巧《こう》国を貧しいと思ったが、慶国の貧しさはその比ではない。城壁の下に身を寄せ合った難民の姿と重なって胸が痛い。きっとみんな家に帰りたいだろう。眠る家を持たない苦しさは身にしみて知っている。
雲海越し、眼下に地上を見て飛行すること半日で、陽子たちは征州都維龍に到着した。維龍もまた雲海の上に頂上を突き出した高い山だった。頂上にある建物が州侯の城、この城のどこかに景麒がいるはずだった。
遠目に州城を見たところで鳥が飛び立つように黒い影が城から飛び立つのが見えた。城を守る空行騎兵の集団だろう。
戦うということは、人を殺すということだ。これまで人を斬《き》ったことだけはなかったが、それは人の死を心に背負う勇気を持てなかったからだった。いっしょに行くといったときに覚悟は決めた。大儀のために人の命を軽んじようというわけではない。切った相手とその数は必ず忘れず覚えておく。それが陽子にできる最大限のことだと、そう納得していた。
「だいじょうぶか?」
延にきかれて陽子はうなずいた。
「迷うなよ。せっかくその気になってくれた景王をここで失っては、目もあてられぬからな」
「そう簡単に死にはしないと思う。わたしは往生際《おうじょうぎわ》が悪いから」
陽子が答えると延は怪訝《けげん》そうにした。それに目線で笑ってみせる。
駆けつけてくる騎兵に向かって陽子は剣を鞘《さや》走らせた。吉量は躊躇《ちゅうちょ》せず空を駆ける。城から飛び立った騎兵の群れに陽子は突っこんでいった。