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落語特選29

时间: 2019-09-22    进入日语论坛
核心提示:黄金餅《こがねもち》下谷山崎町は、明治五年に下谷万年町と改称された。現在の台東区北上野一丁目と東上野四丁目の一部にあたり
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黄金餅《こがねもち》

下谷山崎町は、明治五年に下谷万年町と改称された。現在の台東区北上野一丁目と東上野四丁目の一部にあたり、かつては江戸市中でも指折りの貧民窟《スラム》だった。
横山源之助著『日本之下層社会』(明治三十二年刊)によれば、
「東京の最下層とは那処ぞ、曰く四谷鮫河橋、曰く下谷万年町、曰く芝新網、東京の三大貧窟即ち是なり。
一と度足を路次に入れば、見る限り襤褸《ぼろ》を以て満ち余輩の心目を傷ましめ、彼の馬車を駆りて傲然たる者、美飾静装して他に誇る者と相比し、人間の階級斯くまで相違するものであるかを嘆ぜしむ。就て其の稼業を見れば人足日傭取最も多く次いで車夫、車力、土方、続いて屑拾、人相見、らをのすげかへ、下駄の歯入、水撒き、蛙取、井掘、便所探し、棒ふりとり、溝小便所掃除、古下駄買、按摩、大道講釈、かっぽれ、ちょぼくれ、かどつけ、盲乞食、盲人の手引等、世界有らゆる稼業は鮫河橋万年町新網の三ヶ所に集まれり。
要するに戸数多き上より言へば、鮫河橋は各貧窟第一に位し、新網は表面に媚を湛へて傍に向いてぺろりと舌を出す輩多く、万年町の住民は油断して居れば、庭のものをさらへゆく心配あり、路次の醜穢なるは万年町最も甚しく、而して鮫河橋新網相似たり」
と記述されている。
 下谷山崎町の九尺二間の棟割長屋に、西念という坊主が住んでいた。
坊主といっても、毎日市中を歩いて、家の門《かど》に立って、あーっと唸《うな》っているうちにその家の宗旨を見て、法華宗とわかると、首に掛けている頭陀袋《ずだぶくろ》に井桁《いげた》に橘《たちばな》が付いて南無妙法蓮華経《なむみようほうれんげきよう》と書いてあるほうを出して、
「南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」
と、題目を唱えて、いくらか貰って……。
門徒宗とわかると裏の南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》と書いてあるほうを返して、
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
と、念仏を唱えては、お布施を貰って歩く……。
いわゆる乞食坊主。独身者《ひとりもの》で六十に近い、どことなく愛嬌があって、ありがたそうな風貌をしているので、同じ恵む人も一文のところを二文出してしまう。毎日雨風をいとわずほうぼう貰って歩き、その金を長年、貯め込んで、かなり小金を持っている様子。
この西念がちょっと風邪をこじらせて寝ついて四、五日修行にも出なくなった。そこで、隣の金山寺味噌《きんざんじみそ》を売る金兵衛が様子を見に……。
「どうしたい、悪いのか? おい、……おい、西念さん」
「……はァい。……金兵衛さんかえ」
「おめえ、寝てるのか? 起きなくてもいいよ。熱臭《ねつくせ》えぜ。昨晩《ゆうべ》、ひどく唸《うな》ってたが……どうでえ? ちょっと今朝見舞おうと思ったが、商売《あきねえ》に早く出たもんだから遅くなった、医者にかかったか?」
「いや、医者にはかかりません」
「なぜ?」
「医者ィかかれば薬礼《やくれい》をとられます」
「あたりめえだ。身体には代えられねえじゃねえか。それじゃァ買薬でも飲んだかい?」
