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松山着18時15分の死者8-2

时间: 2019-04-27    进入日语论坛
核心提示:「先輩、正確には、岩川さんが下車した阿波川口駅が、出発点ということになりますね」 浦上は谷田が待つテーブルに引き返すと、
(单词翻译:双击或拖选)
「先輩、正確には、岩川さんが下車した阿波川口駅が、出発点ということになりますね」
 浦上は谷田が待つテーブルに引き返すと、手酌で一杯飲んでから言った。
「堀井は、阿波川口発十三時二十八分の高知行き、下り列車に乗って行った。これだけは不動ですね」
「だからさ、それが出発点じゃどうにもならないんだよ」
 谷田は話を元へ戻した。
 土讃本線を起点とするコピーは、四枚だった。
 堀井の主張によると、峡谷観光のため、大歩危で、一時間四十六分が費やされたことになっている。
 松山南署捜査本部の分析は、この「一時間四十六分」を、完全に無視する仮説《もの》だった。すなわち、「大歩危峡観光」は堀井の口実という見方だ。
 大歩危発が十五時三十四分では、絶対に、堀井を犯行時間に犯行現場へ連れて行くことができないからである。
「賛成ですね。やつが高知行きの普通列車に乗って行ったのは、事実なのだから、時間を短縮するとしたら、観光を省略するしかないでしょう」
 浦上がうなずくと、
「実際には時間がかかり過ぎるが、高知まで直行し、きみが憧れていた予土線で、宇和島を経由するコースがある」
 と、谷田は、参考データとして、コピーの一枚を指差した。
 
阿波川口発 十三時二十八分 土讃本線 普通
高知着 十五時三十三分 終点
高知発 十六時十六分 急行�あしずり5号�
窪川着 十七時四十六分
窪川発 十八時 予土線 普通
宇和島着 二十時十六分 終点
 
 これは、こういうルートもあるという、文字どおりの参考資料に過ぎない。松山どころか、宇和島到着の時点で、殺人完了後、一時間半以上も経っているのだから。
「先輩、四枚のコピーは、松山の捜査本部が打ち出してきたものだと言いましたね」
「ああ、十二分に、四国に土地鑑を持つ刑事《でか》さんたちの検討だ。見落としはないと言っていい」
「しかし、空路が入っていませんよ」
「残念ながら、チャーター機でもなければ、飛行機は使えない。高松、徳島、高知、松山と、飛行場自体は各県に一つずつある。だが、四国の中では相互を結んでいないので、時間短縮の役には立たない」
「最近では、不定期路線なんて空路もあるようですが」
「それも、四国に限っては、一本も飛行していないそうだ。その代わり、四国はバスルートが発達しているんだってな」
「これですか」
 浦上は次のコピーを手に取った。
 国道33号線を経由して、松山と高知を結ぶ、JR四国バスご自慢の、�松山高知急行線�である。
 だが、これも駄目だった。
 
高知着 十五時三十三分
高知駅発 十六時 JRバス�なんごく20号�
松山駅着 十九時十二分
 
 宇和島経由よりはずっと早いが、それでも犯行後四十分以上も過ぎてからの松山入りである。
 次に考えられるのは、四国山地の横断ではなく、即Uターンという手段だ。
 これは、最後の目撃者『大王製紙』の岩川が下車した後なら、いつでも着手することが可能だ。
 しかし、列車の本数が少ないので、岩川が降りた阿波川口の隣駅小歩危でも、その次の大歩危から引き返しても、結局は同じ気動車に乗ることになる。と、いうことで、捜査本部は、(堀井が下車したと主張する)大歩危を基点として、ダイヤを書き出してあった。
 
大歩危着 十三時四十八分
大歩危発 十五時十六分 土讃本線 上り普通
阿波池田着 十五時四十五分 終点
阿波池田発 十六時 L特急�しまんと6号�
多度津着 十六時四十分
多度津発 十六時四十五分 L特急�いしづち13号�
松山着 十九時十五分
 
