再び重右衛門日記
七月二十七日
西風。波のうねり大きく、何事も物憂《ものう》し。南の方に雲高し、真白き入道雲なり。
朝早く、水主《かこ》部屋より泣き声聞こゆ。何事かと入りて行くに、音吉床に伏して泣き居たり。かかることかつてなかりし故《ゆえ》に、皆口々に声をかく。されば音吉答えず。ますます声を上げて泣く。泣きやみし後、音吉言う。故里《くに》の夢を見たりと。父の声、母の声まざまざと聞こえ、その暖かき膝《ひざ》に手を触れしに、そは夢なりしと。恋しさにこらえ難くなり、泣きしとなり。
音吉利発なれぱ、吾《われ》ら大人よりもすべてにこらえ忍び居たりしが、その心の中の思い、今朝《けさ》は涙となりてあふれたるなり。僅《わず》か十五歳なれば、その涙いと哀れなり。
利七、一日部屋の片隅《かたすみ》によりて動かんとせず。ぶつぶつと独《ひと》り言《ごと》を言うのみなり。