何不自由なく暮らしていましたが、ただ悲しい事に二人には子どもがありませんでした。
ある日、おばあさんが、おまんじゅうをつくっていました。
おじいさんはそばに座ってながめていましたが、ねり粉をひとつまみちぎりながら、ふと、こんな事を言いました。
「なあ、わしらには息子がない。せめて、このねり粉で子どもをつくろう」
おじいさんとおばあさんは、ねり粉で小さな男の子をつくって、腰かけの上に置きました。
それから二人は、仕事にかかりました。
おばあさんは、メスウシの乳をしぼりに行きました。
おじいさんは、たきぎを切るためにうら庭ヘ行きました。
しばらくして、おじいさんとおばあさんは家に戻って来てビックリ。
何とねり粉の男の子が、本当の人間の子になっていたのです。
ねり粉の男の子は床に座って、子ヤギと遊んでいるのです。
おじいさんとおばあさんは、夢かとばかり喜びました。
「わたしたちの息子に、何て名前をつけましょうかね?」
と、おばあさんがたずねると、
「ねり粉でつくった子どもだ。カムイルという名にしよう」
と、おじいさんが言いました。
カムイルというのはタタール語で、ねり粉の事です。
カムイルはずんずんと大きくなり、すごい力持ちになっていきました。
ある日、カムイルは表へ遊びに行って、子どもたちとすもうをとりはじめました。
カムイルは一人の子どもを持ちあげて、木よりも高く放りあげてしまいました。
その子は地面に落ちると、そのまま動けなくなりました。
怒ったほかの子どもたちは、いっせいにカムイルに飛びかかりましたが、ところが反対にカムイルはみんなをかたっぱしからやっつけてしまいました。
これを知った村の人たちは、そろっておじいさんのところへ押しかけました。
「こんな恐ろしい子は、一日もこの村へはおいておけない。どこかへやっておくれ。さもないと、村中の子どもが、けがをさせられてしまう」
仕方がありません。
おじいさんとおばあさんは、カムイルを旅に出す事にしました。
「お父さん、お母さん、心配しないでください。
遠くの国へ行って、そこの人たちがどんな暮らしをしているか見てきます。
そうだ、ぼくに棒を一本ください。
ほかには何も、いりませんから」
おじいさんは、棒を持って来ました。
ところがカムイルがその棒をかるく引っぱると、棒はまっぷたつに折れてしまいました。
「これじゃ、だめです。かじやに頼んで、鉄棒を作ってもらえませんか?」
やがて立派な鉄棒が出来て来ると、カムイルはその鉄棒をビュンビュンと振り回してみました。
「これならいい。とっても丈夫だ。じゃあ、行ってきます」
おばあさんはお菓子を焼いて、カムイルに持たせました。
カムイルは鉄棒とお菓子を持って、村から出て行きました。
どんどん歩いて行くと、森に出ました。
向こうから一人の男が、ノロノロとやって来ました。
見ると、その男は両足をしばられているので、やっとの事で歩いています。
「どうしたんだい? 誰に足をしばられたんだい?」
「自分でしばったのさ。このひもをといたら、鳥だって追いつけないくらい、はやく歩き出してしまうんでね」
「それで、どこへ行くつもりだい?」
「さあて。どこへ行くか、自分でもわからないんだ」
「それじゃ、一緒に行かないか?」
二人は一緒に、旅を続けました。
どんどん歩いていくうちに、二人はおかしな男に出会いました。
男は道ばたに腰をおろして、指で鼻を押さえているのです。
「きみ、きみ、どうして、鼻を押さえているんだい?」
カムイルが、男にたずねると、
「鼻を押さえていなかったら、大変な事になるんでね」
と、男は言いました。
「何しろ、片っぽうの鼻の穴をほんのチョッピリでも開ければ、おれの鼻息で近くの家のひきうすが、みんなまわりだしてしまうんだ。
両方の鼻の穴を開けたりしたら、それこそ大地震がおきてしまうだろうよ」
「それはすごい! ぼくたちと一緒に、旅に行かないか?」
と、カムイルがたずねました。
「ああ、いいとも」
三人はそろって、旅を続けました。
どんどん行くうちに、白いひげを生やしたおじいさんに会いました。
そのおじいさんはボウシをかぶっていましたが、ふつうのかぶりかたとは違って、片方の耳にだけボウシを乗っけているのです。
「おじいさん、どうしてそんなかぶり方をしているんだい?」
と、カムイルがたずねました。
「こういう風にかぶるより、しょうがないからさ。
何しろボウシを頭にかぶせたりすれば、たちまちふぶきがおこるんでな。
ちゃんと深くかぶったりすれば、世界中が、こおりついてしまうんだよ」
カムイルは、驚いて言いました。
「おじいさん。ぼくたちと一緒に行かないか?」
四人が一緒に歩いて行くと、弓を持った男に会いました。
その男は弓で、何かを狙っていました。
けれども何を狙っているのか、けんとうがつきません。
「いったい、何を狙っているんだい?」
と、カムイルはたずねました。
「ハエだよ」
と、弓をかまえた男は答えました。
「ハエはここから六十キロメートル先の、山の木の枝にとまっているんだ。
