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落語特選20

时间: 2019-09-22    进入日语论坛
核心提示:鰍沢《かじかざわ》「弱ったなァ、こりゃ南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経ウゥン、はァ、困ったなァ、どうも。ひど
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鰍沢《かじかざわ》

「弱ったなァ、こりゃ……南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……ウゥン、はァ、困ったなァ、どうも。ひどい降りになってきたが……どっかでこりゃ道をまちがえたな……たしかにここだと思って来たが……こりゃ日は暮れかかるし、こんなことをしていると野宿をしなくちゃならないが……凍死《こごえじに》をしてしまう。弱ったなあァ……」
旅人は身延山へ参詣の途中、雪おろしの三度笠、引廻《まわし》合羽《がつぱ》に道中差、小さな振り分けの荷物とまことに旅馴れた身装《なり》で、江戸を出て甲州路を西へ、青柳の昌福寺へ寄り、次に小諸山《こもろさん》で毒消しの護符《ごふう》を受け、法輪石《ほうりんせき》へお詣りをして、それからいったん鰍沢《かじかざわ》へ出て、ご本山へ行く途中で……法輪石を出たのが八ツ半——いまの時間で午後三時過ぎ、なんども往来した道なので、雪路を踏みしめながらやって来たが、今日に限って行けども行けども人家のあるところへ出ずに、そのうちにだんだん道らしい道もなくなり、雪はますます風をまじえてひどくなるので、不安は募る一方、次第に日も暮れ、旅人、途方に暮れた……。
そこへ、遙か向うに、ぽォーと灯火《あかり》が見え……地獄で仏とはこのことと……まずありがたい、あすこまで行けばなんとかなるだろうと、灯火を頼りに来てみると、野中の一軒家、草葺き屋根で軒も傾き、壁も落ちたあばら家だが、中で焚火をしているらしく、壁の隙間から灯りがチラッと見えている。戸をトントンと叩き、
「ごめんください……ごめんください」
「はい、……どなた?」
「ええ、ちょっと伺いますが、あたくしは身延へ参詣の者でございまして、雪のために道に迷って、まことに難渋をいたしております。鰍沢へ出ますには、どちらへ参ったらよろしいのでございましょうか……もし」
「なんですか? 鰍沢へ……そうですねェ……どちらへ行っていいか、よくわかりませんがねえ」
「困ったなあ。土地の人の知らないところへ出ちまったのかしら……ェェ申し上げましたように、あたくしは江戸の者でございまして、こちらへ参詣に参りましたが、この雪のために、どうにも身動きできなくなりまして、どんなもう土間の隅でもよろしいのでございますが、一晩お泊めを願うわけには参りませんでございましょうか」
「お泊めするといったところで、こんな山ン中ですから、着て寝るものもなし、食べるものもないが、ただ雪をしのぐだけでよかったら……それでご承知なら、夜を明かすだけ明かしてお出なさい」
「へえっ? さようでございますか……ありがとう存じます。もう土間の隅でもよろしゅうございます」
「そこは締りがしてないから、こっちへお入ンなさい」
「あァ、どうも……おかげさまで助かりまして、ありがとう存じます」
上総戸《かずさど》を開けて中へ入る……土間は広く取ってあって、向うの壁に狸か狢《むじな》か……獣の皮が二枚ばかりぶらさげてあって、その上へ鉄砲が一挺かかっている。
「あァ合羽はね、座敷へかけておいたほうがいいでしょう。焚火をしているから湿《しと》りもいくらか取れましょうし、雪道で別に足は汚れちゃいないだろうから、草鞋《わらじ》を脱いだら、そのまんまこっちへ来て……なんのお構いも出来ませんが、ただ、焚火だけがご馳走で……この囲炉裏のそばで……粗朶《そだ》だけは積んでありますから、それで、どんどん焚いて、勝手にお暖《あた》ンなさいな」
「へえ、遠慮なく、ごめんこうむって……もうこちらさまで助けていただきましたので……いえ、久しい以前《あと》に親父と参詣に参りまして、道は確かに覚えていると思いましたのが、まあどこでまちがいましたのか、こんなに恐ろしい思いをしたことはありません……おかげで命拾いをいたしました」
