この妖精は、糸をつむぐ名人です。
妖精の糸車は、朝から晩までクルクルと回っています。
妖精のつむいだ糸は小さなクモの糸よりも細くてしなやかで、とってもつやがありました。
この糸を使うと、それはそれは美しい布が出来るのです。
ですから妖精の女王が舞踏会(ぶとうかい)を開く時には、みんながこの素晴らしい糸を注文するのでした。
妖精の使っている針は、おじさんのクマンバチの針でした。
クマンバチは、いつも文句ばかり言っていたので、みんなからきらわれていました。
けれどもおじさんは、死ぬ時に妖精を呼んで、
「わたしが死んだら針を抜き取って、お前が使っておくれ。そして何か、役に立つ事をしておくれ」
と、言ったのです。
妖精の住む沼地には、クマンバチよりももっと恐ろしい動物がいました。
それは、大グモです。
その大きな体は、小鳥くらいもあります。
大グモの体は、赤と黄のだんだらもように染まっていました。
この大グモも、糸をつむいでいました。
大グモの糸は銀色に光って、なかなかにきれいでした。
けれども妖精の細くてしなやかな糸と比べると、まるで荒なわ様に見えました。
大グモは自分より美しい糸をつくる妖精が、憎らしくてなりません。
ある日、妖精は糸をつむぎながら、ふと上を見上げました。
すると大グモが頭の上におりて来て、今にも自分を食べようとしているのです。
妖精は、糸車と針をかかえて逃げ出しました。
すると大グモは長い足をのばして、妖精を追いかけてきます。
妖精は、穴から頭を出しているネズミを見つけました。
「ネズミさん、ネズミさん。入れてちょうだい! 大グモに追いかけられているんです!」
ネズミは大グモと聞いて、震えあがりました。
そしてあわてて頭を引っ込めたかと思うと、パタンと戸を閉めてしまいました。
仕方なく妖精は、また走り出しました。
間もなく、カエルを見つけました。
「カエルさん、カエルさん。助けてちょうだい! 大グモに追いかけられてるんです!」
けれどカエルは、知らん顔です。
可愛そうに妖精は、もう息が切れて死んでしまいそうでした。
そのときホタルが、お尻のちょうちんをつけてやって来ました。
「ホタルさん、お願いです。助けてちょうだい! 大グモに追いかけられているんです!」
するとホタルは、
「わたしのちょうちんに、ついていらっしゃい。すぐに良いところへ連れて行ってあげますよ」
と、言いました。
ホタルの後について、妖精は美しいモモ色の花の咲いている野原ヘとやって来ました。
「さあ、早くあのきれいな花の中ヘ飛び込みなさい!」
ホタルの言葉に、妖精はありったけの力をふりしぼって花に飛び込みました。
ところが大グモはすぐに追いつくと、モモ色の花の一番外側の花びらにしがみつきました。
妖精はクマンバチの針をにぎって、大グモの足をチクンと刺しました。
ビックリした大グモは、花びらと一緒に地面に落ちました。
モモ色の花は中に妖精を入れたまま、ピッタリと花びらを閉じました。
起き上がった大グモは、これを見てカンカンに怒りました。
そしてモモ色の花のまわりに糸をはりめぐらして、妖精が出て来るのを待つ事にしました。
次の日も、大グモはその糸の上で妖精が出て来るのを待ちました。
ところが一日中待っても、妖精は出て来ませんでした。
次の日も、また次の日も、大グモは待ちました。
そのうちに、花びらが一枚一枚落ち始めました。
大グモは、
「いよいよ、妖精が食べられるぞ」
と、舌なめずりをしながら花に一歩近づきました。
とうとう、最後の花びらが落ちました。
それでも、妖精は出てきません。
大グモはだまされたと思って、カンカンに怒りました。
そしてあまりにも怒りすぎて、大グモは死んでしまいました。
さて、花の中に飛び込んだ妖精は、花の奥にあるタネの袋の中に隠れていたのです。
そしてやっぱり、糸車を忙しく回していました。
三日たつと、妖精はタネの袋から飛び出しました。
そしてタネの袋から、細くてしなやかな糸があふれ出ました。
それは、妖精のつくった糸でした。
その糸は、タネの袋からふさになってぶらさがりました。
やがて人間がやって来て、妖精のきれいな糸を持って帰りました。
妖精は、モモ色の花がとても気に入りました。
それからはずっと、モモ色の花の中で糸車を回しています。
そして今でも妖精はワタの花の中にいて、糸をつむいでいるのです。