「いえ、薬なんて飲みません。�薬|九層倍《くそうばい》�って……儲けられちゃいますから……」
「それじゃ、治りゃァしねえぜ」
「いや、あたしは一人でいろいろ療治をしています」
「どうしてる?」
「水を飲んじゃ厠所《はばかり》ィ行きます」
「それで?」
「病《やまい》が下《くだ》りゃしないかと……」
「冗談言っちゃァいけねえよ。西念さん。昔から水を飲んで病いが治った者はねえよ。それより、なんでも口に合うものを食べるほうが、元気がつくぜ」
「ありがとう存じます。ご親切に……」
「なんか食《く》いてえものはねえのか?」
「へえ、餡《あん》ころ餅が食べたいと思って……」
「そうかい。いいよ。おれが買って来てやろう」
「ありがとう存じます。どうぞひとつお願い申します」
「どのくらいありゃァいいね」
「へえ、一貫ばかり」
「ずいぶん買うんだなあ。そんなに食えるもんか」
「そのくらいなきゃァ足りません」
「じゃ、銭を出しな」
「え?」
「餡ころ餅を買って来てやるから、銭を出しな」
「ェー銭を出すくらいなら頼みゃしませんよ。おまえさん見舞いに来たんだら買ってくださいよ」
「なるほど、西念さん、銭を残すことばかり考《かんげ》えて……まァいいや、一つ長屋にいる身寄り頼りのない者同士、買って来てやるよ。待ってなよ」
金兵衛は表へ飛び出して、店に行き……一貫の餡ころ餅というと、竹の皮包みにひと抱えもあって……それを持って帰って来た。
「さあさあ、西念さん、おまえの言う通り買って来たから、お上がり」
「ありがとう存じます」
「見てないで、食べなよ」
「いえ、まァよろしゅうございます」
「よろしゅうって?」
「金兵衛さん、家《うち》へ帰って一服してください」
「だって、折角買って来てやったんだから、一つぐれえ、すぐ食べたらいいじゃねえか」
「へえ」
「同じことでもものを買って来てやって、見てる前《めえ》で食べて、旨いとかおいしいとか言われれば、買って来た者も心持ちがいいもんじゃァねえか、そう遠慮しなくったって……」
「いえ、遠慮してるわけじゃございませんけど、あたしは他人《ひと》が見てるとものが食べられない性分なんで……」
「あ、そうかい。じゃ病人に逆らってもいけねえから帰るよ……また用があったらちょっとお怒鳴《どな》りよ。隣のよしみだ、声を掛けてくれればすぐ来るからね」
「あなたは、めずらしい親切なかただ。どうもいろいろとありがとう存じます」
「なに、あいにくこっちも独身者《ひとりもん》、かかァでもいりゃァおまえさんのとこィ寄こしておくが、そうもいかねえ。身体の悪《わり》いときは独身者《ひとりもん》くらい心細いものはねえ。苦しくなったらいつでも呼びなよ、いいかい……」
「へえ、ご親切に……」
「それじゃァ、ゆっくりお上がりよ」
「へえ、ご馳走さま……」
「ちぇっ、しみったれ坊主。おれが買って来てやったんじゃねえか。金さんも一つお上がンなさいぐらい言うのがあたりめえじゃねえか。一貫の餡ころ餅を一人で食う気でいやがら……なにをしやがるか」
金兵衛の家の壁に小さな穴があいていて、そこから隣の様子を覗いて見ると、西念は起き上がって床の上に餡ころ餅を包んだ竹の皮をひろげて、しばらくじっと考え込んでいたが、そのうちに指で餡を掻き出して、餡と餅とを別々にしはじめた。
それから懐中《ふところ》へ手を入れて、もじもじやって……出したのが鼠色になった汚れた胴巻。真ん中がふっくり膨《ふく》れて、蛇が蛙を呑んだよう……西念が辺りを見回しながら、その胴巻をきゅうッと扱《こ》くと、中から二分金二朱金小粒が、ざァーと出て来た。およそ五、六十両はある。
「うわッ、ずいぶん蓄《た》め込みやがったねえ。あれみんな食うものも食わねえで蓄《た》めたんだよ……あれっ、どうするんだ? おやおや、妙な真似をしやがるな」