「オレも、このルートがもっともスタンダードだと思ったのだけど、これで見ると、やはり無理だね」
 と、谷田は、やや酔いの回ってきた口調で言った。
 そう、松山着が、松山高知急行バス�なんごく20号�とほとんど同じ時間ではないか。
 一体どうなっているのか。
 Uターンが、もっとも可能性が高い。それは、谷田が口にするまでもなく、(こうしていくつかのルートを提示されてみれば)だれもが考えることだろう。
 浦上は、次のコピーを引き寄せる前に、じっとUターンルートの数字を見詰めた。
 いくら列車の本数が少ないとはいえ、
(待ち時間が多過ぎる)
 ぴんときたのは、そのことだった。十三時四十八分の下りで着いて、十五時十六分の上りに乗る。
 一分でも時間が欲しい緊急時に、無為に一時間二十八分も費やす人間がいるだろうか。しかも、このルートは、堀井の主張と途中から重複する結果となるのだ。すなわち、阿波池田から乗り継ぐことになるL特急�しまんと6号�がそれである。
�しまんと6号�が犯行時刻に間に合わないことは、最初から分かっている。そのL特急にしか乗ることができないのであれば、結局は、堀井が主張するところの「大歩危峡観光」が、浮上してくることになろう。
 堀井は、渓流下りの観光船に乗った後で、(時間的に間に合わない松山ではなく)L特急�しまんと6号�の終着駅高松で下車する。
 そして、高松駅ホームで死亡記事を見たという主張が、自然な説明になってくる。
 だが、そんなことがあろうか。
 堀井は必ず、この一時間二十八分を有効に使っているはずだ。活用しないわけがない。
 第一、堀井が「大きい囲炉裏がある小さい待合室」で三十分も待っていたのなら、駅員の記憶に残っているだろう。その辺りの捜査はどうなっているのか。
 浦上は、三日前に�南風5号�で通過した際の、ほとんど乗降客のいなかった山峡の大歩危駅を思った。あんなに人気のない駅なら、嫌でも駅員が覚えているはずだ。
「うん、それは捜査の基本だ。その点に関しては、徳島県警が協力しているわけだが、はっきりしないそうだ」
「それらしき男が、上り列車を待っていたというのですか」
「観光船の従業員も、大歩危駅の駅員も、サラリーマンふうな中年男性が存在したことは認めている」
 しかし、これは、国道32号線沿いのレストハウスの証言も含めて、中年男性は数人が一緒だったというものであり、堀井隆生を特定することはできなかった。
 すなわち、数人の男性たちは、最初から連れ立ってきたようでもあり、レストハウス手前を下った乗船場でたまたま一緒になった感じでもあった、というのである。
 観光客もそれほど多くはないし、列車の数も少ない。と、なれば、同じ観光をすれば、別々に訪れた人間も同一な行動を取ることになろう。
「どこから観光にきたのか知らないが、これらの中年男性を探し出すのは簡単にはいかない。聞き込みに協力した徳島県警では、お手上げというのが現状らしい」
「お手上げでも、スピーディーにそこまで聞き込んでいるとは、さすがですね」
 浦上はうなずいてから、ふと、こう感じた。
「堀井は観光船にも乗っていなければ、大歩危駅で三十分も待ってはいなかったのではないですか」
 浦上が瞬時に感じた根拠は、もし、堀井がその数人の中に混じっていたのであれば、そのことを、はっきりと矢島部長刑事に伝えたはずではないか、ということだった。「小さい待合室には、大きい囲炉裏《いろり》があった」と、もっともらしく情景を説明しながら、堀井が、サラリーマンふうな男たちのことを口にしなかったのはなぜか。
 堀井は、準備工作として、事前に山峡の駅を訪ねてはいただろう。だが、あの日のあの時間、堀井は大歩危にはいなかった。
 いなかったから、貴重な裏付けとなるはずの、数人の中年男性の存在を、矢島部長刑事に告げることができなかったのだ、と、そういうことになろう。
「徳島県警の聞き込みは、お手上げなんてものじゃない。立派なアリバイ崩しになっているのではありませんか」
 浦上はそうつづけ、この場の思いつきを口に出した。
「列車が駄目なら、レンタカーでUターンてのはどうですか」
 殺人にもレンタカーが用いられていたわけだし、一時間二十八分を活用するのに、車は有効な手段だ。
「ルートがどうしても発見できないので、もちろん、その点も念を入れたそうだ」
 と、谷田はこたえた。
 しかし、堀井は車の運転ができなかったし、大歩危駅とか、駅を上がった大歩危橋周辺に、不審車が駐車されていた形跡はまったくなかったという。
「L特急が停車する駅の周辺といっても、大歩危は人影が少なく、ひっそりとしているそうじゃないか」
「そうでした。お店が二、三軒かな。確かにあれでは、何時間も車を放置しておけば、目につきます」
 浦上は、車窓越しに見た大歩危駅前を思い返して言った。
「でも、乗用車に注意が向けられたことは無駄ではなかった」
 谷田は、浦上に対して、次なるコピーのチェックを促した。
 一時間二十八分の活用は、バスルートだった。
「バスを使うとなると、大歩危駅で、わずか四分の待ち合わせなんだよ。オレは、もちろん松山南署の検討に参加していたわけではないが、バス利用のUターンルートを見つけたとき、刑事《で か》さんたち、顔色を変えたのじゃないかな」
 と、谷田は言った。
 Uターンといっても、バスルートは、多度津へ引き返すのではなかった。L特急の停車駅にして、多度津より三つ松山寄りの川之江へ抜け、川之江から予讃本線を利用するコースだった。
 松山寄りの駅からL特急に乗り込むのであれば、時間も短縮できる道理だ。
 
