輸送責任者の家臣が上陸して歩き回っていると、薄汚れた長身の中年男が現れ、なぜここへ来たのかと尋ねました。家臣が事情を説明すると、男は、
「不躾ながら、その酒を少し分けてはもらえないか。一杯やって、故郷への思いを忘れたいのだが」
と頼んできました。そこで家臣が相手の素性を尋ねると、
「私は関ヶ原の合戦で敗れ、この島に流された宇喜多秀家のなれの果てである」
と名乗りました。宇喜多秀家といえば豊臣五大老の一人で、関ヶ原の合戦では西軍の主力となったそうそうたる武将です。驚いた家臣は承知して船に戻りましたが、そこで思案します。
「はて、どうしたものか。幾つかの樽から少しずつ酒を抜けば、減ったことなどバレないだろう。しかし、相手は天下の宇喜多秀家だ。主人の怒りを恐れて少ししか酒を贈らなければ失礼になる」
そう考えて、丸ごと一樽に干し魚を添えて贈りました。やがて嵐もおさまって江戸に着いた家臣は、すぐに目付役にその一件を報告しました。正則はそれを聞くなりその家臣を呼び出しました。気性の激しい正則ですから、許しもなく勝手なことをしたのに腹を立て、手討ちにされるのではと周りの者はヒヤヒヤしました。本人も覚悟を決めましたが、意外にも正則は、
「宇喜多殿に一樽を贈ったのは、まことによい計らいだった。私の怒りを恐れて何も贈らなかったら、正則はケチだから家来まで情け知らずだとさげすまされていたところだ。家臣の恥は主君の恥だ。また、多くの樽から抜き取れば分からないのに正直に報告したのは神妙の至りである」
と、たいそう褒めたたえたのです。