西念は餅の中へ、その金を次々に残らず包み込んでしまった。
「お、おゥ、あれを長屋中へ配るのかなあ。おれのところへは余計にくれるだろうな、餅ァおれが買って来たんだから。長々ご厄介になりました。これは形見の�金餅《かねもち》�でございますと洒落《しやれ》るつもりだな……おや? そうじゃァねえ、餅を頬張《ほおば》って、ぐぅッと呑み込んじゃった。……あっ、水を飲んじゃあ、目を白黒させて、冗談じゃァねえ。金を食ってやがる……もう身体は死んでるが、金に気が残って死ぬことが出来ねえんだ。なんてえあさましい野郎だ。おい、よせ、みんなは無理だ。少しおれに残しとけ、やめとけ。あっ、胸へつかえて苦しみやがった……」
「おいっ、西念さん、大丈夫かい?」
「うゥー……」
「おゥおゥおゥ……だから言わねえこっちゃねえンだ。欲張ってみんな呑んじゃって……吐きな、吐きなよっ。二つでも三つでも吐きねえっ、おれの手の上に……ええ? 汚したってかまやしねえ、いっぺん金にまみれてみてえと思ってたんだ、おゥおゥ……」
金兵衛は西念の背中を擦《さす》ったり、身体を乱暴にゆすったりしたが、そのまま息絶えてしまった。
「……いけねえ、死《まい》っちめえやがった……勿体《もつてえ》ねえことをしやがったな、天下の通用金を呑んじめェやがって……いま食ったばかりだから、取れねえかな……これなァ。この拳固《げんこ》は入らねえ……棒で尻から突ッついてみるかな、心太《ところてん》みてえにうまくはいくめえ、腹を断《た》ち割ればそっくり出るが、それじゃ寺で受け取らねえ、困ったな。こんなことが長屋のやつらに知れた日にゃたいへんだ、西念の死骸《からだ》ァ奪《と》り合《あ》いになってなくなっちまわァ。うーん、こいつぁ誰にも渡せねえ、おれの大事《でえじ》な金《かね》の仏だ……そうだこいつを焼場へ持ってって焼いて、骨《こつ》を上げるときにそっくり取っちゃえ……西念さん、こんな死にざまをしたからにゃあ成仏もできめえが、おれを恨んじゃ筋違いだ。なあ、金は生かして遣うもんだ」
 金兵衛は井戸端へ行って、乾してある四斗樽《しとだる》を運び込み、それへ西念の死骸をやっとのことで押し込んで、辺りを片付けて、家主《おおや》の家へ……。
「家主《おおや》さん」
「おォ、なんだい金兵衛」
「隣の西念さんが、死《まい》っちゃった」
「ええッ?……そりゃァ可哀想に、そうかい。病臥《ね》てるってえから行ってやろうと思ってたところだ。早速行って見てやろう。さぞおまえも一人で困ったろう?」
「ええ、おれが見舞に行って、餡ころ餅が食いてえってから、おらァ一貫ばかり買ってやったら、そいつを一人で食っちめえやがって、病人じゃァなくたって一貫の餡ころ餅を食えばおかしくなるのに、全部、食っちまって苦しみ出しやがったんだ……それでいま急に様子が変って息を引きとっちまったが、死水はあっしがとってやりました」
「あ、そりゃァよくしてやったな」
「それで西念さんは、苦しい息のうちで『あたしは身寄り頼りのない独身者《ひとりもん》、行くところがない身上《みのうえ》だから、あたしが死んだら、どうか火葬にして金兵衛さんの寺へ葬ってくれませんか、これが唯《ただ》一つのお願いです』っていまわの際に頼まれちゃった。あっしもしかたがないから引き受けたけどね」
「そうかい、そりゃァ親切なことだな。これもみんな他人《ひと》のためじゃない、おまえにきっといい報いがある。情けはひとのためならず……どれ、わたしもいま行こう」
「おやおや、すっかり片付いているな。金兵衛、おまえ、死骸《ほとけ》をどこへやった?」
「ええもう、棺へ納めてしまいました。家主さんの前にあらァね」
「これかい? なんだい、こんな小汚い樽に入ってんのかい?」
