小人、閑居して不善をなす。
仕事をするのも億劫なので、しかし机に向っていないと家人に叱られるから、机には向いながら鼻毛をぬいていると石坂洋次郎先生から電話を頂戴した。
「君、昼のニュースを聞きましたか」
「いいえ」
「三浦朱門君の家に昨夜、強盗が入ったのです。三浦君は手を縛られたが、曽野綾子君がドロボウと叫んだので逃げたというのです。君、戸じまりはチャンとしたまえよ」
私はびっくりしてテレビのスイッチを押したが、既にニュースは終っていた。びっくりしたのは他でもない。この二年ほどの間、三浦の家には二度も泥棒が入っている。その泥棒は美術のほうはメキキらしく、他のものは盗んだが床の間にかけてある偽の鉄斎の絵に手をつけなかったと、三浦はあとで口惜しがっていた。
与太者などに因縁をつけられやすい顔の持主がいるように泥棒に入られやすい家があるのかも知れない。三浦の家では前に泥棒よけに茶色い雑種の犬を飼っていたが、この犬は綱を切って逃げていってしまった。
三浦の家に電話をして詳細を聞こうとしたが夫妻はどこかに出かけて話にならない。折角、退屈がまぎれるというのに、よく働く夫婦だ。私なら同じ経験をすれば二、三日、隣近所を走りまわって体験談を吹聴してまわるだろう。
夕刊がやってきた。三浦は泥棒を蹴飛ばしたと書いてある。
「えらいわ。やっぱり三浦さん」
と家人が言った。
「あんたなら、皆をそのままにして飛びだして逃げるでしょうがねエ」
面白くなかった。しかし一年ほど前、家人たちと寿司屋で寿司を食っていると、突然、地震が来た。私はワッと叫び、箸を放り出して一人、店の外に走り出した。ノコノコ戻ってくると店中の客の失笑をうけ、家人からはイヤーな顔をされた記憶がある。以来、家人から嫌味を言われても、反駁することができない。
泥棒は三浦家に入る前に犬養智子さんの家に入った男と同一人物かもしれない。ジャーナリズムと関係のある女性の家ばかり狙うのは一体、どういう心理か。しかも犬養さんといい、曽野さんといい、まあ美人である。この泥棒は美人のもの書きの家ばかり狙うとすると——今後、彼が侵入しない女性の物かきは美人でないという評判がたつ。これは大変だ。
翌日、やっと三浦夫妻と電話で話ができた。
「お前。見舞い品どんどん来とるで。お前、何もくれへんのか。はよ、持ってこいや」
と三浦はアサましいことを言った。焼けぶとりと言う言葉があるが泥棒ぶとりと言うのはこういうことを言うのだろう。ひょっとすると三浦はその泥棒をつかまえて、泥棒の持金を泥棒したのではあるまいか、などとひそかに考えた。
この事件にもう一人、被害者がいた。それは画家の秋野卓美さんである。事件後、タクミさんは毎日、警察から電話で、
「戸じまりに気をつけて下さい」
と注意をうけた。なぜ自分の家だけに警察が注意してくるのかタクミさんにはわからない。
三日目にまた警察から電話があった。
「なぜ、ぼくばかり注意されるのですか」
「アレ」
と警察の人はびっくりして叫んだ。
「あなた、男の人ですか。女性ではないですか」
警察では秋野卓美を女性の名と間ちがえていたのである。
「ぼく、女の画家と考えられていたらしいです」
と秋野氏は情けなさそうにそう私に言った。