燃え上がる粗朶の火先で、女を見ると、年頃二十六、七か……絹物《やわらかもの》の継《つ》ぎ接《は》ぎのどてらを引っかけて、長い羅宇《らお》の煙管《きせる》でぷかり、ぷかりと煙草を服《す》っている。頭髪《あたま》は櫛巻《くしまき》にして、色のぬけるように白い、鼻筋の通った、目元にちょっと険があるが、白粉《おしろい》っ気のない、生地《きじ》がきれいなのか、山家《やまが》にはめずらしい、絵から抜け出たようないい器量の女で……どうしたわけか、顎《あご》から喉《のど》へかけて、月の輪なりに引っ掻いたような傷がある。女がいいだけにこの傷がいっそう凄味がある……。
「あたくしは、芝の日陰町で絵草紙屋をしております村田屋幸吉と申します者でございまして、親父が大の法華信者でございまして、遺言に『白骨《ほね》を身延ィ納めてくれ』と言われましたんで、あたくしはまあ、親孝行のつもりで出て参りましたが、こんな大雪に遭いまして……ふだん、まあ、不信心だからで、おおかた、お祖師さまの罰《ばち》でもあたったんじゃァねえかと、思ったんでございますが……こちらさまのおかげで……やっと人心地が着きまして……」
「いいえ、だれでも困るときは、お互いさま……あなたのような親孝行なかたが罰だなんて……。そう窮屈にお坐りにならないで、胡座《あぐら》でもかいて……ゆっくり……なさいよ」
「へえ、へえ。ありがとうございます……お言葉の様子では……おかみさんは江戸の方でいらっしゃいますね」
「あ、あァ、これでも江戸ですよ」
「そうでございましょう。どうもこちらの方ではないと思っておりましたが……江戸は、どちらに、おいでに……なって?……なったんでございます?」
「あたしはね、観音さまの裏っ手のほうにいましたよ」
「観音さまの裏手?……もし間違っていたら、あたくしはお詫び申し上げますが……吉原のほうに……おいでになったことはございませんか?」
「ええ……あそこにも少《ち》っといたことはありますの」
「ではあの……あなたさまは熊蔵丸屋《くまぞうまるや》の月《つき》の兎《と》花魁《おいらん》じゃございませんか?」
「だれ?……おまはんだれなの?」
「花魁でしょ……そうでしょう、どうも確かに……あっあちちっ……いえ、囲炉裏へ、手を突っ込みまして、大丈夫、いえ、火傷《やけど》もなんにもいたしませんが……そうでしたか……いいえ、あなたさまがあたくしをお忘れになっているのは無理はございませんが、あれは確か一昨年《おととし》の二の酉《とり》の晩に、あたくしは友だちに誘われまして、ェェ丸屋さまィ、客というほどの者じゃございませんが、ご厄介になりまして……それから、まあ、裏を返さなきゃならないと思いながら、まだその時分には親父が達者でやかましいから、つい、不義理をしてしまいまして、ね……そのうちに、人の噂では、花魁は心中をなすったなんてことも聞きましたが、心中をなすった花魁がここに坐ってらっしゃるはずはございませんものね。はっははは……つまらねえ噂……」
「それがほんとなんですよ」
「えっ」
「心中《やつ》たんですよ。(咽喉を指して)……とうとう、やりそくなってね。これがそのときの傷なんですよ。相手の人と浅草|溜《だめ》へ下げられて、女太夫かなんかに出されるところを、やっと二人で逃げ出して、こんな甲州の山ン中へいまだに隠れているんですよ。……あなた後生ですから、お帰りになってから、あたしに会ったなんてえことは口外なさらないように……」
「ええ、ええ。そんなこと言うもんですか、あなた。道に迷って助けていただいたお宅が花魁のお住いとは……じつにどうも、夢のようでございますね。助けていただいたあなたさまのことを、なんであたくしがしゃべるはずはございません。そうでしたか、そりゃあまァ、いろいろご苦労もあったことでしょう。で、いまは、その旦那さまとご一緒に……へえェ、なにをなすっていらっしゃる……」
「本町の生薬屋の解雇人《しくじり》ですから、なんにもすることもありませんしねえ。こんな山ン中ですから、半年は猟師をしましてね、あとの半年は熊の膏薬を拵えて、この近所の宿《しゆく》へ売り歩いて、今日も商いに行って留守なんですよ」