大歩危着 十三時四十八分
大歩危駅発 十三時五十二分 四国交通バス
阿波池田駅着 十四時三十五分
阿波池田駅発 十四時五十六分 JRバス
川之江駅着 十五時五十二分
川之江発 十六時二十五分 L特急�しおかぜ9号�
松山着 十八時十四分
 
 L特急にして三十分余りだが、川之江のほうが、多度津より松山に近い。
「十八時十四分着ですか」
 浦上はぐいっと猪口をあけた。
「先輩、持って回ったデータの示し方でしたが、結局、これで決まりですね」
「うん、四国の地理を知悉《ちしつ》する刑事《でか》さんたちからも、これで駄目なら、堀井の線はないという声が出ているそうだ」
「たった四分の待ち合わせで、大歩危からUターン。このダイヤの組み合わせが、すべて計算ずくの、堀井らしいところだと思いますね」
「オレもそう考える。が、このままでは駄目なんだ」
「四国交通バスは、それらしき男を乗せなかったというのですか」
「問題は、松山駅へ到着する時間だ」
「十八時十四分では、具合が悪いのですか。高橋美津枝さんは、十八時に、竹原町でレンタカーを借り出したわけでしょう。堀井の言いなりであっただろう美津枝さんが、駅前にレンタカーをとめていれば、タクシーを利用するのとは違って、乗り換えの待ち時間なしですよ」
「松山駅前から三津浜港近くの犯行現場まで、深夜に車を飛ばしても、十五分はかかるそうだ。夕方のあの時間帯では、うまくいっても二十二、三分は見なければならないらしい」
 谷田は吐息して、ピース・ライトに火をつけた。
 地元刑事の測定なら、万に一つの計算違いもないだろう。
 二人のOLによって目撃されたレンタカーが、工場裏手のブロック塀脇に停車したのは、十八時二十六分だ。
 すると堀井は、少なくとも十八時四分には、松山駅改札口を出ていなければならない。
「ぎりぎりだが、このバスルート、十分足らないってことですか」
「これが、目下のところの最短コースだ。しかし、十分を短縮するトリックを究明できなければ、この川之江経由も、結局は役立たずさ」
「松山の手前で、運転停車でもあれば、うまくいくんですがね」
 浦上は時刻表を引き寄せた。
 今治、伊予北条と過ぎた松山行きは、ずっと港寄りを走ってくるのだ。
「運転停車がなければ、疾走中のL特急から飛び降りるしかないか」
 浦上はぶつぶつつぶやきながら、時刻表を見詰めていたが、
「あれ?」
 突然、甲高い声を発していた。
 運転停止も、飛び降りるなんて実現不可能なつぶやきも関係ない。�しおかぜ9号�の松山の前の停車駅は、三津浜となっているではないか!
 到着が十八時十分だ。
 しかも、一瞥《いちべつ》したところ、三津浜駅に停車する下りL特急は、一日のダイヤの中で、朝の�いしづち1号�と夕方の�しおかぜ9号�、この二本だけなのだ。後の十四本は、すべて、今治、あるいは伊予北条発車後はノンストップで、松山へ向かっている。
 大歩危での四分の乗り換えと、一日わずか二本しか停車しないL特急の利用。
(崩れたな)
 浦上の横顔に、やっと安堵の表情が浮かんできた。
「先輩、堀井は、終点の松山まで行く必要がないじゃありませんか」
