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国盗り物語30

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:火炎剣「帰路、お気をつけなされ」と明智頼高が庄九郎に耳打ちしたことは、うそではない。川手城では、闇討の支度が整っている。
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火炎剣

「帰路、お気をつけなされ」
と明智頼高が庄九郎に耳打ちしたことは、うそではない。
川手城では、闇討の支度が整っている。討手の物頭《ものがしら》には、可児《かに》権蔵《ごんぞう》という豪の者がえらばれた。権蔵は、のちに講談の豪傑として立川文庫などで登場する可児才蔵の父である。
——よかろうな権蔵。
と、肥《ふと》った守護職土岐政頼が、じきじきに命じた。
「相手は槍《やり》の名人ときく。くれぐれも油断すまいぞ」
「なんの、ぬかりはありませぬ」
可児権蔵は、よろこびをおさえかねて膝をたたいた。この当時の武士気質《かたぎ》で、闇討であろうが上意討であろうが、主君からわざわざ名指しでえらばれたというのがうれしいのである。忠義などというような徳川時代的なじめついた道徳ではなく、すべてが個人の名誉が中心になっている。権蔵の武勇の名誉を美濃のお屋形様が見《み》出《いだ》してくれたというのがうれしいのだ。
権蔵は、自分の家来を所領の可児村に置いてきているために、人数は「小守護様」の長井利安に借りた。十人。
それを引きつれて、城を出、城外の三丁松原というあたりに身をかくした。
そのころ庄九郎は湯漬けを食いおわり、懐ろから妻楊枝をとりだして歯をせせっていたわけである。
シイ
シイ
と音をたてながらせせっている。この男はあご《・・》が前へ出ているから、歯などをせせっていると笑っているようにみえる。
やがて妻楊枝を捨て、手をたたいた。給仕の児《こ》小姓《ごしょう》が次室で指をついた。
「それがしの供の者をおよびくださらぬか」
やがて、赤兵衛と耳次がきた。
「赤兵衛、おん前に」
「耳次、参上つかまつりましてござります」
「低声《こごえ》で話したい。寄れ」
へへっ、と二人はにじり寄ると、庄九郎は城方に闇討の計画があるらしいと打ちあけ、
「城方としてはさもあるべきこと。むろん覚悟していたところだ」
と、楽しそうに笑い、もう一本妻楊枝をとりだして、再び歯をせせりはじめた。
「耳次、お前は帰路をさぐりに行け。敵の人数、弓矢の有無を調べて、わしが城門を出るころに報告せよ。赤兵衛、そなたは城下の町で荷車を二台、大鍋《おおなべ》を二つ、薪《たきぎ》を十束、荏胡《えご》麻油《まあぶら》を二斗ほど買いもとめて城門のところでわしの下城を待っておれ。急げ」
二人は、出た。
そのあと、庄九郎は時間をかせぐために、給仕の児小姓をよび、医者をよんでほしい、とたのんだ。
「腹が、痛む」
仮病をつかって、ごろりと寝た。
やがて、医者がきた。脈をとり、薬を煎《せん》じはじめた。庄九郎は待っている。煎じおわるころには、耳次も赤兵衛も、命じられた役目を終えていることであろう。
煎じおわった。
医者がそれを茶碗《ちゃわん》にうつし、庄九郎に進めようとしたが、庄九郎は服《の》まない。
「どうやら、おさまったようです。脈をとってもらっただけで治ったようだ」
と、部屋を出た。
やがて城門を出た。
すっかり夜になっている。朔日《ついたち》で月はなく星だけがあった。
耳次が寄ってきた。
「討手は二十人ほどです。弓矢はもっておりませぬ」