「おお、そうですか、それで、ここに鉄砲が掛ってあるんでございますね……うーん、そりゃ思いつきですなあ、どうも。いや…しかし、お羨しいな……え? いいえ、なぜとおっしゃって、好いた同士で心中までなすって、その挙句に、こうした山の中で暮していらっしゃるなんてえなあ、狂言作者が見たら黙っちゃいない、ほんとうに芝居の二番目狂言と同じ……その傷を隠そうため、亭主は熊の膏薬売り……なんてえのァ、はァははは……いや、どうもお羨しいことで……」
旅人は、話をしながら、懐中《ふところ》から紺縮緬《こんちりめん》の胴巻を出して、しごいて中から〈切り餅〉という二十五両の小粒を二つ合せて、カチカチと打付合《ぶつけあい》して封を切ると、目分量《めぶんりよう》で三両ばかり、懐紙《ふところがみ》ィ包んで……、
「エエ、あの、花魁……じゃない、あの、おかみさん、こりゃね、まあ、ぶしつけでございますが、旅籠《はたご》賃といっちゃァ失礼でございますが、ほんの手土産がわり……旦那さまに、また、お口に合うものでも、ひとつ、これで、差し上げていただきたいものですが」
「およしなさいよ。そんなことをされたって、お構いも出来ないのに……旅先でそんなに……でも主《ぬし》が折角出したものを頂かないのも悪いから、じゃァ頂戴しておくけども……ほんとうにすまないわねえ」
「いいえ、ほんの心ばかりで……」
「こんな山ン中ですから、着被《きかぶり》の物も満足にありません。風邪でも引いちゃァいけませんから、どうです、お酒でも飲んで暖《あつた》まったら……」
「ええ、あたくしは、ほんの一《ひと》っ猪口《ちよこ》……」
「あァあ、いいんですよ。いま、卵酒を拵えましょう……この辺は地酒ですからね、口元へ持ってくるとツーンと……なにか嫌な匂いがするんで、はじめはこうつッ返すようでしたが、卵酒にすると香りがいくらかとれますから……まあまあ、いいから、ちょいと待ちなまし」
おかみさんはまめまめしく立ち上がって、台所へ行くと、燗鍋《かんなべ》を持ち出して、これへ生卵をぽん、ぽんと二つ落として、酒を入れて自在鉤《じざい》へ掛けた。焚火の火ですぐ出来上がった。
「さあ、あの、これは熱いほうがいいんですから。さあ……ね? おあがんなさい」
「こりゃ恐れ入ります。ェェ、花魁……じゃない、おかみさんのお酌で、こんな卵酒なんぞ頂けようたァ思いませんでした……あたくしはね、この一《ひと》っ猪口《ちよこ》で……へえ……一合上戸と言いたいンですが、二っ猪口も飲もうもんならば、もう、まっ赤になりましてね、�金時が火事見舞�って、あれでございます……うゥん、これァおいしゅうございますなあ、あァ、焚火にあたって卵酒、こらァたまらない……ェェ、二口か三口……頂戴しましたら、もう……ぽォッとしまして、こうやっているのが辛いくらいでございます」
「……横におなんなさい。あの、向うの奥の三畳へ床を敷いておきましたが……蒲団といったところでお煎餅《せんべ》のような薄いものでねえ……まァ洗濯をしたばかりで垢はついちゃいませんから、辛抱してくださいよ。おまえさんも話の種にお休みなさいよ」
「いえ、とんでもないことで……蒲団の中へ寝かしていただけるなどとは思いもよりませんことで、雪の中を歩いてきたものですから、ひどく疲れてしまいました」
「あ、あの、ちょっと……いまに亭主《やど》が帰って来るでしょうが、吉原でもって、お客になったなんてことは、おっしゃらないように、わちきはかまわないけども……おまはんが変に勘ぐられてもなんだから、そのことだけは極《ご》く内緒《ない》にね」
「いいえ、ご心配には及びません。旦那さまへのご挨拶は明日にさせていただきまして、お先にごめんくださいまし……」
旅人は、片手に振り分けの荷物、片手に道中差を引っ下げて、ふらふらしながら奥の三畳の部屋へ入ると、そのまま床の中へごろっと横になると、安心したのかトロトロッとする。
