村の人たちは、時々、このだんなからお金を借りることがあります。
ところがだんなは、貸したお金に高い利子をつけて、返してもらうときには貸したお金の何倍もとるのです。
それで村の人たちは、みんなこのだんなをうらんでいました。
さて、この村に、『とんち男』とよばれる、かしこいお百姓さんがいました。
このとんち男も、だんなに借りたお金がなかなか返せなくて困っていました。
ある日の事、だんながお金をとりにやってくるというのです。
それを知ったとんち男は、いそいで肉と魚と野菜を、なべで煮ておきました。
お昼に、だんながやってきました。
「さあ、どうぞこちらへ」
だんなを家に入れたとんち男は、おかみさんにむかって言いました。
「早く、肉と魚を野菜を買っておいで。だんなさんにごちそうするんだから」
それを聞いて、だんなはにっこり。
それを聞いて、だんなはにっこり。
やがておかみさんは、肉と魚と野菜を買ってきました。
そして台所へ行ったかと思うと、すぐに、
「はい、おまちどおさま」
と、料理のぐつぐつ煮えたなべを持ってきたのです。
「おや? なんて早いんだ。いったいどうやって、煮たんだね?」
だんながびっくりして聞くと、とんち男は、わざとひそひそ声で言いました。
「だんなだから教えますが、じつは、これは魔法のなべなんです。何でもほうり込みさえすりゃ、たちどころに煮えちゃうんでして」
「ほほう、そいつは便利ななべだな。どうだい、そいつをわしにくれないか?」
だんながそう言うと、とんち男は、わざと困った顔をして言いました。
「これはむかしから、わたしの家に伝わる家宝でして。いくらだんなでも、ちょっとおゆずりできませんが」
「では、なべをくれれば、貸した金はなしにしてやるぞ。どうだ?」
「いや、その、それは???」
「じゃ、金を全部返せ! いますぐ返せ!」
「???うーん、仕方ありません。だんなにゆずりましょう。だけどこの魔法のなべは、『どんなことがあっても、けっして家から持ち出すな』と、言い伝えられています。それでもいいですか?」
「ああ、いいとも、かまわん」
なべを受け取っただんなは、大喜びで家に帰って行きました。
「えっへへ。うまくいったぞ」
とんち男は、帰って行っただんなに、あかんべーをしました。
さて、家へ帰っただんなは、さっそくお客をよぶことにしました。
「へえ、あのよくばりがごちそうするって? おかしなことがあるもんだ」
みんな首をひねりながら、ぞろぞろやってきました。
お客がそろったところで、だんなが得意そうに言いました。
「今日は、わしの家に代々伝わる、世にも珍しい魔法のなべでごちそうを作ってさしあげようぞ」
だんなはなべの中に、肉、魚、野菜を、どんどん投げ込みました。
「こうやってほうり込みさえすれば、火にかけなくても、たちどころにおいしく煮えるのじゃ。さあ、遠慮せずに、じゃんじゃん食べてくだされ」
「そいつはすごい」
「はやく煮えないかな???」
「??????」
「???」
みんな、なべを取り囲んで、じっと待っていますが、いつまで待っても煮えてきません。
「???あれ? おかしいぞ?」
だんながあせっているのを見て、お客たちは大笑い。
「あははははっ、とんだ魔法のなべだ」
すっかり恥をかいただんなは、かんかんに怒りました。
「あいつめ! 今から行って、ひどい目にあわせてやる!」
やがて、顔をまっ赤にしながらやってくるだんなの姿を見て、とんち男はおかみさんに何か耳うちをしました。
それから急いで塩の入った袋を持つと、やぎを一頭つれて家の後ろにかくれました。
そこへ、だんながとびこんできました。
「あれ、まあ、だんなさん。そんなに赤い顔をして、どうしました?」
「どうしたもへちまもあるもんか! お前の亭主はどこだ!」