「それはよいあんばいだ。赤兵衛」
と、闇のむこうへ声をかけた。赤兵衛が、ごろごろ荷車をひいてきた。
「お前はそういうものをひかせるとよくうつるようだ」
冗談をいってみなの気をやわらげさせ、供の者一人ずつに荷車をひかせ、一台は前、一台は背後をすすませた。
「赤兵衛、そろそろ火を焚《た》け」
「かしこまって候《そうろう》」
荷車には、一基ずつ、大鍋を積んである。その鍋にはたっぷりと油を満たせてあり、油の上には護摩《ごま》でも焚《た》くようにして薪を組みあげてあった。
赤兵衛は、それぞれ火をつけた。
ぼおーっ、と炎があがり、やがてえんえんと星を焦《こ》がすほどに燃えあがった。
庄九郎は、二台の「火炎車」に前後をまもられながら歩いてゆく。
川手城下の町の者は驚いた。火を見てかけつけてくる者もあった。
——どなただ、あれは。
——鷺山《さぎやま》の頼芸様の執事で西村勘九郎さまとは、あのひとではあるまいか。
「奇態な行列じゃ」
みなあきれた。庄九郎は、成功した。火炎に照らされながら行く者が西村勘九郎と城下の者にわかった以上、川手城ではうかつに闇討はできない。下手人がたれ、討手の命令者は何者、ということがわかってしまうからである。
庄九郎は、さらに派手だった。
「赤兵衛、町人どもにそういえ。いまからわしが、日蓮宗《にちれんしゅう》秘伝の歩き護摩《ごま》なる火の修法をつとめるゆえ、無病息災を冀《こいねが》いたい者は火の粉をかぶりながら鷺山までついて来い、功《く》徳《どく》深大《じんだい》であるぞ、と」
「へへっ、左様申しきかせまする」
赤兵衛は群衆の前に立ちはだかり、庄九郎ゆずりの弁舌をふるって、それを伝えた。
なにしろ群衆は、庄九郎が美濃では常在寺のほかその宗旨の寺のない日蓮宗の修法者あがりだということをうすうす知っている。
しかも、日護上人《にちごしょうにん》の兄弟子だったという。
還俗《げんぞく》しているとはいえその行力《ぎょうりき》は大きかろうと思い、われもわれもと二台の荷車のそばに寄ってきた。
南《な》無妙法蓮華経《むみょうほうれんげきょう》
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経
南無妙……
と、庄九郎は首からかけた、数珠《じゅず》をかいつまみ、掌の中で擦《す》りあわせながら、よく透る朗々たる声で経文を誦《ず》しはじめた。
群衆は、どっと沸いた。この宗旨がめずらしいだけに、その感動も新鮮なのにちがいない。

一方、三丁松原で待ち伏せている可児権蔵は、街道のむこうからやってくる大火炎とそれをとりまく群衆に肝をつぶした。
「可児様、可児様、どうなされます」
と、人数のうちのおもだった者が、青くなって駈けつけてきた。
「これでは闇討もなにも、できませぬ」
「それでは、よせ」
可児は、ふてくされている。
「は?」
「臆《おく》したのなら、よせというのだ。仕《し》物《もの》は、わし一人だけでやる。わしも可児郷の権蔵といわれた男だ。相手が炎を背負ってやってきた、といっておめおめしっぽを巻いて城へ帰れると思うか」
「あのなかに斬《き》り込めとおおせられますか」
「あははは、いやか」
「いやではござりませぬが、あの明るさとあの群衆の前では、われわれが川手城の者、というのがすぐわかるではありませぬか」
「わかってもよい」
「そ、それは、われらが主人(利安)にも迷惑であり、ひいてはお屋形様(政頼)のご評判にもかかわりまする」
「わしはそういうこそこそした小細工がきらいでな。闇討といえば武士にとって戦場も同然だと考えている。花々しく名乗りをあげて斬りこもうと思うんじゃ。いやな者はいまから帰れ、可児権蔵が手《て》柄《がら》を一人占めするぞ」