おかみさんは、亭主に飲ませる酒を旅人に出してしまったので、近所に売る家があるとみえて、番傘をさし、白鳥という徳利を提げ、|※[#「木+累」、unicode6a0f]《かんじき》を履いて出て行く……。入れかわりに帰って来たのが亭主の伝三郎、八千草で編んだ山岡頭巾《やまおかずきん》、松坂木綿のどんつく[#「どんつく」に傍点]布子《ぬのこ》、盲縞《めくらじま》のかるさん[#「かるさん」に傍点]を穿《は》いて、上から熊の皮の胴乱、山刀《やまがたな》ァ腰ィぶちこんで、膏薬箱を右の肩から斜っかけに、|鉄※[#「木+累」、unicode6a0f]《てつかんじき》で足ごしらえをして、降り積む雪の中をザクッザクッザクッ……。
「降りゃァがったなァ……こりゃ当分|止《や》みゃァしねえやなァ……おゥーいっ、お熊っ、(戸を勢いよく開け、また閉めて)いま帰《けえ》った。おう寒い。……たまらねえやどうも、ひでえ降りだよ、お熊……いねえのか? しょうがねえなどうも。どこィ行きゃァがった……いやンなっちゃうなあ。焚火もなにも消えかかってらあ(粗朶をくべて、手をかざしてあたる)この雪ン中……ああァ暖《あつた》けえ暖《あつた》けえ……ごほ、ごほ、ああ、こう寒くっちゃ骨まで凍りそうだ。たまらねえや、どうも。明日こりゃ商売《あきない》もなにも出来やしねえや……(卵酒の湯呑を見て)なんだこりゃ……ちえッ、いやだ、いやだ、亭主が雪の中をかけずり廻って稼いでりゃ、かかァ、家で卵酒|喰《く》らってやがる……�手に取るな、やはり野に置け蓮華草《れんげそう》�たァうめえことを言う……(囲炉裏の脇に置いてある燗鍋に気づき)おや、なんだい、こりゃ……まだ随分残ってるじゃねえか。こんなに、こてこて[#「こてこて」に傍点]拵えることァねえじゃねえかなァ。もってえねえことしゃァがって……(湯呑に注ぎ飲む)ぷっ、なんだ、卵酒の燗ざましときた日にゃあ、生臭《なまぐせ》えもんだな、こりゃ……ぷッ、ぷッ(滓《かす》を吐き出しながら飲んで)……文句は言うが、はは、飲まねえよりはいいが。……奥で鼾《いびき》がする……見慣れねえ廻合羽に三度笠? だれか寝てるのか?……おう、だれだ、お熊か?」
「あ、お帰りかい? すまないけどもね、ここへ来たら|※[#「木+累」、unicode6a0f]《かんじき》の紐が切れちまってね、雪の中へ踏ン込《ご》んじまったんだよ。すまないけどもちょっと開けて、この徳利を取っておくれよ。両手に提げ物をしているんで戸が開かないからさ」
「ちえッ、なにを言ってやがる。亭主を使わなきゃ損のようにしてやがる。おれだっていま帰って来たばかりだあな……いま時分、どこへ行ったんだな」
「なにね、お客があっておまえの飲む酒がなくなったから、代わりの寝酒を買いに行ったんだよ」
「そうか。なにもいまごろンなって慌てて買いに行くこたァねえや。やっとここへきて暖《あつた》まったばかりだな。勝手に開けて入《へえ》れよ」
「邪慳《ぞんき》なことを言わないでさ。※[#「木+累」、unicode6a0f]の紐が切れちまって、裸足になるのが嫌だから頼んでいるんだよォ。ねえ、ちょいと、開けて取っとくれよ」
「ちぇッ、嫌ンなっちまうなァ。いいよ、いま取ってやるよ。ぎゃァぎゃァ言うなよ、少し待てよ。やっとこさとおれだって暖まったんじゃねえか。(少し胸先へ痛み)待ちな、待ちな、いま取……あ痛い…ア、ア(胸から腹へ激しい痛み)お熊……おうッ、苦しい、ちょっと……背中を押えてくれ……痛《いて》えよ、おい」
「なにしてるんだね……おまえさん。どうしたの? お腹が痛いの?」
「うゥ……お、お、お腹じゃねえ……」
「おい、おまえさん、顔の色がまっ青だよ。なにか悪いものを食ったんじゃないのかい」
「な、なんにも食わねえ」
「なにも食わねえったって、ただごとじゃないよ。どうしたんだよ」
「なにも食やしねえ……(舌が縺《もつ》れはじめる)治右衛門のところへ行ったら、濁酒《もろみ》の口のあけたてがあるから、の、飲んで行けと言ったが、おれァ家に買ってあるからって、そ、そのまま帰《けえ》って来た。ここへ来たら、おめえの飲み余りの卵酒があったから、そいつをおれァ飲んだだけだ……」
「えッ! 卵酒!……おえねえことをしたじゃねえかおめえ。この卵酒ン中にゃァ、毒が入《へえ》っているんだよォ」
「なんだ、こン畜生。てめえなにか?……亭主に毒を飲ま……」