「はい、ちょっと、都まで塩を買いに」
「都までだと! ここから何万里もあるんだぞ、このうそつきめ!」
「あら、本当ですよ。ものすごく足の早い、万里(ばんり)やぎに乗って行ったので、あと一時間もすればもどるでしょう。でもお急ぎなら、もっと早く帰るように言いましょうか?」
「そうしろ!」
おかみさんは台の上に三本のせんこうを立てて、何かおまじないの言葉をブツブツとなえはじめました。
それを聞いたとんち男は、急いで表に回ると、汗をふくまねをしながら、部屋に入ってきました。
「おい、おい、何の用だい? こんなに急がせて。ああ、くたびれた」
だんなは、やぎに乗ったとんち男を見てびっくり。
「おや、これはだんなさん。ああ、そうそう、あのなべはいかがでしたか。家から持ち出してしまったので、魔法の力が消えないかと心配していたのですが?」
「いや、その。???それより、それが、足の早いという万里やぎか」
「ええ、そうですとも。ほら、これがさっき、都まで行って買ってきた塩ですよ」
とんち男はなべのすみをまぜて、わざと黒っぽくした塩を見せました。
「なるほど、このあたりの塩とは違うな。こりゃ、たしかに都の塩だ」
だんなは、その万里やぎがほしくなりました。
「わしもそいつに乗って、都へ行ってみたいものだ。ぜひ、やぎをゆずってくれ。金貨十枚でどうじゃ?」
「はい、それはいいですが。でも、だんなさん。こいつはわがままなやぎでして、きれいに体をふいてやったあと、ていねいにおいのりをして、『乗ってもよろしい』と、やぎがうなずかないかぎり、こいつは走りませんよ」
「よい、よい。ほら、金貨十枚だ。やぎはもらっていくぞ」
家に帰っただんなはさっそく、やぎの体をきれいにふいてやり、おいのりをはじめました。
「さあ、早くうなずけ! 『乗ってもよろしい』と、早くうなづけ!」
だんなが何度おいのりしても、やぎは知らん顔です。
「ええーい。もう、がまんならん!」
だんなは、やぎに飛び乗りました。
するとやぎは、だんなを振り落とすと、どこかへ逃げてしまいました。
「あいたたた! むむっ、あやつめ、また、だましおったな。もうかんべんならん!」
だんなは力持ちの召使い三人をよんで、命令しました。
「あの大うそつきめをしばりあげて、川へほうりこんでしまえ!」
さっそくとんち男はつかまって、なわでグルグル巻きにしばられると、川へかつがれていきました。
その途中、とんち男は三人に頼みました。
「おい、頼むから、山にはすてないでくれよ。トラに食われるのはいやだからな。すてるなら川にしてくれ」
「そうか、そうか。それならお前がいやがっている、山へすててやろう」
三人は、とんち男を山にすてました。
しばらくすると、腰のまがった年寄りのヒツジ飼いが通りかかりました。
「おや? そんなかっこうして、どうしたね?」
「ああ、腰のまがったのをなおしているのさ。じいさんもやってみるかい?」
「はいはい、それで腰がなおるのなら」
ヒツジ飼いは、とんち男のなわをはずしてやると、今度は自分がグルグル巻きになりました。
「じゃあ、ごゆっくり」
とんち男はヒツジをつれて、だんなのうちへ行きました。
だんなは、とんち男を見てびっくり。
「あれっ? お前は、川で死んだはず?」
「はい。ですが、『まだ死ぬのは早い』って、地獄のえんまさまが帰してくれたんですよ。おまけに、おみやげのヒツジをこんなにたくさん。それに今度きたち、もっとすごい宝物をくれる約束です。だんなさん、お願いですから、また、川へなげこんでくださいよ」
それを聞いただんなは、自分もやってみたくなりました。
「よし、わしもえんまさまのところへ行って、何かもらってこよう」
だんなはさっそく川へ行くと、ザブーンと飛び込みました。
よくばりだんなはそれっきり、帰ってはきませんでした。