「そ、それは強慾な」
たれしも、功名心がある。
前後も考えず、白刃をきらきらと抜きつれた。手《て》槍《やり》を持つ者は、リュウリュウとしごきを呉れて、火炎の近づくのを待った。
「…………」
と、可児は前方を見ている。
松が、火炎の照明に映えて夢の中の風景のようにあえかである。群衆が踏みたてるほこりが、彩雲のように松の梢《こずえ》にたなびいていた。
それが、こちらへ動いてくる。しかも朗々たる誦経の声が湧きあがっている。
やがて、それが題目の合唱になった。
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経
 庄九郎は、その合唱の中央にいる。自分も大声でとなえている。
が、眼はらんらんとあたりを見、配り、瞬時も油断がない。法悦のなかで庄九郎のみが眼醒《めざ》め、かれのみが題目の功《く》力《りき》などをこれっぽちも信じていない。
(来たな)
庄九郎は松林の根方のあちこちに動く人の影をみて、佩刀《はいとう》のコジリをあげ、鯉口《こいぐち》を十分に切った。
切りながら、群衆のほうにむかった。
「ご信心、重畳《ちょうじょう》に存ずる。ここまでのあいだ護摩火の法火を浴びただけで、もはや無病息災の功力は十分であろう。鷺山まで来ていただきたかったが、不幸な事態がおこった。前方に、刺客《せっかく》が待ち伏せておる。川手城のお屋形様が、鷺山の御舎弟様を亡《な》きものになさろうと思い、まずその手はじめとしてわれらに討手を差しむけられた。われらここで主人がために奮戦するゆえ、そこらあたりに身を隠してこの場をよく見とどけ、後日の物語にされよ」
群衆は、一瞬、息をのんだ。やがて崩れたち、逃げ帰る者、松の根方に身を沈める者、庄九郎へ励ましの言葉をどなる者、荷車のあとにつき従おうとする者、など、さまざまの行動をとりはじめた。
庄九郎はさらに荷車をひかせてゆく。
やがて、その火炎の照らす中へ、夏の虫のように飛びこんできた者がある。
庄九郎の数珠丸恒次が鞘走《さやばし》った。一合もまじえず、飛びちがえざま、斬り捨てた。
ぐわっ、と敵は路上にころがり、手で地面をたたいた。
庄九郎はそれにとどめを刺し、赤兵衛をさしまねき、
「後日の証拠になる。首を獲《と》れ」
といった。
このあざやかすぎるほどの太刀さばきに、敵はあきらかに鼻白んだようである。あとはたれも飛びかかって来ない。
庄九郎と火炎車が、さらに進む。
やがて、可児権蔵の眼《ま》近《ぢか》まできた。
権蔵は、大剣をひきぬいて、のそのそと路上に出て立ちはだかった。
「西村勘九郎であるか」
「いかにも。おぬしはたれじゃ」
「美濃可児郷の住人可児権蔵でござる。さる人より仕《し》物《もの》をつかまつれ、と命じられた。お覚悟あそばさるべし」
「ああ、美濃でその人ありと聞こえた可児権蔵とはお手前であるか、一度、会うてみたいものと思うていた。あたら勇士が、戦場ならばともかく、仕物のごとき用に使われるとは口惜しいことだ」
庄九郎は、権蔵のような男の心をつかむことも心得ている。
権蔵は、あきらかにひるんだ。庄九郎が川手城できいたような男でなく、意外にも武者惚《ぼ》れのしそうな男だったのである。
が、だからこそよき敵だともいえる。
足を踏み出した。
その足を、庄九郎は赤兵衛から槍を受けとりざま、横なぐりに払った。
権蔵は跳びあがって避けたが、体が崩れた。足が地におりたときには庄九郎の槍の石突が、胸まできている。
ぐっ、と庄九郎は突いた。
突かれて、よろけた。
そのすきを庄九郎の槍はさらに天空で翻《ひるがえ》って、ふたたび足を払った。