 三津浜駅なら、松山駅よりも犯行現場に近いはずだ。
 浦上が、ショルダーバッグから松山の市内地図を取り出そうとすると、
「それも、うまくいかないんだ」
 谷田は委細承知という顔で、口元を引き締めた。
「三津浜駅で降りたのでは、問題のレンタカーが用意できない」
 それが、谷田の指摘だった。
 浦上の発言は、瞬時に否定された。
 美津枝がレンタカーを借り出したのは、十八時だ。レンタカーの営業所がある竹原町は、松山駅を挟んで、三津浜駅とは反対側になる。竹原町の営業所から三津浜駅まで、夕方の混雑する時間帯では、やはり、三十分前後を見なければならないというのである。
 六時三十分では、レンタカーが三津浜駅に到着した時点で、殺人は完了してしまっている。
 その上、レンタカーは、三津浜駅とは逆方向、言うなれば松山駅の方角から現場へ走ってきたことを、二人のOLによって目撃されているのである。
「刑事《でか》さんたちの間でも、当然�しおかぜ9号�の三津浜停車を注目する意見が出た。しかし、レンタカーを借り出した時間との対比で、�三津浜駅�は立ち消えになったそうだ」
 と、谷田は言い、
「結論としては、堀井を、十八時四分までに、松山駅へ下車させなければならないって、ことなんだな」
 苦り切った顔になった。
 十八時四分ならば、竹原町で十八時に借りたレンタカーを回すことができるし、ぎりぎりとはいえ、三津浜港近くの殺人現場へ到着することが可能となる。
「タイムリミットは、松山駅で十八時四分ですか」
 浦上はふたたび、時刻表のあちこちをめくった。
 松山駅到着時間のみを考えると、都合のいいのは、三本だった。
 
 予讃本線下り=松山着 十七時六分 L特急�しおかぜ7号�
 予讃本線上り=松山着 十八時二分 急行�うわじま6号�
 松山高知急行線バス上り=松山駅前着 十七時三十二分 �なんごく16号�
 
 乗車時間は、次のようになる。
 
=多度津発 十四時四十九分
 (川之江発 十五時二十五分)
=宇和島発 十六時六分
=高知駅前発 十四時
 
「どうしようもないですね」
 浦上は時刻表を投げ出した。
 一応、三本を書き出してはみたものの、どれも「大歩危着十三時四十八分」の下り普通列車と、かみ合うわけがなかった。もっとも速いルートが、(十分足りない)L特急�しおかぜ9号�だったからである。
「先輩、足取りが割れないのでは、堀井の指紋は、宙に浮いたままですか」
「まあ飲め」
 ことばが見つからない谷田は、返事の代わりにそう言って、徳利を差し出してきた。
 浦上は杯を受けてから、五枚のコピーを一枚ずつ別々に、円卓脇の、畳の上に並べた。
 焦点は�しおかぜ9号�だ。このL特急に、トリックを仕掛けることが可能かどうか。問題は、わずか十分の短縮なのである。
「十分を速めるトリックを見つけ出せば、�しおかぜ9号�が生きてくる」
 浦上は自らに言い聞かせたが、やがて、
「それにしても、堀井のやつ、よくもこれだけのアリバイ計画を立てたものですね」
 と、改めて吐息したのは、電話の時間を、チェック仕直したときだった。
 