「うん、早桶がねえもの、しょうがねえや」
「そりゃァ手回しが早えな。よく一人でやったな。おうおう大層頑丈な桶だ……はてな、山形に吉という印《しるし》……金兵衛、この桶、どっから持って来た?」
「へえ、井戸端に転がってたのを持って来て入れました」
「こりゃァ、おれンとこの菜漬《なづけ》の樽だよ」
「そりゃァ済みません。寺へ持ってくまで貸しておくんなさい、空いたら洗って返します」
「ふざけちゃァいけねえ、死人《しびと》を入れたものを洗って返されてたまるものか、香典代りにやっちまうよ。しかし、よく白布《さらし》があったな」
「へえ、あっしの褌《ふんどし》の洗い替えです」
「褌はひでえな、この桟俵《さんだら》ぼっちはなんだい?」
「編笠の代りなんで」
「しょうがねえな……それはそうと、長屋の者に知らせなくちゃァいけねえ……おう、ちょうどいいところに羅宇《らお》屋が来た。おい、杢兵衛《もくべえ》さん、おまえ、月番か? よし……いま西念さんが死んだんだが、おれの家へ寄って、婆さんに二貫ばかり貰って、樒《しきみ》を一本に線香を一|束《わ》、土器《かわらけ》を一枚と白団子を買って来てくれ。それから茶碗へ飯《めし》を山盛りに盛って箸を二本差して持って来てくれ。それから長屋中を回ってな」
「へえへえ、畏まりました」
杢兵衛が供物の誂えに行っている間に、長屋の者も追々《おいおい》集まって来て……。
「家主さん、どうも……西念さんはとんだことでございました」
「おい、みんなこっちへ入っとくれ、お線香上げとくれ。みんなも一つ長屋の交際《つきあい》だ。葬式《とむらい》の手伝いをしてやんな……ええと、寺はどこだい、金兵衛」
「ェェ麻布|絶江釜無《ぜつこうかまなし》村の木蓮寺《もくれんじ》ってんですがね」
「麻布絶江? 下谷からずいぶんあるなァ。明日《あした》の朝の払暁《ひきあけ》に、差担《さしにな》いで持って行くか?」
「明日の朝持ってくてえと、その日|一《いち》ンちみんな商売休みンなっちまうからねえ。この長屋の者《もん》は一ン日仕事休んだら食うことできやしねえ。死んだ仏のために、こんだ生きた仏が食えなくなっちゃっちゃァどうしようもねえからね。今夜のうちに持ってってやろうじゃねえか……なあ、みんな」
「これからかい? 遅くなるだろう?」
「遅くなったってどうにかなるよ、今夜のうちなら……どうするィ?」
「じゃァ、今夜にしてもらおうじゃないか」
「それじゃァご苦労だが、今夜、担ぎ出すことにして……担ぐのは最初今月の月番と来月の月番の二人で差担いで担いでくれ、長い道程《みちのり》だから順繰りに交代で担いでもらうが……今月は羅宇屋の杢兵衛さんで、来月は?」
「下駄の歯入屋の善兵衛さんだよ」
「へえ、ようがす……。よくおめえとおれで担ぐもんだなあ」
「そうだよゥ、こないだ糊屋の婆ァの死んだとき、おまえとおれで担いだなあ」
「これで二度目だぜ」
「二度あることは三度あるてえから、次は、だれだろうなあ」
「家主さんじゃァねえか」
「冗談言うな」
 それから通夜を済ませ、長屋の者が十人ばかり、向う鉢巻印袢纏もいれば、褞袍《どてら》の上へ荒縄で締めて尻っぱしょりをしたのもいれば、女房の赤い足袋を履いているのもいる。みな思い思いの提灯を手に——お盆提灯もあれば、ぶら提灯もあれば、弓張提灯もあれば、中には酒屋の提灯を点《つ》けているのもいる。
西念の死骸を入れた樽を縄っからげにして、天秤で担ぎ出す……。
