ロックは煩《うるさ》いから嫌いです。若者も騒がしいから嫌いです。休日は幸せそうな人ばかりなので嫌いです。親兄妹は血が絡がっているのがどうも気味悪く思えて、嫌いです。夏は暑いから嫌いです。食事は面倒なので嫌いです。男のコはガサツだから嫌いです。女のコはお喋りだから嫌いです。動物は臭いから嫌いです。ミッキーマウスは赤いズボンを履くから、嫌いです。だけれど、赤いワンピースのキティちゃんは好き。
嫌いなものと好きなものを比べてみれば、この世界は圧倒的に嫌いなもので満たされています。どれもこれも気に入らない、かなり気に入っても一箇所、赦せない部分がある、その些細な一箇所にどうしても眼が瞑《つぶ》れない。我儘だといわれても、嫌なものは嫌なのです。お買い物に出掛けても、いつもなかなか購入に至りません。優柔不断でもケチでもなくて、本当に欲しいものがないからです。ですから必需品を買わなければいけない時は地獄の苦しみです。ある程度気に入ったものの中で妥協するのではなく、気に入らないものの中から一番マシなものを選択しなければならない時、もう情けなくて恥ずかしくて、死海の味がする涙が溢れ出るのです。人生には塗絵型とジグソーパズル型があるのだと思います。前者に最終的な解答はありません。色鉛筆が六色ならその六色でベターな配色をしていけばいいのです。しかし後者はそういう訳にはまいりません。ここに入るピースは絶対にここにしか符合しないピース、複数の選択は無理なのです。欲しい帽子は、型も素材も色も裏地も最初から決まっているのです。ほうぼう廻って疲れ果て、これが最小の妥協だと自分に言い訳します。そんなつまらぬ乾燥した毎日なのです。
ですから嗚呼、偶然にも奇跡的にも、何の妥協もないお気に入りのものに出逢えたならば! 僕は何の努力も惜しみはしない。生命を賭したって気にしない。我が子の身代金なら一億円でも支払いましょう。だって交換は不可能なのですもの。あれも嫌、これも嫌、嫌ばかりの国で生きてきたのはそなたを見出さんが為だったのか。本当にそれが完璧に当て嵌《は》まるピースなら、一刻の猶予も躊躇《ためら》いも感じてはいけません。どんな手段をこうじても必ず手中に収めるのです。出逢ったにも拘らずもし逃してしまったら? そんな人生は虚無にも劣る。潔く死ぬべきです。