 十七時十五分(高松アストリアホテルのフロント)
 十七時十八分(不二通商東京本社第三営業課)
 十九時五十九分(不二通商東京本社宿直室)
 
 宿直の三好を呼び出したの電話は、犯行後のことなので、別に考えるとしても、ととは、大歩危から松山へ引き返す途中で、かけられているわけである。
 しかも、それらは、三本とも車内電話ではなかった。堀井は、車外(駅のホーム)からかけているのだ。
 電話の面からも、�しおかぜ9号�が使えなくなってくる。
�しおかぜ9号�を利用したのでは、この電話がかけられないのだ。�しおかぜ9号�は、十七時十四分に壬生《にゆう》川《がわ》を発車すると、次は十七時三十二分着の今治まで、ノンストップだからである。
 堀井の電話を受けた三人は、それが、いずれも車内からのものではなかった、と明言しているが、(可能性が�しおかぜ9号�しか残っていないのであれば)駅のホームからかけたことを装って、実は車内電話使用のトリックも、念頭に入れて置くべきかもしれない。
 浦上は一応そう考えてみたものの、地図を確かめて、車内電話はなさそうだ、と思い直した。
「先輩、壬生川駅を出た辺りは、いくつかトンネルがありますね」
 浦上は谷田の顔を見た。
 トンネルに入れば、通話は乱れる。車外からかけたことを装うのは、難しいだろう。それに三人とも、電話には、駅のホームと覚しき騒音が聞こえていた、と、口をそろえていうのである。
「そうか、�しおかぜ9号�に乗っていたのでは、あの電話はかけられないのか」
 と、谷田が、猪口を戻して、時刻表と地図をのぞき込むと、
「第一、�しおかぜ9号�に、電話室があるのかどうか」
 と、浦上はつぶやいていた。四国を走る列車で、電話を備えた車両がそれほど多くはないことを、浦上は知っている。
 との電話がかけられた時間、堀井が、すでに松山に入っていたのであれば、問題はない。だが、十七時十五分に、松山市内に引き返しているなんてことは、それこそ、絶対に有り得ないのである。
�しおかぜ9号�より速いルートがないことは、土地鑑のある地元の捜査本部が立証済みだ。
 では、堀井はどこから電話をかけたのか。電話の一事から言っても、堀井のアリバイは裏付けられてしまうのか。
「結局、堀井の主張どおり、高松駅ホームからの電話、ということになるのかい」
 谷田が吐き捨てると、
「待ってくださいよ」
 浦上は再度、五枚のコピー用紙に目を向け、
「堀井が、どこから三本の電話をかけたのか、そっちの目撃証人はいないわけですよね」
 と、小声で繰り返し、
「このアリバイを支える確実な目撃者は、とどのつまり二人だけですか」
 と、(堀井を尋問したときの)矢島部長刑事に共通するつぶやきを発していた。午後、東京駅が見える八重洲の喫茶店で堀井を追及したときの矢島部長刑事は、
(大歩危以降の堀井はフリー)
 という見方だった。その自由な時間に殺人を仕込むのは、それほど困難ではあるまいと矢島は考えた。
 堀井は、そうした部長刑事の想定を、一つ一つ覆してきたわけであるが、
「堀井のアリバイの基盤となっているのは、三本の電話と、わずか二人の証人のみですね」
 と、浦上はもう一度、同じ意味のことばを、言った。
 二人の証人とは、『大王製紙』四国本社総務部の岩川と、『不二通商』東京本社の宿直員三好だ。
 