下谷山崎町から山下の通りへ出て、上野の三橋《みつはし》を渡り、御成《おなり》街道を真っ直《つ》ぐに五軒町の堀様と鳥居様の御屋敷前を、筋違御門《すじかえごもん》から大通りへ、神田須田町、新石町《しんこくちよう》、鍛冶町、今川橋、本白銀町《ほんしろがねちよう》、石町《こくちよう》、本町《ほんちよう》、室町から日本橋を渡りまして、通《とおり》四丁目から中橋、南伝馬町、京橋を渡って真っ直ぐに尾張町、新橋を右へ折れ、土橋を渡って久保町へ出まして、新《あたら》し橋の通りへ出て、愛宕下の天徳寺を通り抜けて、神谷町《かみやちよう》、飯倉《いいぐら》六丁目から坂を上がって飯倉|片町《かたまち》、おかめ団子という団子屋の前を通り越して、麻布の永坂を下《お》りまして、十番から大黒坂を上がって、一本松から麻布絶江釜無村の木蓮寺へ、やっとのことで担ぎ込んだ。
「やァや、みなさんご苦労さん、くたびれたろう」
「いやァ、なかなかくたびれた。あんまりみんながワッショイワッショイ騒ぐんで、芝の京極橋《きようごくばし》の辻番に叱られちまった」
「どうして騒がずに来られるものか」
「これから、この寺の坊主に掛け合うからみんなは一服やってておくんなさい。ええ、汚ねえ寺だァ。檀家が貧乏で寺が汚ねえから揃ってやがら……門が閉まってやがんだよ。いま木蓮寺の和尚を起すからね……おーい、開けろっ、門を開けてくれゃァーいっ」
ドンドン、ドンドン……。
「なんだなんだ、酒屋の御用聞きか? 一升や二升の酒で夜逃げなんぞせんぞ。帰って主人《あるじ》にそう言え」
「おい酒屋じゃァねえ。おれだよゥ、下谷山崎町の金山寺屋の金兵衛だよ」
「うん、ちょうど酒ェ飲んでるところだ。金山寺ィ持って来たのか」
「なにを言ってやがんだな、おれだよ。金山寺屋の金兵衛だよ」
「金兵衛がいま時分、なにしに来たんだ」
「なにしに来るやつがあるもんか、葬式《ともらい》だよ」
「なに? 金兵衛が死んだのか?」
「縁起の悪いことを言うなよ。金兵衛は達者だ、ぴんぴんしてらあ」
「がっかりさせんな。待てよ、金兵衛は独身者《ひとりもん》じゃァねえか」
「だから、おれが心やすい仏に頼まれて、葬式《ともらい》を持って来たんだ。ぐずぐず言わねえで、早く門を開けろ」
「乱暴しちゃいけねえ。その門は開かねえんだ。こないだの嵐でぶっ倒れたから、突支棒《やつ》が掻《か》ってあるんだ。強く叩くと門がひっくり返《けえ》る」
「あぶねえなどうも……じゃ、どっから入《へえ》るんだ」
「そりゃァ、別に入《へえ》るとこといってねえんだがな。右のほうへ行くってえと、銀杏《いちよう》の木がある。その前の塔婆垣《とうばがき》の破れてるところがある。その下のほうを見るってえと、犬が出たり入ったりしてるとこがある。そっから一匹ずつ潜《もぐ》って入って来い」
「なんだい、一匹ずつ潜れって、犬じゃねえや」
「あの世へ往《い》ぬ(犬)のはこの仏だけでたくさんだ。おれたちゃ往ぬわけにゃいかねえ」
「寺も寺なら、和尚も和尚だ」
「仏も仏なら、施主も施主だ」
「あ、ここだ、ここだ。さあさ、塔婆垣をぶち壊せ、杢兵衛さん、おまえ月番だから、先へ入ってくれ」
「わたしは肥《ふと》っているから、後《あと》にしましょう」
「肥《ふと》ってるから入りねえな、後の者が楽だから」
「なんだい……入るのか? 冗談じゃねえやほんとうに……」
わいわい塔婆垣を壊して、棺《ひつぎ》の樽を本堂へ担ぎ入れて、庫裡《くり》へ行って見ると、和尚は経机を膳の代わりにして、くさや[#「くさや」に傍点]の干物のむしりかけと徳利を置いて、茶碗酒をあおっている。
「やあ、和尚、いいご機嫌だね」
「おっ、これはだれかと思ったら、金兵衛、久しぶりじゃァねえか。して、仏というなァなんでえ」
「いやァ隣の野郎が急に死《くたば》っちまってよ。寺がねえから、この寺へ葬《ほうむ》ってやろうと思って、しかたなしに担ぎ込んだってわけよ。和尚、どうか頼まァ」
「では金兵衛、百ヶ日|仕切《しきり》で幾ら出す?」
「そうさ、天保(銭)五枚出そう」
「五枚はひでえや、せめて飲代《のみしろ》にもう一枚|奮発《はず》んでくれ」