「(頭髪をつかまれて引き倒される)いた、痛い……ちょ、ちょいと頭を……ちょいとお放してんだよ、痛いから。おまえに飲ませるんで拵《こさ》えたんじゃないやな。お聞きてんだよ。奥に旅人が泊っているんだ。おれが吉原《なか》にいる時分にいっぺん出た客なんだが、胴巻を出して三両包んで出したときに、ちらっと見ると五十両ばかり持っているから、あの金をこっちィ巻き上げたらば、おまえさんが行きたがってる上方にも行かれるだろうと、おめえの拵えた痺《しび》れ薬を卵酒に入れて旅人に飲ましたんだよ、その余りをおめえが飲んだんだよ」
このやりとりが旅人の耳に入った。こりゃたいへんだ。早くここから逃げようとしたが、全身へ痺れ薬がまわっているから、立とうとしても立ち上がれない。
「……ああ、雪の難をのがれたと思えば、毒を飲まされて……ここでは死にたくない。江戸にいる女房子に会ってから死にたい、なんとか逃れるだけは逃れたい……」
と、旅人はまだ利《き》かない身体を無理にいざ[#「いざ」に傍点]って……三畳の間の壁は雪崩《なだれ》で落ちて間に合せに蓆《むしろ》を吊り、それを竹を網代《あじろ》に組んで止めてあった……。これに身体ごとどォーんとぶつかると竹が折れて、戸外へころッと転がり出た。途端に懐中《ふところ》から紙入れが落ちたので……ふと気がついたのは、小諸山で戴いた毒消しの御符《ごふう》、紙を解く間もなく、そのまんま口へ押し込んで、そこらの雪を掴んでは頬ばり頬ばりしているうちに、御符がすうーっとおさまった。と気のせいか、いい塩梅《あんばい》に身体が効《き》いてきた。そのまますぐ逃げてしまえばいいものを、あの振り分けの荷物と道中差だけはと、欲が出てまた座敷へ這い上がった……。
「風が来て変だと思ったら、野郎っ、感付きゃァがって、裏から逃げるようだ、逃がしゃァ大変だ……おまえの仇は、あの旅人なんだから……あたしゃ、おまえの鉄砲でぶち殺すから……」
鉄砲と聞いて、こりゃ大変と、旅人はもと来た道へ行けばよいのに、とっさに、逆へ行ったら村でもあるだろうと、もう魂は飛び上がって気は逸《はや》ればこそ、体は転《こけ》つまろびつ……無我夢中で駈け逃げる。
折から、雪はぴたりと止んで、上弦の月が青白く、雪景色を照らしている。
向うの道がずうーっと傾斜《なぞえ》に高くなっている。あの向うに村でもあるだろうかと一所懸命駆け上って、ひょいと前を見ると、切り立った断崖……。
下は東海道の岩淵へ流す鰍沢の急流、降り続いた雪で水勢が増して、ごォごー、ざァーと、名代の|釜ヶ淵《かまがふち》。
「ああッ……これはえらいとこへ出てしまった」
旅人が振り返ると、お熊が鉄砲の火縄を風で消すまいと、袖でかばいながら、
「おーいっ、旅の人ォ——」
と追って来る、火縄がちらちらと見える。
後ろは鉄砲、前は崖……。
「……鉄砲で殺されるくらいなら、この川っ淵ィ……身を投げたほうがましだ……」
とっさの思案、身体をすくめる途端に、ダダダーッと雪崩。旅人はもろに崖下へ、ダァーッと落ちて行く……下には山筏《やまいかだ》というものが藤蔓《ふじつる》で繋いであって、その上へ雪と一緒にどォーんと落ちた。落ちる途端に差していた道中差が鞘走《さやばし》って、藤蔓にあたってぷつッと切れた。筏がガラガラガラ、下流へ流れ出した。
「……妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」
川の曲りの出っ張った岩へ筏がドーンとぶつかって、藤蔓がぷつりぷつりと切れて、筏がばらばらになった……。
「あァァいけねえ、丸太ァみんな流れて行く……一本になっちゃった。こりゃいけねえ、ぐるぐる回るよ、この丸太は……」
崖上の月の兎のお熊は、片膝ついて、鬢《びん》の後れ毛をかきあげ、流れてくる筏の旅人の胸元へ銃口の狙いをつけている。
「南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」
怖いもの見たさで、崖上を見上げると、お熊が火縄銃の狙いをつけ、かちりッと引金をひいた。弾丸はドーン、ピューッ。はっと伏せた髷っぷしを掠《かす》って、岩角ィカチーン……。
「あーっ……この大難を逃れたのもご利益《りやく》、一本のお材木(お題目)で助かった」
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