阿波川口駅 十三時二十八分(岩川)
東京駅 二十三時四分(三好)
 
 正確に裏付けが取れている場所と時間は、これだけではないか。
 高松駅ホームからの電話も、快速�マリンライナー44号�に乗車したことも、岡山駅で�ひかり162号�に乗り継いだことも、そしてまた、新大阪駅ホームから電話をかけたことも、すべて、堀井の口先の説明のみではないか。(堀井が矢島部長刑事にこたえたように)旅先で、そうそう知った人間に会うものではあるまい。
 だが、証人が、知人である必要はない。キヨスクの従業員でもいいし、堀井が利用したと主張する列車の車掌でもいいわけだ。
「堀井のことです、本当にこのとおりのルートで高松から東京へ帰ったのなら、必ず、何らかの形で、存在証明を残してきたと思うのですよ」
「それが、三本の電話じゃないのか」
「電話は姿が見えません。日本中のどこからだってかけることができます」
 高松駅にも、岡山駅にも、新大阪駅にも�存在証明�がないというのは、堀井はその通過点を、通過していないということではないのか。
「堀井が、それを現時点で打ち出してこないのは、阿波川口駅—東京駅間は、三本の電話だけが支えってことでしょ。このトリックを破れば、一歩前進ということになりますね」
「そうなるかね」
 谷田は、うなずき返してはこなかった。
「一歩前進というのは、一般的には真犯人《ほんぼし》の特定を指すわけだろ。今回の事件《や ま》は、計画を立てたのも、殺人《ころし》を実行したのも、堀井で動かない。この場合の一歩前進とは、高知行きの普通列車に乗って行った堀井を、十八時二十六分までに、三津浜港付近の凶行現場へ連れてくることではないのか」
「岩川さんと三好さん、二人の証言の間には、九時間三十六分という時間があるわけですよ。これは、堀井が、まったく自由に使える時間です」
「きみの着眼点は正確だと思うよ。しかし、堀井を犯行現場へ連れて行くことができないのでは、どうにもならないじゃないか」
 谷田は帰京ルートのコピーを引き寄せ、
「さらに言えばだよ」
 と、�ひかり162号�を指差した。
「堀井は東京駅着二十三時四分の新幹線から降りてきたわけだ。レンタカーの中で美津枝さんを絞殺した堀井が、海岸通りを松山港の方角に駆け去ったのは十八時三十分頃だよ。�ひかり162号�の岡山発は十八時四十八分だ。十八分で、どうやって、松山港と岡山駅の間を埋めるのかね」
 二つの確かな証言の間に、自由に使える持ち時間がどれほどあろうと、これでは問題にならない。
「こういうのを、二重のアリバイ工作っていうのかね」
 と、谷田は焼き魚に箸をつけ、猪口を口に運んだ。
 この壁が崩されない限り、堀井は安泰だ。
 現状では、何としても、堀井をレンタカーに乗せることができない。
 そして、吉野川の上流から松山港へ連れて行くトリックを、仮に発見できたとしても、今度は、(谷田が強調するまでもなく)松山港と岡山駅の間を、わずか十八分で埋めなければならないという、それこそ崖のように高い壁が屹立《きつりつ》しているのである。
 現場からJR松山駅までタクシーを飛ばして、二十二、三分。松山—岡山間は、時間帯によって多少異なるが、L特急�しおかぜ�で三時間十五分ほどが必要だ。
 待ち時間なしの単純計算でも三時間半を超える空間を、十八分で埋めるなんてことができるわけもない。
「先輩、何を見落としているのでしょうか」
「最初の問題は、吉野川の上流を走って、高知へ向かう普通列車が、どんなキーを隠しているか、ということだろうな」
 谷田はそう言って遠くに目を向けたが、浦上には何も見えなかった。
 列車の本数も少ない山越えの単線に、何が仕掛けられるというのか。
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