「まけときなよゥ」
「駄目だ。いやなら他寺《ほか》へ持ってきねえ」
「そう足許をつけ込まれちゃァしょうがねえ、まァ六枚出すが、ひとつ頼むよ」
「じゃあ、仏さまァ本堂へ持ってっといてくれ、いま行くから」
和尚は面倒臭そうに、不承不承立ち上がって、戸棚を開けて袈裟衣《けさごろも》を出そうと思ったが、とうに衣は叩き売って飲んでしまってないので、大きな麻風呂敷を戸棚から引き摺り出して、破れたところへ頭を突っ込んだから……鬼灯《ほおずき》の化物みたいなかたちになり、払子《ほつす》がないからはたき[#「はたき」に傍点]をぶらさげて、のそのそと本堂へ現われた。
祭壇の阿弥陀さまからなにから金気《かねけ》のものはみんな売ってしまったから、音のするものは皆無。踏台へ腰をかけて、前の小桶に丼鉢《どんぶりばち》、湯呑をならべて……けち[#「けち」に傍点]な古道具屋が夜店を出したような塩梅。香《こう》がないから傍《そば》の煙草盆の火に煙草の粉と番茶の粉を燻《く》べるので、煙《けむ》いと臭《くさ》いで、もうもうとして……その中で和尚は大欠伸をして、
「ああああ……」
「和尚しっかり頼むぜ」
ジャランボロンー、ガン、チーン……丼鉢、湯呑を叩き……。
「南ァ無ー阿弥ィ陀ァ……金魚、金魚|三《みー》金魚、初《はな》の金魚良い金魚、中《なか》の金魚出目金魚、あとの金魚セコ金魚、天神天神|三《みー》天神、端《はし》の天神鼻っ欠《か》け、中の天神セコ天神、鉛の天神良い天神、虎が啼く虎が啼く、虎が啼いては大変だ……ァ、犬の子がチーン……汝《なんじ》元来ひょっとこの如し。※[#歌記号、unicode303d]君と別れて松原行けば、松の露やら涙やら、あじゃらか、なとせの、きゅうらいす、てけれッつのぱァ……施主の衆、ご焼香を……」
「なんだい和尚、あれが引導《いんどう》か、なんだか知らねえがおかしなお経だなァ、まァいいや、ご苦労だった……さてみなさん、ご遠方のところをご苦労さま、お茶の一杯《いつぺえ》でも差し上げなきゃいけませんが、貧乏のことでなんにもねえんで、しょうがねえからね、お帰りに新橋辺りで茶飯でも夜鷹《よたか》蕎麦《そば》でも屋台があるから、手銭《てせん》で遠慮なしに沢山《たんと》食って帰《けえ》んねえ」
「なんだばかばかしい、手銭でものを食うのに遠慮するやつはねえ。さあさあみんな帰《けえ》ろうぜ」
と、長屋の連中は中《ちゆう》っ腹《ぱら》でどやどや帰って行った。
 あとに残った金兵衛、天保銭六枚払って、和尚から焼場の切手(鑑札)を貰って、樽へ連雀を結《つ》けて、木蓮寺の台所へ行って鰺《あじ》切庖丁を捜して、これを手拭でぐるぐる巻いて腰へ差し、樽を背負って一人寺を出るころには夜もだいぶ更けてきた。
麻布絶江から相模《さがみ》殿橋《どのばし》を渡って右へ曲り、日切《ひぎり》地蔵の大久保彦左衛門の墓地の前へ差しかかった……ここは昼間も往来が途切れる寂しい道で、いやに冴えかえった月がまるで書割のよう……。
「ああ、恐ろしく寂しいなァ、こんな時分に仏を背負《しよ》って通るなんてなあ、あんまり気味がよくねえが、これで焼場で牛蒡《ごぼう》抜きに西念の金を抜きとってしまやァ、金が生きようってもんだ。家主には当分江戸を留守にします、と古道具をバッタに売り、いまのひでえ所を這い出して、どこかへ表店でも出して商売《あきない》をして、女房を持って、小僧の一人も置いて……ェーありがてえな、かかあが『ちょいと、あなた、ご飯《ぜん》をお上がンなさい、もしあなた、ちょいと……いけません、あなた、こんなとこで……お月さまが見てるわよ』なんてやがって……それにしても寂しいな、なんだか白いものが……畜生ッ、あー驚いた、白犬が出やがった……」