あいつの左の目玉を、いぬいてやりたいのさ」
カムイルはすっかり驚いて、その弓を持った男を旅の仲間に入れました。
五人が歩いて行くと、一人のおじいさんに出会いました。
そのおじいさんはしゃがんで土を、こっちの手からあっちの手へとうつしています。
「おじいさん。何をしているんだい?」
「わしが土をまけば、まいたところに山が出来るんだよ。あっちにも、こっちにもな」
カムイルは、このおじいさんも仲間にさそいました。
六人は、大きな町にやって来ました。
この国には、美しいお姫さまがいました。
一目でお姫さまを好きになったカムイルは、お姫さまに結婚を申し込むためにみんなを連れて王さまのご殿ヘ行きました。
けれども王さまは、どこの誰ともわからない若者に大事な娘をやりたくはありません。
そこで王さまは、何とかして断ろうと思って知恵をしぼりました。
そして、王さまは言いました。
「お前たちの中に、わしの家来のはや足男よりもはやい者がいたら、姫をやる事にしよう」
王さまは家来の中で一番足のはやい、はや足男を呼んで、高い山まで走って行くように言いつけました。
はや足男は、むちゅうで駆け出しました。
さて、カムイルの仲間の足じまんは、ゆっくりと足の革ひもをほどいてから、あとを追いかけました。
ゆっくり追いかけたのに、足じまんはたちまち王さまの家来を追いこして、ひとっとびに山へつきました。
足じまんは草むらにねころがって、王さまの家来が来るのを待ちました。
そのうちに待ちくたびれて、ぐっすり寝込んでしまいました。
王さまの家来は山にかけつけると、さっと引き返しました。
けれども足じまんは、あいかわらず眠っています。
やがて道にほこりがまいあがって、王さまの家来が戻って来ました。
それを見るとカムイルは心配になって、弓じまんに言いました。
「どうやら足じまんは、いねむりをしているらしい。
ぐずぐずしていると、負けてしまう。
あいつをうって、目を覚まさしてやってくれないか」
弓じまんは肩から弓をおろすと、狙いを定めて矢を放ちました。
矢は眠っている足じまんの耳のところを、すれすれにかすめました。
足じまんはビックリして、目を覚ましました。
「ありゃ、寝過してしまった。少し急ぐとするか」
足じまんはそう言うと庭をさんぽするような足取りで、たちまち王さまの家来を追いこしてしまいました。
王さまはせっかくの作戦が失敗したのを知ると、カムイルに言いました。
「よろしい。それでは約束通り姫をあげよう。だがその前に、風呂に入ってきなさい」
王さまはカムイルたちを鉄の風呂に入れて、むし焼きにしようと思ったのです。
カムイルは、そんな事とは知りません。
仲間たちと一緒に、王さまの鉄風呂に行きました。
みんながお風呂に入ったとたん、王さまは外からしっかりとカギをかけました。
そして山のようなたきぎを、ドンドンくべさせました。
「これで、あいつらも生きては出て来られないだろう」
さて、お風呂が熱くなってくると、カムイルは白ひげのおじいさんに言いました。
「おじいさん。ボウシをかぶってくれよ」
おじいさんは、ボウシを頭のてっぺんにかぶりました。
すると鉄風呂の中で、ふぶきがまきおこりました。
けれども、ふぶきぐらいでは、まだお風呂は冷たくなりません。
おじいさんは、ボウシを深くかぶりました。
そのとたん、お風呂の壁はたちまちこおりついて、厚い氷でおおわれました。
「おじいさん、やりすぎだ! もう少しゆるめてくれ!」
あくる朝、お風呂の様子を見に来た王さまはビックリ。
むし焼きにしたはずのカムイルたちが、元気な顔で出て来たからです。
カムイルは、王さまに言いました。
「王さま、はっきり言ってください。お姫さまをくださるんですか? くださらないんですか?」
「やるもんか! お前なんかに、ぜったいやらん! とれるものなら、とってみろ!」
王さまは叫ぶと、家来たちに合図をしました。
王さまの家来たちは、カムイルと仲間たちに飛びかかりました。
そこでカムイルは鼻をつまんでいる鼻息じまんに、ちょっと息を吹きかけてくれと頼みました。
するとたちまち恐ろしい嵐がおこって、王さまの家来たちは一人残らずホコリのように吹き飛ばされてしまいました。
すると、山づくりのおじいさんが言いました。
「こっちヘ、ぱらぱら山をつくろう。あっちヘ、ぱらぱら山をつくろう」
高い山が二つ出来て、王さまの家来たちをうめてしまいました。
それでもまだ、王さまはこうさんしません。
今度は、軍隊を呼びました。
大勢の軍隊が、カムイルめがけて押し寄せて来ました。
「さて、おれも良いところを見せるか」
カムイルは鉄棒をビュンビュンふりまわして、軍隊をなんなく追いちらしてしまいました。
王さまは恐ろしくなって、やっとお姫さまとの結婚を許しました。
カムイルは花嫁をウマに乗せて、仲間たちと一緒におじいさんとおばあさんのところへ帰りました。
それから三十日間も宴会(えんかい)が開かれて、四十日間も結婚式が続いたということです。