�《どう》っと倒れた。
庄九郎はすかさず、槍の穂先を、権蔵ののど輪にあてた。まるで奇術のような槍のさばきである。
「動いてはならん、怪我をする。可児どの、お働き、感服つかまつった。さすが、三国に知られたる勇者と見奉った」
嘲弄《ちょうろう》しているわけではない。
庄九郎は、大まじめである。
「ただ、拙者の槍が、おぬしの太刀よりも寸がすこし長かっただけのこと。負けても恥にはなりませぬ。後日、またゆるりと茶をのみながら物語をすることもありましょう」
と、庄九郎は槍をひいた。
可児権蔵は、ゆるりと起きあがり、わるびれもせぬ態度で、庄九郎のそばに寄った。
「わしの負けだ」
と、庄九郎の肩をたたいた。
「負けてもあれほどの槍だ、恥にはならぬ。これにて兵を退《ひ》く」
のしのしと闇の中に消えてしまった。
庄九郎は四、五丁歩いてから、ぼそりと赤兵衛にいった。
「美濃は武者どころときいたが、なるほど、明智頼高といい、可児権蔵といい、ずいぶんと面白《おもしろ》そうな男の居る国だ。ただそれらは草深い山里住いの郷侍《ごうざむらい》ばかりで、この国の権力をにぎっている連中は、ふしぎと侏儒《こびと》ばかりがそろっている。侏儒を追いはらってああいう武者を使えば、これは天下にまたとない強国ができあがるだろう」
庄九郎は、昂奮《こうふん》している。この男ほど人間を馬鹿《ばか》にしながら、この男ほど人間に惚れやすい男もめずらしい。
 翌朝、鷺山城に登城した。
頼芸に拝謁《はいえつ》し、昨日の川手城のこと、三丁松原での出来事をつぶさに言上した。
この侏儒《・・》は、それだけで仰天した。
「やはり、兄上はわしに意趣があるとみえるな、勘九郎」
「意趣どころではありませぬ。殿を亡きものにせねばお屋形様の権勢の根がさだまらぬというもの。殿をほろぼすのは当然の必要から出たものでございます。その殿の手足を断つためにまずこの勘九郎を討つことからはじめられたのでございましょう」
「わかった」
眼が吊《つ》りあがっている。
「わしは殺されるのをべんべんと待つような男ではない。こちらから押し寄せて討とう」
「殿、国中に御下《おげ》知状《ちじょう》をおまわしなされませ」
幸い、頼芸には人気がある。それに長井利隆の家来、被官もあわせれば、たちどころに三千人は得られるであろうと思われた。
「勘九郎、兄はどのくらい集めるであろう」
「集めようとなされば、当国の守護職でございますから、一万人以上は容易でございましょう」
「一万人に対し、当方はわずか三千人」
頼芸は、おびえた。庄九郎は、笑った。
「殿の御勘定は、算盤《そろばん》の勘定でございます。このような戦さの勘定は、一万人に三千人、というような単純なものではありませぬ。まずまず勘九郎めが勘定をご覧あれ」
庄九郎の勘定は、川手城の手薄を見はからって一挙に攻めることである。攻めとって政頼を追っぱらって頼芸を守護職にしてしまえば、美濃の豪族、郷侍どもはあらそって主従関係をむすぶであろう。
かれらは、政頼が可愛《かわい》いのではない。また頼芸に対し、わが身にかえてもと思うほどに敬愛しているわけでもない。すべて、わが身がいちばん可愛いのである。そういう個人主義でこの時代の主従関係は成り立っていた。
「あははは、戦さは加《か》減《げん》(足し算、引き算)ではござらぬ」
と、庄九郎はまず頼芸に下知状をかかせ、それに長井利隆に連署させた。
庄九郎はその夜から下知状をもって、美濃の小豪族、郷侍どもの城を一つずつまわりはじめたのである。
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