていた。弘子が手をつけずに置いていった重箱も、結局全部、彼が平らげてしまった。
雄一郎は手宮公園と古代文字|洞窟《どうくつ》に有里を案内し、その帰途、いつも子供の頃遊びに行った浜辺へ立ち寄った。
「僕は子供の時から機関車が好きだったんです。機関手に憬《あこが》れて、毎日毎日、駅へ行っては機関車を見ていた……」
雄一郎は有里に、自分の過去のことを知ってもらいたかった。そして、普段口数の少ない彼にしては珍らしく、次から次と喋《しやべ》り続けた。
「学校卒業したら機関手になる……、日本一の機関手になるって、そう言い続けて来たんです……」
有里は、そんな雄一郎の話を熱心に、しかも楽しそうに聞いていた。
「鉄道へ入って、いろいろな事がありましたが、結局機関手でなく駅で働くことになりました。最初はちょっと悩みました。僕の夢は日本一の機関手になることじゃなかったのかってね。しかし、機関手だって駅手だって、やっぱり道は一つなんだと思えるようになりました……、それを教えてくれたのが南部の親父さんなんです……」
「立派なかたですのね」
「本当なら、こんな地方の駅長なんかしている人じゃないんですよ……」
雄一郎は、有里が南部を褒《ほ》めたことが、まるで自分が褒められたことのように嬉《うれ》しかった。
「東京に居れば、今頃、中央で鉄道を背負って立つような立場にあったかもしれないのに……若い頃に親友でもあり、同僚でもあった人と仕事の上で論争し、どうしても自分の主張を曲げなかったんです。主張としては南部の親父さんのほうが正しかったのに、時の勢いでその意見がとりあげられず……、以来、親父さん、臍《へそ》をまげて北海道の駅長になっちまったんだそうですよ」
「まるで、西郷隆盛みたいな方ね……」
「そうか……、そういえば、ふとってるところなんか、よく似てるな……」
雄一郎は有里の言いまわしが気に入って、愉快そうに笑った。
「いまに北海道名物の熊かなんかと肩を組んだ銅像でもつくるといいかもしれない」
「まあ、駅長さんのこと……悪いわ、言いつけてあげる……」
有里は雄一郎をやさしく睨《にら》んだ。
「訂正、訂正……」
雄一郎は笑いながら、石を拾うと、沖へ向って力いっぱい投げつけた。
石は暗い空に弧を描き、はるかかなたに白い飛沫《ひまつ》をあげた。
「小さい時も、よく、こうやって石を投げたな……何か自分の心の壁にぶつかると……」
雄一郎は、次々と石を拾っては海に放り投げていた。
有里は何気なく、
「今も、ぶつかっていらっしゃるの……?」
と言ってしまってから、はっとした。
ふりかえった雄一郎の眼が、恐いくらい真剣だったからだ。
雄一郎はじっと有里をみつめていた。
その眼に射竦《いすく》められたように、有里は動けなかった。
「有里さん……」
ようやく、かすれた声で雄一郎が言った。
「おぼえていますか……、尾鷲の竹の林で逢《あ》ったときのことを……」
有里は子供のような仕草で、こくりと頷《うなず》いた。
「あの時……、僕、君を……竹の精かと思った……」
「竹の精……?」
雄一郎は再び石を拾うと、力いっぱい海へ投げた。
その後姿を見ているうちに、有里は不意に自分の頬《ほお》が熱くなるのを感じた。
有里は、雄一郎に送られて宿へ帰った。
二人は途中、あまり口をきかなかった。
黙って歩いているだけでも、身体中に充ち足りた充実感があったし、かと思うと、逆に二人の前途の多難さを思い出して塞《ふさ》ぎ込んだ。
有里はやや伏目がちに、雄一郎から二、三歩遅れて歩いて行った。
雄一郎は時々ふり返り、温い眼差《まなざ》しでじっと有里をみつめた。そのたびに有里は、男の太い腕に抱きしめられたような、はげしい動悸《どうき》を感じるのだった。
宿へ着くと、部屋ではみちと弘子が荷物をまとめて帰り仕度をしていた。
「明日発ちますからね。お前も明日になってあわてないようにしておおき……」
廊下に雄一郎が立っているのを見つけると、
「おや、ちょうどよかった、ちょっとこちらへ入ってくださらない」
みちは雄一郎に、テーブルの前の座布団を眼で示した。
「明日、お帰りですか」
「ええ……なにしろ寒くてね、私もこの子もどうも寒い土地は性に合わなくて……、まさか十一月の陽気がこんなに寒いとは夢にも思わなかったもんだから」
みちは風邪でもひいたのか、時々、軽い咳《せき》をしていた。
「ねえ、室伏さん」
向いあって、坐り直した。
「せっかくのお話でしたけれど、今度のあなたと弘子の縁談、やっぱり御縁がなかったことにして下さいな。そりゃあ、あなたのお人柄をとやかく申すのじゃございませんよ……、でもねえ、人間、やはり住む土地が性に合う、合わないってことは大事だと思いましてね……、来てみてようございました。こういうことは念には念を入れるものでございますねえ……、浦辺さんとあなたの伯父さんのほうへは私から事情をお話し申しますが、よろしゅうございますね」
「結構です……」
「どうもいろいろお世話さまでございましたねえ……、お姉さんによろしく、もうあらためてご挨拶《あいさつ》には伺いませんから……」
「分りました。じゃあ……」
雄一郎はあっさり立ち上った。
正直なところ、弘子に未練はなかった。それどころか、はっきり断ると宣告されたことでほっとしていた。
しかし、今の雄一郎の気持は複雑だった。
雄一郎は有里を見た。有里の悲しそうな視線にぶつかった。有里にたいする感情が一時に溢《あふ》れだして、それをどう処理したらいいか分らなかった。
「じゃあ……」
たったそれだけの中に、雄一郎はすべての思いを織り込んで、部屋を出るより仕方がなかった。
もしかしたら、有里が追ってくるかもしれないというはかない望みから、雄一郎は宿屋の前にしばらく佇《たたず》んでいた。
が、有里は現れなかった。
雄一郎の胸の中に、ぽっかりと大きな穴があいた。
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