また突き当って右へ曲り、白金《しろかね》の清正公《せいしようこう》様の前から、瑞聖寺《ずいしようじ》の前を真っ直ぐに|桐ヶ谷《きりがや》の焼場へ辿り着いた。
「おいおい、開けてくれ」
「どっから来た?」
「麻布の木蓮寺からだ」
「あいあい、いま開けるよ……なんだ、いま時分、菜漬ェ持って来たのかい?」
「なに仏だ。手ェ貸して下ろしてくれ」
「ひでえ葬いだなあ。早桶じゃァねえのかい」
「早桶がねえんだよゥ」
「貧乏|葬式《どむれえ》だな……並焼かなんかで」
「いくらでも構わねえから、安く焼いてくれ」
「勝手なこと言うな、まあ置いてきねえ」
「直ぐに焼いてくれ」
「直ぐはいけねえよ。順繰りだ。まだこんなにあるだろう?」
「順繰りも団栗《どんぐり》もあるかい、この野郎。急いでるんだからすぐ焼けってんだ。焼かねえと、てめえを焼くぞ」
「弱った野郎だなあ。明日の朝早く焼いとくよ」
「そうか、済まねえ。烏《からす》かァでもって取りに来るからな、焼けてねえと承知しねえぞ」
「わかった。よく焼いとくから……」
「よく焼いちゃァいけねえ。この仏の遺言だ。ほかはよく焼けてもいいが、腹は生焼《なまやき》にしてくれって、あまりよく焼いてあとで遣《つか》えねえと困るからね」
「腹ァ生焼? むずかしいこと言やがる。そんな注文受けたこたあねえから、うまくいくかどうか、わかんねえよ」
「そこを何とか頼むぜ。なあ、いい焼き加減で頼むよ」
「そんなら、明日早く骨上《こつあ》げに来なせえ」
金兵衛はいったん焼場を出て、新橋で一杯飲みながら、夜明けを待って……。
「おいおいッ、焼けてるか、焼けてるか」
「なんだ、焼芋《やきいも》でも買いに来たようだな、……しょうがねえなほんとうに……こっちィ入《へえ》れ」
「焼けてるか?」
「焼けてるよ」
「どこにある?」
「そこの火屋にある……骨壺ォ持って来ねえのか?」
「そんなものいらねえよ」
「骨ェ入れるもんがなきゃ困るだろう」
「いいんだよ。ほんの胴巻でいいんだ」
「なに言ってるんだ、骨《こつ》だよ」
「ああ骨《こつ》か? 骨は袂《たもと》へ入れる」
「おめえよっぽど変なやつだな、骨を袂へ入れてどうするんだ」
「さあさあ骨はどこだ、おい、どこだよ」
「騒ぐなよ、火屋にあるよ。おれがいま、先ィ骨《こつ》を分けてやるから待ってなよ」
「いいんだ、おれがやる、おれがやる」
「大丈夫か?」
「仏の遺言だ。この仏は、めっぽう恥ずかしがりでな、他人《ひと》に骨を触《さわ》らすのはいやだって……だからいいんだよ。向うへ行ってな、こっちを見ると目の玉を火箸《ひばし》で突っつくぞ」
「おいおい、そんなに掻回すと骨《こつ》が砕けちまわァ」
「面《つら》ァ出すなって言っただろっ、向うへ行ってろっ、こっち見ちゃ都合が悪いんだから……おいおい、こんなによく焼いちゃっちゃ駄目じゃねえか、ほんとうに。腹ンとこ生焼けにしろって、そ言ったじゃねえか……むこうを向いてろよ、向うを……」
だんだん竹の箸で掻回すうちに、なにやら鍛冶糞のような固まりが現われたから、てっきりこれと、腰の鰺切庖丁を出して、突いてみると、山吹色の金《かね》がぱらぱらと出て来た。
「やあ出た出た出たァ、ありがてえありがてえ」
と、掻き集めては袂へ押し込んで、夢中で羽目《はめ》を破り、藪の中へ飛び出た。
「おいおい、どこへ行くんだ。気でも狂ったか、骨《こつ》はどうするんだ」
「そんな骨はもういらねえ、犬にでも食わせろ」
「焼賃は置かねえのかえ」
「焼賃も糞もいるもんか、泥棒っ」
「どっちが泥棒だい」
 この金をもって金兵衛が目黒に餅屋を開いて、たいそう繁昌をした……という、江戸の名物「黄金餅」の由来の一席。
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