ある日の事。
「ハンス。パンを焼くから、粉(こな)を持ってきて」
「はーい」
お母さんに頼まれたハンスが、小屋から粉を持ってくると、
ピューーーッ!
と、北風が粉を吹き飛ばしてしまいました。
「あっ! 粉を返せえ!」
ハンスが北風を追いかけていくと、雪の野原に氷のお城がたっていました。
このお城は、北風のお家です。
ハンスは、北風のお城に向かって言いました。
「北風さん、ぼくの粉を返してよ!」
するとお城の中から、北風が答えました。
「困ったな。粉はないから、代わりにこのテーブルかけをやろう。『テーブルかけよ、うまいごちそうを出してくれ』と言うと、その通りになるぞ」
「わあ、どうもありがとう」
帰りは夜になったので、ハンスは宿屋(やどや)に泊まってさっそくテーブルかけをためしてみました。
「テーブルかけよ、うまいごちそうを出してくれ」
するとテーブルかけの上に、ズラリとごちそうがならんだのです。
「わあ、すごい、すごい!」
さて、このようすをドアのすき間から見ていた、宿屋のおかみさんは、
「まあ、あのテーブルかけがあれば、毎日ごちそうが食べられるねえ」
と、考え、夜中にこっそりとハンスのテ一ブルかけを、ただのテーブルかけとすりかえたのです。
家に帰ったハンスはお母さんにごちそうを出してあげようと思い、テーブルかけに言いました。
「テーブルかけよ、うまいごちそうを出してくれ」
ところがテーブルかけは、ごちそうどころかパン一切れも出してくれません。
ハンスはもう一度、北風のところへ出かけました。
「北風さん、テーブルかけは返すから、粉を返してよ」
「よわったな、ではこのヒツジをやろう。『ヒツジよ、ヒツジ、金貨をはき出せ』と言うと、その通りになるぞ」
「わあ、どうもありがとう」
帰りはやっぱり、この前の宿屋に泊まって、さっそくためしてみました。
「ヒツジよ、ヒツジ、金貨をはき出せ」
するとヒツジはパラパラパラパラと、いくらでも金貨をはき出しました。
このようすをドアのすき間から見ていた、宿屋のおかみさんは、
「まあ、あんなヒツジがいたら、わたしゃ大金持ちだよ」
と、夜中にこっそり、ハンスのヒツジをただのヒツジとすりかえたのです。
家に帰ったハンスは、お母さんに金貨を出してあげようと思いました。
「ヒツジよ、ヒツジ、金貨をはき出せ」
ところがヒツジは金貨を一枚も出さずに、ただ、メエメエと鳴くばかりです。
ハンスはもう一度、北風のところへ行きました。
「北風さん、ヒツジは返すから、粉を返してよ」
「では、つえをやろう。『つえよ、つえ、悪い奴をぶんなぐれ』と言えば、その通りになるぞ」
「わあ、どうもありがとう」
その日もハンスは、この前の宿屋に泊まりました。
つえをしっかり抱いてベッドに入ると、おかみさんが入ってきて、
「このつえもきっと、魔法のつえだろう。今度もただのつえと、すりかえてやろう」
おかみさんがつえを抜き取ろうとしたので、ハンスは言いました。
「つえよ、つえ、悪い奴をぶんなぐれ!」
するとつえはヒラリと飛び上がって、おかみさんをバンバン、ビシビシとたたきました。
「ヒェェェー! テーブルかけもヒツジも返すから、許しておくれー!」
おかみさんは泣きながら、ハンスにテーブルかけとヒツジを返しました。
「さあ、お母さんにごちそうと金貨を出してあげよう。おまけにこのつえがあれば、ぼくとお母さんはこわいものなしさ」
こうしてテーブルかけとヒツジと取り返したハンスは、北風にもらった三つの宝物のおかげでお母さんと幸せに暮らしたのでした。