仕事の上では聴きますが実はロックなんて大嫌い、だって汗臭いし恥ずかしいし煩《わずら》わしいし、お部屋に帰ればやはり、バッハやシューベルトでもかけながら過ごすにこしたことはありません。とはいえ、嫌い嫌いも好きのうちという古典的な感情は乙女の本分、もはやロックなんて死に絶えた、何のインパクトもない惰性の音楽だと思いつつも胸がざわめくのは、そう、水野英子のロック漫画『ファイヤー!』のせいなのです。
六〇年の終わりから七〇年の初めにかけて連載されたこの少女漫画は、当時のとてつもなくダサい「ロックな生き方」を正面から描き出した問題作です。主人公のアロンは感化院で孤独な歌い手ファイヤー・ウルフに出逢います。その後、自らのもろくも激しいフラギリテートな感情を飾ることなく吐き出すように歌い続けるアロンは、全米チャートの一位を獲得しながらも大人達の商業主義と対立し、周りをどんどん傷つけていきます。アロンは云います。「ぼくは/歌わない/人気と金がほしいのなら/きみたち勝手にやるがいい」と。嗚呼、なんとカッコ悪い台詞でしょう! ドラッグ、コミューンなど六〇年代なテイストをふんだんに盛り込みながら、可愛いアイドル歌手との恋愛事件(同棲してしまったりする)もちゃんと入った少女漫画には、ロックへのへなちょこな幻想がたっぷり詰まっています。ロックの人が読んだら辟易してしまいそうなこの視線の歪曲《わいきよく》は、だからこそロック、乙女の愛するロックなのです。乙女にとっては全ての憧憬が水晶のファインダーを通した非現実の絵空事です。長髪、自由を求める意志、だらしなさ、魂の叫び……それら紋切り型のロックらしさは、現実から浮遊し象徴的に形骸化してこそ、乙女に熱情をもって受け入れられるのです。
今こそ僕達はアロンのように、自由を求めて歌いましょう! オルタナティヴなんてスカしている場合ではありません。ロックは本来のマヌケなロック魂を爆発させるべきです。世界を変えましょう、大人達に反抗しましょう、不良を崇めましょう。それがロックなのです(多分)。そして……やっぱりボーカルは長髪で捲き毛の美形に限りますね。ザ・イエローモンキーのダサさなんて結構、近いものがあるように思えます。だって「僕はジャガ〜ァ」ですものね。カッチョいいです。